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JOG(382) 覇権をめぐる列強の野望

 北野幸伯『ボロボロになった覇権国家(アメリカ)』を読む。


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■1.ロシア・プーチン政権ブレーンの上機嫌■

 2003年3月18日、北野幸伯(よしのり)氏は、ロシア・プーチン政権の政策を立案する専門家グループの代表Z氏と会談した。それはちょうど、アメリカがフセイン大統領に対して「最後通告」を出した直後だった。

 ロシアとフランスはアメリカがイラク攻撃を安保理に提案したら、拒否権を行使すると明言していた。そこでアメリカは安保理決議を諦め、国連抜きでの攻撃を決めたのだった。

 ロシアの反対はアメリカに無視されたのに、意外なことに、Z氏は大変機嫌が良かった。国際情勢はロシアの思惑どおり動いている、というのである。まず、アメリカは国連安保理の承認なしにイラク攻撃に踏み切ったことで、世界公認の「悪の帝国」となった。これはロシアとフランスが拒否権行使を明言していたからで、ロシア外交の大きな成果である、と言う。

 さらにZ氏は驚くべき事を語った。アメリカとイラクの戦争は、これから長く続く戦争時代の一エピソードに過ぎない。ロシアはこれから、ゆっくりと時間をかけてアメリカを崩壊させていく。北野氏は、Z氏が上機嫌である理由が分かった。

■2.ロシア政治エリートのための教育を受けて■

 北野氏は1990年にゴルバチョフ大統領にあこがれてモスクワに留学した。ゴルバチョフはソ連末期にペレストロイカ(政治経済改革)やグラスノスチ(情報公開)を主導し、結果的にはソ連の共産主義体制を崩壊に導いた、最後の「共産党書記長」である。

 北野氏が学んだのは、ソ連(後にロシア)外務省付属のモスクワ国際関係大学。卒業生の半分は外交官に、半分はKGB(政治警察)に、と言われるエリート大学で、日本人がここに留学するのは初めてだと言う。ここで政治学修士を取得した。

 ここに学ぶ学生はまさにエリート階級で、「ロシアの国益とは何か」を考えている。彼らを通じて、パワーポリティックスに長けたロシアの外交官やKGBが何を考えているのか、知ることができた。

 留学中の1991年、ソ連邦という「国家が滅びる」のを目撃。その後、年率2600%というハイパーインフレ、クーデター、第一次チェチェン戦争、チェチェン独立派によるテロ、金融危機などの動乱期を体験した。

 氏は、現在、日本企業のロシア進出を支援するコンサルティング会社を運営するとともに、「ロシア政治経済ジャーナル」というメールマガジンを発信している[1]。その論説の切れ味には弊誌も着目していたのだが、それは氏のモスクワ国際関係大学での研究と、ソ連崩壊の実体験、さらにプーチン政権のブレーンたちとの交流から生まれてきているようだ。

 特にプーチン政権のブレーンたちは、国家機密は教えてくれないが、様々な会話を通じて、国際情勢の見方、考え方を教えてくれたという。前節の会話はその一例だが、同じイラク戦争の情報でも、北野氏の解説を読むとまるで違った様相が見えてくるのは、政治エリート層の「個人教授」によるものだろう。

■3.各国の思惑と利害のぶつかり合いを目の当たりに■

 その北野氏が本を出した。「ボロボロになった覇権国家(アメリカ)」という題で、今、大手書店でも売り切れ続出の話題となっている[2]。快調なテンポの語り口で、国際政治での各国の思惑と利害のぶつかり合いを目の当たりに見せてくれる。

 特に1991年のソ連の崩壊以降の分析が面白い。

 アメリカを心底恐怖させた国ソ連は消滅しました。この時、アメリカ政府は、今後のロシアをどのようにしたらいいだろうかと考えました。
 心優しい日本人であれば、「経済危機に陥っているロシアに支援を送る」とかなんとか善意に基づいた行動をとるでしょう。
 しかし、「普通の国」アメリカはもちろんそのようなことは考えない。これは当然、「ロシアが二度とアメリカに反抗できないよう、この国を破壊し尽くそう」と考えた。[2,p162]

 アメリカは国際通貨基金(IMF)を通して、ロシアに「改革のやり方」を伝授した。[a]

 まず「政府による経済管理の廃止」。貿易が自由化され、西側の優れた製品がロシア市場になだれ込み、ロシアの国内産業は壊滅した。

 次に「価格の全面自由化」。国内産業が駆逐され、輸入に頼るしかない状況で、ロシアの通貨ルーブルは急落し、国内はハイパーインフレーションに見舞われた。改革がスタートした92年のインフレ率はなんと2600%、GDP成長率はマイナス14.5%。ロシア経済はアメリカの思惑通り破綻した。

 さらに大規模な「民営化」。国有財産はそれを今、手元に持つ人の所有となった。アパートの住人は、アパートの所有者となった。そして国有石油会社のトップは、その会社をほとんど無料で手に入れた。ここから生まれた新興財閥はエリツィン政権に賄賂を送って、税金をほとんど免除してもらった。当然、国家財政は大幅な赤字に転落した。

■4.ロシアの復活■

 アメリカの戦略は奏功して、ロシアは90年代を通じて、ほとんどの年にマイナス成長を続けた。ところが98年にKGB出身のプリマコフが首相となって金融危機を克服。翌年、これまたKGB派閥のプーチンが首相に就任した年には、いきなり5.4%のプラス成長に転じ、大統領となった2000年にはなんと9%の高成長を記録した。その後も4~7%のプラス成長を続けている。

 その理由の第一はルーブル切り下げの効果である。ルーブルの価値は、98年の金融危機以前に対して4分の一以下となり、輸入品の値段が高騰して、国民は仕方なく「安かろう悪かろう」の国産品を買うようになった。同時に輸出が急増した。これにより一度は市場開放で壊滅状態に陥った国内産業が息を吹き返した。

 第二は原油価格の高騰である。世界最大の原油供給地・中東の情勢不安定、中国の石油需要急増により、原油が値上がりし、石油大国ロシアの輸出収入が増大した。

 こうした環境の変化に上手く対応した政策も奏功した。まずロシア政府は石油会社が原油輸出で得た外貨の75%をルーブルに換えることを義務づけた。これによりルーブルのさらなる下落が食い止められた。

 同時に、今まで税金逃れをしていた新興財閥から税金を取り立てるようになった。これでロシア国家財政も黒字に転換した。

■5.「他国の争いを支援する国は繁栄する」■

 こうしたソ連の崩壊とロシアの経済破綻を通じて、プーチン政権下のKGB軍団は、以下の事を学んだという。

第一に「争ってはいけない。戦争は国を疲弊させる」 かつて世界の中心だった欧州諸国は、第一次、第二次大戦を通じて没落した。後から参戦したアメリカとソ連は漁夫の利を得たが、両者間の冷戦を通じて、ソ連は崩壊し、アメリカ経済は破綻の瀬戸際まで行った。

 これだけなら一国平和主義の日本人も賛成するが、ロシアのトップはさらにその先を考える。

「他国の争いを支援する国は繁栄する」

 アメリカが覇権国家として台頭したのは、第一次大戦で自分はほとんど戦わずに欧州を支援して経済的覇権を奪い、第二次大戦でも遅れて参戦した。繁栄するのは「戦争をする国」ではなく、それを支援する国である。

 この二つを前提として、ロシアは次の戦略を立てた。それはアメリカと争う中東イスラム諸国には武器を、中国には武器と石油を、欧州には石油とガスを売って、アメリカと争わせつつ、自らは儲けていく。それによって、現在のアメリカ一極体制を崩壊させ、多極世界を構築して、ロシアがその一極になることを目標とする。 冒頭で、北野氏が会談したプーチン政権高官の「国際情勢は、ロシアの思惑どおり動いている」というのは、まさしくこの戦略通りに事が進んでいる、ということなのである。

■6.ロシアとフセイン■

 イラクは原油埋蔵量で世界第二位。イラク戦争に至ったアメリカの目的の一つは、ここに傀儡政権を打ち立てて、その石油権益を独占することだった。ロシアは02年7月頃まで「アメリカとの協議により、フセイン後の石油利権を獲得する」ことを目指してきた。

 しかし、02年8月頃から状況が変化してきた。まずアメリカが「イラクの石油権益を他国と分かつ意思はない」と明確に示すようになったこと。同時にフセインがロシア政府に「アメリカの攻撃を止めてくれたら、総額400億ドルの石油・ガス・交通・通信などの幅広い分野での協力契約を締結する」と提案してきたことだ。

 以後、ロシアは同じ立場の国々、すなわちイラクに石油権益があり、安保理の常任理事国であるフランス、中国とともに「アメリカのイラク攻撃を止めさせ、その見返りに石油権益を確保する」ことを目指した。その外交努力を評価して、イラクは03年1月には、ロシア石油会社4社に油田開発事業権を与える契約を結んだ。

 しかし、アメリカはロシア、フランス、中国の反対を押し切って、国連安保理の承認を得ないまま、イラク攻撃に踏み切った。これでロシアはすでに得た油田開発事業権を失い、また80億ドルのフセイン政権への債権も放棄せざるを得なくなった。それでも、アメリカを泥沼の戦争に追い込んで、一極体制を崩壊させようという大目標には一歩近づいたことになる。

■7.「シラクがイラク戦争を起こした」■

 ロシアは、経済面でもアメリカを追いつめようとしている。この面でのアメリカの一極支配はすでに崩壊寸前なのである。アメリカは世界一の財政赤字と貿易赤字を持つ国だからだ。

 米財務省の04年10月の発表によれば、米政府の借金は約7兆4千億ドル(800兆円)、そのうち2.5兆ドル以上が対外債務である。貿易赤字は03年通期で約5千億ドル(54兆円)。毎月平均で4.5兆円ものドルが国外に流出していったことになる。

 アメリカが通常の国だったら、とっくの昔にドルは大暴落し、財政は破綻していただろう。それが起きないのは、ドルが国際貿易の基軸通貨であり、ドル紙幣さえ印刷していれば、他国からモノを買えるからである。したがって、たとえばユーロがもう一つの基軸通貨となり、「もうドルは受け取らない。貿易代金はユーロで払ってくれ」という国が増えたら、アメリカは一気に破産状態に追い込まれる。アメリカを「ボロボロになった覇権国家」と北野氏が呼ぶのは、このためだ。

 2000年9月に、イラクのフセインは「石油代金として、今後一切ドルを受け取らない」と宣言した。ユーロを決済通貨とするというのである。当時、イラクは国連を通じてしか石油を売れなかったが、その国連は「イラクの意向を受け入れる」と発表した。

 フセインはこの時、アメリカという虎の尻尾を踏んでしまったのである。これがイラク戦争の遠因となった。しかもこのフセインの宣言には、石油ドル体制を崩そうとするフランス・シラク大統領が後ろ盾になっていた。「シラクがイラク戦争を起こした」と言えなくもない、というのが北野氏の見方である。

■8.独仏露のアメリカ一極体制への挑戦■

 フランスはドイツとともに「ヨーロッパ合衆国」を建設し、アメリカ一極体制崩壊を目論んでいる。そのために通貨統合によってユーロを創設し、基軸通貨の地位を奪おうとしている。

 アメリカの一極体制を終わらせようという点で、ロシアと独仏は利害を同じくしている。プーチンは03年10月ドイツ首脳との会談の席で、「私たちは、ロシア産原油輸出をユーロ建てにする可能性を排除していない」と発言。数日後、モスクワを訪れたドイセンバーグ欧州中央銀行(ECB)総裁は、「ロシアがユーロで石油を売るのは理にかなっているかもしれない」という声明を発表した。

 石油大国ロシアの貿易相手の最大はEUで51%以上。それに対して、アメリカは5%以下。ロシア-EU間の貿易で、なぜドルを使わねばならないのか。ユーロ建てにするのは確かに「理にかなっている」のである。

■9.アメリカ幕府の天領「日本」から脱却するには■

 実はドルの暴落を防いでいる防波堤がもう一つある。日本がアメリカ国債をせっせと買い支えていることだ。日本は中国や北朝鮮などの軍事的脅威をアメリカの軍事力で守って貰い、その代償としてドルを買い支えている[b]。だから北野氏は日本がアメリカ幕府の「天領」、すなわち直轄地であるという。

 アメリカ幕府のもとで平和に慣れた日本人は、その天下とそれによる平和が永久に続くと考えている。だから、独仏露中がアメリカの一極体制に挑戦しているなどという事には考え及ばない。

 しかし日本はいつまでもアメリカの天領でいるのか。アメリカ一極体制が崩壊したら、一緒に没落するのか。それとも新しい覇権国の天領となるのか。真の独立への道はないのか。

 これは日本人一人一人が考えていくべき問題であろう。そのためにも我々は国際政治の冷厳な覇権争いの実態を見抜く力をもっと身につけなければならない。この点で北野氏のような眼力を持つ論者の登場を歓迎したい。

(文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a.JOG(280) 世界を不幸にするIMF
   諸国民の富を使って「市場原理主義」を押しつけ、失敗して も責任を問われない不思議な国際機関
【リンク工事中】

b. JOG(078) 戦略なきマネー敗戦
   日本のバブルはアメリカの貿易赤字補填・ドル防衛から起きた。
【リンク工事中】

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
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1. メールマガジン「ロシア政治経済ジャーナル
2. 北野幸伯「ボロボロになった覇権国家(アメリカ)」★★★、 風雲社、H17
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■「覇権をめぐる列強の野望」について

  メールを拝読後、時間も時間でしたが、さっそく、深夜1時まで開いている近所の書店に北野氏の書籍を探しに行きました。残念ながらありませんでしたが、翌日、大手書店に出向いて入手しました。

 さっそく読み終えました。ところどころ、つっこみたいところもありましたが、それぞれの分析の結論は、全く同感で、共感しました。しかし、それ以上に、自分の見えなかったことが、分かることができました。

 日本と日本人は、よく言えば善良篤実。悪く言えば平和ボケの国です。もちろん、それほど、他国に比べてよい国である証しでもありますし、これはこれで、実に素晴らしいことでありますが……。

 そこで、これを維持していくためにも、政治から企業からメディアまで、主要なポディションに、すぐれた人物を配置できるかだと思います。結局は人次第ですし。これさえしっかりしていれば、最低、何とかなると考えます。そのためにも、より多く立派な人物を輩出していくことが重要と思います。(これも本音では心配ですが)

 湾岸戦争時の海部内閣で、トータルで130億ドル(1.3兆円)の支出。また、金だけだして、血を流さないという非難。さらにその後、海部総理直々に、アメリカに渡って謝罪。

 小泉内閣は、自衛隊を派遣しましたが、トータルで何十億程度。まあ、大きな感謝と評価。非難なし。もちろん、もっと多面的に検証を要しますが、節税という点でさえ、これだけの違いを生むと思いますと怖くなります。

■ 編集長・伊勢雅臣より

 世界各国の野望のぶつかりあいの中で、日本はいかに道義と国益を追求していくのか、そこに真の叡智が求められます。 


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