140字小説 8 江口穣 2020年5月19日 19:30 過去に書いた140字小説をまとめました。近作はlotto140(@lotto_140)さんが発行する『はまぐりの夢』vol.1〜2へ寄稿しています。 LOTTO140'S GALLERYさんの作品一覧 lotto140さんの作品一覧、プロフィールなどをみることができます。ハンドメイドマーケット、手作り作品の通販・販売サイト minne.com 冬なので苔ばかり見ている。ひからびたり、氷をまとったりしている。君はいくつ?と聞くと「よくわかんない」と返す。「とにかくさ、捨てまくるんだ。古いからだは」背は伸びないけれど組成を入れ替えていく。「どれが本当の自分かもうわかんないんだよね」とはいえ彼らはあまり困ってはいないようだ。— 江口穣 (@JoEguchi) December 27, 2017 「さあ海だ!」少女だった私は喜びを声に表せた。大じいじはタイヤチューブに浮かび島影の途切れた地平線をずっと眺めていた。「空が好きなの?」「ナホトカ」大じいじは泳ぎだした。「あそこから帰って、ばあちゃんと結婚したちや」なら私もいつか北の国の港へ行こう。大人になれたら、船に乗るんだ。— 江口穣 (@JoEguchi) June 17, 2017 ぼくが住む海辺は残され島のように未来へと錆びゆくことが定められた土地だ。それはここだけじゃない、ぼくときみたちの故郷すべてがそうさ。あの友も山裾で止まない雨を震えている。それでもぼくたちにはかすかな生活の営みが残されている。暗闇の洞窟の中で火を灯す。熱さが頬を焼き、乾く目が青い。 pic.twitter.com/ou7Uu67ZbH— 江口穣 (@JoEguchi) July 6, 2017 意を決して手を握る。その思いを果たした瞬間に、ぼくはそれ以外の選択の可能性すべてから目を背けなくてはならなくなる。だから震える指に君の爪の冷たさが突き抜けた時、眼前の色彩は徐ろに彩度が滲む。君が足元の小石に気を取られた隙に後ろを振り返ると、昔の色は褪せながらも明るく輝く。— 江口穣 (@JoEguchi) April 15, 2016 今日も失くしたはずの故郷に通い続けている。削られていく記憶が命を覆い、伸ばしていく。ぼくにはもうしばらくの生きる猶予が与えられ、そこには未来が残された。風になびく後ろ髪の隙間には赤い耳たぶと崖下の景色とが広がって、この斜面を見上げに行こうと手をつないで川べりへと降りていくんだよ。— 江口穣 (@JoEguchi) February 19, 2017 川べりで貝の化石を見つけたので耳にあててみる。曖昧な音がするとぼくは呟く。生まれることと喪うこととが重ねあわさっているようなと。見上げると夕日も星も見えない宵闇が覗けている。曖昧な空だねときみは呟く。私たちの生きる色のようなと。指のぬくもりは確かにある。ふたりで再び崖を上りだす。— 江口穣 (@JoEguchi) July 2, 2018 「育ててくれてありがとう」紅色に染まった女性の目元には幾つもの皺が刻まれていた。「でも、もう私はあなたの子として生きていく事はできません」誕生日の折にしたためた願い。「すべてを失うけれど、私は私に逃げることを肯定した」立ち去る私の塞がれた耳には、きっと何かの叫びが響き渡っている。— 江口穣 (@JoEguchi) April 17, 2016 わたしは坂道大好きさかまる子。上る。上る。下る。また上る。どれだけ歩いても彼らは無限に増えていく。だからここは本当に天国なの。斜面を踏みしめると、わたしはその街に流れる動脈とひとつになれる。街に包まれることができる。そうしてすきな人をすきとおもう心を、わたしはまた偲びかえしていた pic.twitter.com/jhBMt6LiGm— 江口穣 (@JoEguchi) June 11, 2017 映らない鏡の目をもつ十歳の僕は世界を奏でる旅の絵描きたちに結い留められていた。世界と繋がった大人のいま、戯れの鼻歌が老いた彼らに届いてしまう。嬉しく、そして早まったという焦りのなかで筆が光った。とっておきの藍銅鉱の顔料を使うときだ。減ってきた画布もまだ数十枚は残っているのだから。— 江口穣 (@JoEguchi) July 19, 2017 肩まで伸びた毛先の感触を確かめながらぼくは熱湯を浴びる。大人たちから逃げるため外へ出たのに、旅先では子供だからという理由で彼らは優しくしてくれる。まっすぐ濡れた髪。自分のものなのにそれはとてもきれいなものに感じた。世界にあるものとは何だろう。肌で弾ける水はぼくに星の重力を伝えた。— 江口穣 (@JoEguchi) June 15, 2017 旅先でゲンジボタルを見た。夜の小川に明滅する光の軌跡が上下左右にくるくる回り、川べりの紫陽花が薄く照らされる。蛍の名の由来になぞらえて、私は私の果たされなかった全ての夢と後悔とをその消えゆく光の尾に託す。するとそれは水音の響く夜空に高く舞い放たれ、背中のリュックがすこし軽くなる。— 江口穣 (@JoEguchi) June 6, 2016 「干し柿すっかり硬くなってしまった」仁助がしょぼくれるので「焼くのはどうか」と述べてみる。「焼くか泰子。いいね泰子。うん焼こ焼こ」火鉢にかけると蜜が溢れ、じゅっと鳴る。「おお甘い。柔らかい。これは元気になる、泰子」半分を口に頬張ると私もどうやら元気になった。驚いた。これが生活か。— 江口穣 (@JoEguchi) November 22, 2017 灼きつける陽光はバティックドレスの閉じた胸元からも容赦なく注ぎ込む。それは私の肌を焼き、血を焦がし、するとからだは透明になっていく。生き永らえるための勘は不自由な身の重さを軽くすることで鍛えた。盲の老婆が差し出す左手の指先に花の首飾りをかけると、私は籠を片手に鳥市場へと向かった。— 江口穣 (@JoEguchi) June 10, 2017 どこかへ置いてきたか。それとも捨てたのか。おれの声はもうすっかり届かなくなってしまったが、それでもあの花弁は三六五と四半太陽日をかけ白に明滅し、おまえのかつて生きた証を愁訴しているらしい。おまえはおれの声を聴いているのか。おれの居場所を視ているのか。まだ時間の嵐を泳いでいるのか。— 江口穣 (@JoEguchi) June 9, 2017 ダウンロード copy #小説 #短編小説 8 この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか? 記事をサポート