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千円もない…

昨日の月末処理で銀行業務をしたときに手持ちの現金の整理をしたおかげで(関連封筒に入れたり超アナログ作業含むw)今、ドトールに来て『ポイントチャージもお願いします』と言ったはいいけどお財布に千円札1枚すら入ってない空っぽ状態で、かつての超貧乏時代の記憶が一瞬で蘇って冷や汗が流れた…ということがあった。

結果的にはいくばくかのドトールのポイント残額もスマホに残っていたし、また、iPhoneにはモバイルSuicaをはじめ色んな決済アプリも入ってるし、財布にはクレジットカードも入っているので、その場で支払いがまったくできないーーーということはないのだけれど、まったく現金の入っていないお財布状態の記憶が頭の中から飛んでいて、もう数十年も昔の記憶なのに、かつて独立して超貧乏時代の気持ちが一瞬で戻ったことに自分でも驚いた。

余談だけれど、フリーのプランナー時代にはまったくお金がなくって家賃を数ヶ月も滞納してたことから『石山さん、いるんでしょ?』と玄関の扉を大家さんがドンドンと叩く音が今でもときどき夢に出てくる(笑)

お金にまつわる話しで言えば、ボクは高校を卒業して直ぐにハワイ大学に留学したんだけど、そのときの外国人の生活習慣から「財布は持たない」ーーーズボンの左のポッケにはお札を、右のポッケには小銭を、IDやカード類は右後ろのパスケースにーーーという生活習慣が、実は今年の初めまで約40年弱ものあいだ続いてました。

途中何度か風水ブームや一粒万倍日とかのタイミングで黄色のお財布などを持った時期もあったけれど、そんな不慣れなことをしたおかげでタクシーに財布をポロッと落としたりしたことも続いたので、結局はお金は裸で持ち歩く習慣に戻っていった。

また、冒頭の自分の千円も持っていない苦しかった記憶を忘れない戒めとして、ズボンの左のポッケには常にお金を触って意識し続けるーーーという、なんていうか自分なりの【願掛け】のような気持ちからお財布を持たなかったのかも知れない。

別に話しのオチを決め書いてる文章ではないのでなんの結論もないわけだけれど、ともあれ、タイトルにある「千円もない」時代が、いつまた、やってくるかも知れないという記憶の呪縛からはボクは一生逃れられないのだろうなと思ったってことと、なぜか特別な意識変革があったわけじゃないのだけれど、2022年になってから突然にお財布を使い出し、その習慣にももう慣れましたよーーーってことっていうか、お財布を持とうと思ったときには時代はキャッシュレスにすっかりなってたんだけど(笑)、人それぞれにお金にまつわるストーリーはあるよな、と。

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