薪を拾いあげる孤児

「僕たちを苦しめるのは、厄災それ自体ではなく厄災に与える畏れや悲しみなどの解釈だ。人は…

薪を拾いあげる孤児

「僕たちを苦しめるのは、厄災それ自体ではなく厄災に与える畏れや悲しみなどの解釈だ。人は何も持たず生まれ何も持たず死ぬ。失ったとか奪われたとかいう嘆きは見当違いだ。僕たちは現世を旅しているに過ぎない。どうせ終焉に向かうならすべての過去を愛して刹那を生きようと思う。」

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まず結論からいうと、「他人を手段や道具として利用してはいけません」と哲学者のイマヌエル・カントは言っています。 カントの哲学は難解と言われています。しかし、カントの革新的な哲学は、哲学に関する知識がなくて頭が真っ白な状態だと意外とすんなり頭に入ってくると思います。とはいえ、カントの哲学は内容が濃くてずっと難しい文章が続くので匙を投げたくなるのです。そこで「他人を手段や道具として利用してはいけません。」とカントが言う理由にのみ焦点を当ててお話します。 さてまず他人を手段や道

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