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ざっくり考えるVCの資本コスト

VCがスタートアップからの出資依頼を見送る際の定番の理由に「スケールするビジネスではない」「市場規模が小さい」といったものがあります。ただ、この回答だけだとスタートアップ当事者にとっては今ひとつ何がネックなのかわかりにくいかもしれません。

これらのフレーズをもう少し細かく紐解くと「事業の成長余地が限られており、投資しても得られるリターンが低い」と、VC側が見立てているということを意味します(その見立てが正しいかどうかはもちろんわかりませんが)。

こうした理由でスタートアップからの出資依頼を見送るのは、VCが強欲だからなのでしょうか?答えはイエスですが、なぜVCが強欲にリターンを求めるのか、その背景や構造を理解しておくことは、VCからの資金調達を検討するスタートアップの皆さんにとっても参考になることでしょう。以下、「VCの資本コスト」について考えてみましょう。

VCがリターンを求める背景には、投資リターンを通じてVC関係者が儲けたいという願望ももちろんありますが、それ以上にファンドに出資しているLP投資家の期待リターンに応えねばならないという事情が作用しています。

ここまで漠然と「VC」という言葉を用いていますが、一般的に多くの人が口にする「VC」とは、得てしてVCファンドを運営するGP(ジェネラル・パートナー)を指します。GPを構成するのが会社であった場合、会社そのものや投資を担当する従業員を指して「VC」と呼ぶこともあるでしょう。
成長性のあるスタートアップを見出して投資を行い、経営上のサポートを行うといった、一般的にイメージされるVCの業務を執り行うのがGPの仕事です。

一方、こうしたGPが運営するVCファンドに対するお金の出し手のことをLP(リミテッド・パートナー)と呼びます。下図にある通り、米国では主に年金基金等の機関投資家などがLPとしてVCファンドに資金を提供しているのに対し、事業会社が過半を占める資金の出し手であることが日本の特徴です。

出典:野村総合研究所「スタートアップによるレイター期・IPOファイナンス等の見直しに係る調査報告書」

GPはLPから資金をお預かりし、その資金をスタートアップに投資します。この際、LPがVCファンドへの出資から得ることを期待するリターンを上回る投資リターンを創出することを、GPは目指す必要があります。この「LPがVCファンドへの出資から得ることを期待するリターン」が、VCファンドがLPに負う資本コストです。

問題はこの資本コストがどの程度であるかです。実際のところ、VCファンドへの出資に対するLPの期待リターンは、ファンドの戦略やポリシーによって千差万別ですし、LPがどのような意図を持ってVCファンドに出資するのかによっても異なります。

この点、GPがVCファンドを設立するにあたってLP候補者に対して資金調達のためのピッチを行う際(スタートアップがVCに資金調達のピッチを行うのと同様、GPもまたLPに対して資金調達のピッチを行います)、「ネットで3倍以上の投資リターン」という目標が掲げられることが少なくありません。
ここでは便宜上、ネット3xがGPがLPに負う資本コストと仮定しましょう。

だとすれば、「スタートアップはVCに対して3倍以上のリターンを返せばいいのだな」と考える方もいるかもしれません。しかしながら、この理解は誤りです。資本コストが「ネット」で3倍であるということは、VCファンド運営に関わる諸経費を差し引いた後にLPに分配するリターンが3倍であるということを意味するからです。

一般的にGPがVCファンド運営によって得るお金は、ファンド管理に対して年間2%の管理報酬、並びに投資リターンの内でファンドサイズを超えた金額に対する20%分の成功分配であるのが基本です。ファンド期間が10年間のVCファンドがこのようなスタンダードな報酬水準で運営されている場合、ファンドサイズの20%(2%×10年)が管理報酬に充てられ、実際に投資に充てられる金額はファンドサイズ全体の80%ということになります。

(投資期間完了後もファンドサイズに対して2%の管理報酬が支払われるケースは実際には少なく、したがってファンドサイズの20%分がまるまる管理報酬に充当されるケースは少ないと思われますが、管理報酬の他にもファンド運営に関わる諸経費が別途発生することを念頭に、ざっくり投資可能額は80%と仮定しましょう)

GPはファンドサイズ80%分の資金を投資し、LPに対してネット3xのリターンを提供することを目指すわけですが、ここでもう1点考えるべきは20%分のキャリーです。

スタートアップに投資して得られたキャピタルゲインの内、ファンド元本を超えた金額の20%分を、GPは成功分配(キャリー)として受領します。このキャリー分を差し引いた上で3xのリターンを実現しようとすると、目標リターンから逆算してVCはファンドサイズの3.5倍のリターンを創出する必要があります。実際に投資できる額を勘案すると約4.4倍。ざっくり5倍です。

GPがLPに対して負っている資本コストが5倍だとすれば、スタートアップは5倍以上のリターンを返せる見込みがあれば、VCから資金を調達することができるのでしょうか?残念ながら、これもまた誤った理解です。

5倍という数値はたしかに「VCの資本コスト」ではありますが、正確には「GPがLPに対して負う資本コスト」であって、「スタートアップがVCに対して負う資本コスト」ではないからです。

ベンチャー投資はごく一部の投資先が投資リターンの大半を占める「べき乗則(Power Law)」が成立する世界と言われます。出資先の多くは破綻して元本回収できないのがベンチャー投資の宿命。そうした実態を勘案すると、スタートアップに投資して得られると期待できるリターンが5倍ではリスクに見合いません。

仮にイグジットした全ての投資先が等しく5倍のリターンを上げることができたとしても、破綻する投資先を加味すればファンド全体のパフォーマンスは5倍よりも低くなります。50%の出資先が破綻すれば、ファンド全体のリターンは単純にグロス2.5倍。これでは、「GPがLPに対して負う資本コスト」をまかなうことができません。

言うなれば「5倍」という数値は、大学受験で言うところの「足切り点」のようなものです。想定される期待リターンが当初から5倍を切ると見込まれる投資案件はそもそも投資不適格です。仮にこうした投資案件にVCが投資したとすれば、GPは善管注意義務を問われかねません。

では、「スタートアップがVCに対して負う資本コスト」という意味での「VCの資本コスト」は実際にどのような水準なのでしょうか?

これもまた「GPがLPに対して負う資本コスト」と同様、案件固有のリスクによって千差万別です。一般的にはフェイズの早いスタートアップであればあるほどリスクは高いため、VCはより高い期待リターンを求めます。参考までに『ベンチャーキャピタルの実務』(グロービス・キャピタル・パートナーズ (著), 福島 智史 (著))に掲載されているベンチャー投資の期待リターンプロファイルによれば、シード期のスタートアップに対する期待リターンは20x以上と記載されています。

Yコンビネータの創業者であるポール・グラハムは、スタートアップのことを「急成長を目指す企業のこと」と定義づけています。ただこの期待リターン・プロファイルを見るにつけ、スタートアップ(VCから出資を受けたスタートアップ)とは「急成長せざるを得ない企業のこと」と呼ぶ方がより正確な表現であるように私には思えてなりません。急成長できる企業でないと、株主の期待水準に応えることが叶わないのです。

出典:『ベンチャーキャピタルの実務』グロービス・キャピタル・パートナーズ (著), 福島 智史 (著)

以上、「VCの資本コスト」についてざっくりと解説しました。VCが貪欲にリターンを求める背景には、VCファンドを運営するGPがLPに対して負っている資本コストがあるといった構造が少しでも伝われば幸いです。

上場企業の世界では資本コストに対する意識も高まり、「ROIC>WACC」を実現する必要があるといった最低限のファイナンス知識はいい加減に浸透してきたかと思います。一方、スタートアップの世界においては、「資本コスト」という概念がまだ十分に認知すらされていないのが現状ではないでしょうか。

何もないところから新たに価値を生み出そうとするスタートアップに対し、あまり杓子定規に細かいことを求めても仕方ないですが、こうした構造を最低限理解しておくことは、スタートアップ経営チームに必要だろうと思います。

ところで、VCの資本コスト(スタートアップがVCに対して負う資本コスト)はあくまでエクイティに基づく「期待リターン」であり、デットのように利息を支払う期日が設定されているわけではありません。「返す義務がないお金なのであれば、気にする必要がないじゃないか」と考える方が、もしかしたらいるかもしれません。もしこのような発想を持たれているとしたら、その方はリテラシーの観点と道義の観点の両面で、エクイティ・ファイナンスには向いていません。少なくともVCなどのリターンを求める投資家からは資金調達しない方が、ご本人にとって良いでしょう。

この点はよろしければ拙著『ファイナンス思考』、あるいは『ゼロからわかるファイナンス思考』をご参照ください。


今後もこのようなスタートアップに関連する内容をアニマルスピリッツのNewsLetterで配信していこうと思います。
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