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水源③


第二話】はここから


「私達は,もともと海の子供なの.だから,死んだら海に還るんだよ.」


医者からの許可が出て,海岸沿いを僕らは歩いた.風が少し強いし,天気も晴天ってわけではないけれど,それでも彼女が嬉しそうだったから,僕も嬉しかった.
「へぇ,なら君がもし死んだら,雨になって僕の元にもう一度降ってきてくれるわけだ.寂しくないね.その時は傘をささないで置くよ.」
「風邪ひいちゃうよ.その風邪が悪化して,あなたが先に死んじゃったりして.」
「そしたら雨になって君の窓を叩きにいくよ.気づいてね.」
「えー,わかんない.」
くすくすと笑いながら,僕らは海岸沿いを歩いた.白いワンピースが良く似合うなぁ,君は.
少し痩せたようにも思えたが,僕は以前と変わらないように接するよう努めた.僕にできることは何も変わらないことだけだった.



......


今日は朝早くから君の隣で,僕の知らない誰かからもらったりんごをむいていた.うさぎの形にしようとしたが,なんだかいびつな形の耳になってしまい,結局全てむききってしまった.君に見られないように,皮はゴミ箱にひっそり捨てた.後ろで笑われたような気もしたけれど,見なければそれは事実じゃないんだ(少し横暴か).
「私ね,カーテンが風に靡いた時に入ってくる光が好きなの.」
いつもながら君は唐突だ.
「物好きだな.どうして?」
「その隙間から差し込んでくる光は,私が生まれた時に初めて見た光にとても似ている気がするから.」
「オカルトだね.生まれたときの記憶なんてほとんどの人が覚えてないし,きっと君も覚えてないだろう.どこかで聞いたり読んだりした内容を自分の記憶だと勘違いしてるんじゃないかな.でも確かに真夏の太陽の日差しより柔らかい気がするし,生まれて初めて見る光は,それくらい優しいものだったのかもしれないね.」
「なんか半分も伝わってない気がする...」
「そもそも分かり合おうなんて無茶なことなんだよ.僕らは他人なんだし.それでも僕は君のことを理解したいと思っているし,今までもそうしてきただろ?」
「たしかに.最初は冷たい人だって思っていたけれど,結構温かい考えを持っているのよね.あなたは.」
「改めて言われると恥ずかしいね.」
「でも.」
(もう少しみんながわかり合うことができたら,きっと傷つくことも苦しむことも減って,誰かの喜びを喜んだり,哀しみを悲しんだりすることができるのにな)


......


(誰かが僕に,これまでのことは全部嘘だよって伝えてくれるんじゃないかって思っていた.いや,今でも思っている.そうしてベッドから起きたら,元通り君がいる世界になっていて,またちょっと不思議な感覚を持っている君と色々な場所に出かけて,風を感じたり,雨を感じたり,空を感じたりできるんじゃないかなって思ってしまう.そんなことは起こるはずがないって,本当はわかっているけれど.こんな時も,僕の心臓はバクバクと動いていて,本当に鬱陶しいな.血液が流れる音が耳聞こえて,五月蝿いな.なんで死ぬのが僕じゃないんだろう.五月蝿い五月蝿い五月蝿い,止まれ.)


......


眠ると明日が来るということ,これがいつのまにか当然に思っていた.ただ,【明日】という概念は,眠らなければ来ないようにも思う.眠るというのは死に一番近い現象だと誰かが言っていた.ギリシャ神話では,眠りの神ヒュプノスの兄が,死の神タナトスだし,あながち間違いじゃないのだろう.僕はこれから永遠に起き続けることができれば,今日という地続きの一日を生き続け,君を【今日】という箱に閉じ込めることができる.眠り起きることが,今日の皮を脱ぎ捨てて生まれ変わるということならば,君を僕の【今日】にずっと閉じ込めておきたい.
そんなことを天井を見つめながら考えており,それでも時間とともにこの体は眠ってしまう.本当によくできた身体だ.

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