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水源④

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日差しが差して起きた.
わけではなく,目覚ましで起きた.君が言っていたようなカーテンからの優しい光は見るタイミングを失っている.僕はジリリリと鳴り響く不快な目覚ましを思い切り叩き,これでもかというほど勢いよく立ち上がった.これをしないと起きられない.結局明日が来てしまった.こうやってまた毎日を繰り返す.

今日も曇天だったから,特に不快です.昔植物に興味なんかないのに君に勢いで買わされた多肉植物の植木鉢に水をやり,少し眺めて「お前は気楽だな」と呟いてみたけれど反応はなく,僕はとても虚しい気持ちになった.水だけで生き生きとしているそれを見て,僕はたくさんのものを普段から得ているはずなのに,こんなにしおれてしまっている.これはそのうち花が咲くかもしれない.惰性で水をやっているが,なくなると少し寂しい気がするのが,人間ってものだ.


・・・・・・


ここは海が近く,潮風に揺られ夏にはかもめが飛ぶ.大学で君と出会ってからは,海沿いを歩いて帰ることが多かった.僕は早いうちから一人暮らしをしていたので,どちらがどうという間もなく一緒に生活するようになった.決して大きくはない部屋だったけれど,あまり不便はなく,いつも僕たちはくっついていた.寂しさを紛らわす意味もあったのかもしれない.ただそれは僕たちにとってはとても自然で,当たり前のことだった.だから今はとても広く,足音でさえも反響してしまってなんだか落ち着かない.

いつものとおりに豆を挽きコーヒーを入れる.当然ブラックでないといけない.小さな頃大人ぶって早くコーヒーをブラックで飲むようになってから,もう長い間カフェイン中毒になってしまっている.甘いのは勘弁だ.可愛げのない植物を前にして苦い飲み物を口にし,身体に熱を入れていく.こうして怠惰な一日が始まる.

家から病院までは歩いて30分くらいかかる.最近はよく歩いて通っている.商店街があり,そこには毎日違った顔ぶれがあるからだ.君が好きな果物であったり,焼き菓子であったり,風景,人,色んなものを見てから会うようにしている.外の景色が窓からしか見えない君の代わりに,僕がたくさん得て水を上げるように話す.そうすることで,君は瞳に輝きを取り戻す.曇天だった空は,風に流されてしまい,柔らかい日差しが差し込んできている.こんなことなら洗濯物を干してくるんだった.
「にゃー」と声がして,振り向くとずんぐりむっくりな猫がこちらを見ていた.僕は思わず写真を撮った.

「こんなに大きな野良猫がこの町にはまだいたのか,ふふ」

今日も君に伝えてやろう.
この町にはまだたくさんの新しいことがあるということ.そして,それは言葉なんかでは伝えきれないということ.水たまりに反射した日差しは宝石みたいにキラキラして見えること.朝方の町の匂い.風が海の匂いがすること.子どもたちの笑い声.人の笑顔.夕方の匂い.コンビニ周りの高校生たち.

僕も知らなかったそれらは,君に気付かされたようなものだ.



その日君の容体が急変したと連絡があった.

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