上島竜兵さんのニュースを機会に自殺の報道をちゃんとやってほしい

上島竜兵さんが自殺されたそうです。

電車に飛び込む人も報道されたりします。

自殺するというのは、生きるよりも自殺したほうがマシだと思えるからです。それは、自殺する人の心の問題にされがちですが、そもそもそういう状況に追い込んだ環境の方こそ問題です。

自殺の報道で問題だと思うのは、どういう理由で自殺されたのかあまり報道されない事です。報道されなければ知られることがありません。でも、自殺する人は年間2万人もいます。どういうことで苦しんでいるのか、社会全体で共有し、その苦しみを無くそうとするべきです。

自殺の理由を報道されず、むしろ自殺したことを隠そうとする風潮があるように感じます。

苦しみの報道がされないと、「自分だけが苦しんでいる」ように思えてきてしまう人もいるかもしれません。結果、孤独感にさいなまれ追い込まれるかもしれません。

自殺自体の報道をしたり、あるいは、その報道を隠そうとするより、故人が何で苦しんでいたかを伝え、その苦しみを社会から無くそうとする動きこそ、苦しむ人の希望になるのではないでしょうか?

僕は、日本は死にたい人と向き合っていない、と感じています。

それゆえ、死にたいと思っている僕自身、生きづらさ、苦しみを打ち明けにくさを感じています。

どこに相談しても苦しみを理解してくれなかったし、死にたい気持ちも理解してくれるところがない。だったら話さない、話せない。その結果、このようにネットでしか言えてません。家族にも周りにも相談先にも、死にたい気持ちを隠しています。言えば、止められるから。ひどい場合は、病院送りです。バレる前に死にたいくらいに思っています。

死にたい気持ちに寄り添える社会になれば、相談したところで、無くなる苦しみだけではないことに気づくと思います。例えば、治療法のない病気などは、相談しても病気が治ったり、苦しみが減ることはない。
京都でALS患者の女性が、医師に金を払い安楽死した事件がありましたが、死にたい人がそこまでしないと苦しみから逃げられない社会というのは異常だと思います。

だからこそ、死にたい人のために安楽死制度が必要だと考えます。
相談すれば安楽死できる環境になれば、死ぬ前に相談する人が格段に増えるでしょう。相談でどうにかなる人は生きたい気持ちになれるかもしれない。結果、自殺する人も減るかもしれません。同時に、相談してもどうにもならない人は、本人が希望すれば安楽死できるようにすれば、苦しみから逃げられます。
安楽死制度があることによって、生きたい人も死にたい人も救われるんです。

自殺の報道をきちんと行い、死にたいほどの苦しむ人に寄り添うべきです。それは死にたい人のためになるし、自殺を止める事にもなります。

一番大事なのは、本人の気持ちです。苦しみが無くなれば”生きたい”であるのなら、苦しみを無くしてあげればいい。苦しみが無くならない場合、死ぬ選択肢も用意してあげればいい。

自殺を止めようとする社会より、死にたい人の気持ちを理解しようとし、尊重する社会が求められています。そのために自殺の報道を、死にたい気持ちを持つ人に寄り添える形に変えるべきです。


サポステとの闘いで郵送代などが色々かかっています。親にはサポステに行っていることを内緒にしているため支援もなく苦しいです。少しで良いのでご支援していただけると嬉しいです。