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笑わないウェンディ、8月の桃

生のものを口にしないと落ち着かないので冷蔵庫にはぶどうやトマトや香菜やキュウリをごま油と塩昆布で和えたものなど、ぱ、と出して食べられるものばかりしまいこんでいる。何かを温め直して食べるのが苦手。だからお弁当の類もあまり好きじゃない。冷凍の水餃子は好きだけど。

自治体によってずいぶんばらつきがあるようなのでもう大声で言わないように気を遣わないといけないんだなあと思うがワクチンの1回目をぶじに接種できた。人口の少ない自治体だから余裕があったんだと思う。引っ越してよかった。ありがたいことだが、エッセンシャルワーカーに値する友人知人がまだ打てていないのを知ると申し訳ないような気にもなる。いや、わたしも十分仕事柄、毎月多くの人とはじめましてをするし、外出の多い仕事なので打っておいてよかったのだが。

帰りしな、商店街の果物屋でデラウェアを一房買う。一房いくらですか、と店の婆さんに聞いたら、「うちのはでぶちゃんだからね、これで240円」と、ずいぶんでかいのを摘んでくれた。わたしの腕の絆創膏を見て、「アラ!打ってきたの!」と言われ、二、三世間話。お隣の花屋さんはいつもありえない量のおまけをしてくれるし、そこの花を抱えて買い物をしたこれまた近所のスーパーでは、若いレジの店員さんが「お花とっても素敵ですね!」と話しかけてくれた。こういうコミュニケーションが頻繁なので、いい街に越してきたなとつくづく思う。他人のおせっかいは基本的に好き。学生のころのアルバイトで、よく「かわいいお財布ですね」などと話しかけて不審がられていたが、時々小気味よく会話を返してくれるお客さんのことは好きだった。ま、一切合切うっとうしいという人もいるだろうが。

1回目はたいしたことないと聞いていたのに、副反応とやらであっさりと発熱。ポカリスエットをたくさん買っておいてよかったと思う。家で片付けねばならない大量の仕事があるのに臥せってしまう。布団のなかからぽちぽちとメールを打つ。2回目はもっと副反応がひどいと聞いたから心配。コロナにかかるよりましだというけど、2、3日他人に仕事をまかせて休んでもよいという職種じゃあないととてもじゃないが受ける気にはならないだろう。じぶんの代わりなんかいくらでもいるとわかっているが、それを堂々と持ち出せるのは本当に有事の時だけだ。というか、あっさりと代わられてしまうのがいやなんだと思う。いつまでもがんばったねって褒めてもらいたい子どもの、ちんけな見栄だと思う。

午前中、祖母から桃が送られてきたとかで父親がひょいと車で届けに来た。玄関ででかい桃の入った袋を渡されて、じゃ、と去っていった。実家が近いのはいいことだが、コーヒーくらい飲んでいけばよかったものを。熱があってだるいことはなんとなく言わなかった。言わないことで大人になったような気になる。

桃をていねいに冷蔵庫にしまう。福島の桃だ。赤ちゃんの尻くらいあってかわいいし、いいにおいがして体がだるいのをすこしだけ忘れる。今は腕が痛くて剥けないが、全快したらのお楽しみに。オリンピック関連のニュースで唯一よかったのは、アメリカのソフトボールかなにかの監督が、福島の桃をうまいと言ってくれたことくらいだ。

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