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ロート製薬の広告について考えたこと


ロート製薬さんの広告がたくさんRTされて話題になっている。

「朝に二度寝をしてしまう大半の理由は、実は目の渇きを眠気と勘違いしているせいなので、目薬をさせば一発」ということを伝えるための広告なのだそうだ。

みんなスマホを目覚まし代わりにしていると思うし、あるある!と頷いてしまう。明日の朝からやってみようと思える。素晴らしい説得力。

わたしは花粉症じゃないので分からないが、花粉が強くなるこの季節、朝から目がショボショボする人も多いと聞く。戦略 PR としてはとてもうまいやり方じゃないかと思う。

わたしはGoogle広告やFacebook広告などの広告運用が得意な、いわゆるWebマーケターという人種で、こういう素敵なキャンペーンというのは惹かれるし参考にしたいと思う。
広告業界の花形たるマス向け広告のクリエイターといえのは、わたしにとって憧れであり、なんならどこかコンプレックスに近い思いすら抱くことがある存在なのだ。

しかしいくら素敵だなと思っても、「大企業さまのやり方をウチみたいな小さい会社が真似しても…」と感じているWebマーケターの方も多いと思う。

この事例に限らず、例えばP&G出身の方が提唱するフレームワークは、よく考えられていて素晴らしいのだが、そのまま真に受けてもあんまり上手く行かない。その感覚は正しい。

そういう「大企業さま」の広告キャンペーンが、「ウチみたいな小さい会社」に当てはまらないのがなぜなのか?どういう風に参考にして行ったらいいのか?このあたり考えてみたいと思う。

良いプロモーションの11条件

わたしは、良いプロモーションというのは以下11の条件を満たしていると考えている。

① シンプルさ|考えずとも内容が頭に入る
② 共感|他ならぬ私の人生の物語だと思える
③ 面白さ|つい最後まで読んでしまう
④ 理想|それは素敵なことだと憧れる
⑤ 価値観|新しい秩序とルールを受け入れる
⑥ 落差|そうなっていない現状に渇望感を覚える
⑦ 必然性|ベストな選択肢と確信できる
⑧ 行動喚起|今すぐ購入する決断をする
⑨ 継続性|継続的に買ったり、他の商品も買う気持ちになれる
⑩ 拡散促進|人にシェアしようと思える
⑪ 人数|多くの人の行動が変わる

※これはわたしが勝手に考えたフレームワークなので検索しても出てこない。でもいろんなケースに当てはまるし、プロモーション施策を考える際のチェックリストとしてけっこう使い勝手がよく、愛用している。よかったら取り入れてみてほしい。

ロート製薬の広告に当てはめて考えてみよう。

◯「① シンプルさ」「② 共感」「③ 面白さ」:いずれも強く含まれている。 
◯「⑤ 価値観」:新しい心理学的な物の見方を提供している。
◯「④ 理想」「⑥ 落差」:アラームで朝の苦しみと、スッキリ起きれたら…が強く伝わる。
△「⑦ 必然性」:ロート製薬の製品である必然性は説かれていないように見える。
△「⑧ 行動喚起」:すぐに購入はできないし、アクションも明示されてはいない。
◯「⑨ 継続性」:毎朝目薬をさす習慣ができれば継続が見込めるし、既存利用者の使用量は増える。
◎「⑩ 拡散促進」:共感を呼びインパクトのある車両ジャック広告ですごくバズっている。
◯「⑪ 人数」:多くの人にとって、スマホで目覚まし時計代わりだし、朝起きるのはつらいので、刺さる内容になっている。

このように、ほとんどすべての条件を満たす実に見事なプロモーションだと思う。

広告だけを見る限り、「必然性」「行動喚起」ここは成立していないように見えてしまうが、実は成立しているとわたしは考えている。なぜだろうか?

なぜ「必然性」「行動喚起」が成立するのか?

それは…ロート製薬が目薬のシェアの43%を占めており、あまねく日本の薬局の棚に製品が並べられており、「目薬を買おう」となった顧客の多くがロート製薬の製品を買う必然性が作れているからだ。

参考:https://www.rohto.co.jp/ir/investors/number/

また、大規模プロモーションに合わせて、ドラッグストアの店頭施策もセットで実施されているのではないだろうか。花粉症のシーズンに合わせ目薬はいつもより目立つ場所に陳列もされやすい。そこで必然性や行動喚起のコミュニケーションは取られるはずだ。

わたしたちWebマーケターが気をつけるべきポイントは、大手消費財メーカー・製薬会社の場合は「必然性」「行動喚起」が小売店への圧倒的な配架のパワーと交渉力によって担保されているのだが、eコマースやWebサービスではその前提が成立しないということ。

つまりわたしたちの場合は、セブンイレブンのような店舗の看板、ドンキのようなポップ、伊勢丹の美容部員のような接客、こういった機能をすべてWeb広告の一撃で果たさなければならないのだ。一撃で、だ。

一撃で買っていただく

「一撃で」とはクリックしたらすぐにという意味だが、そこが重要なポイントだ。

小売店に流通している前提なら、広告で目に触れた商品を、ドラッグストアなどでもう一度目に触れ思い出してもらう機会はある。 

しかしeコマースの商品やWebサービスは、わざわざブランド名でもう一度検索してもらいでもしないかぎり、二度と接することはない。思い出してももらえない。(多くの人は昨日の晩ごはんを思い出すことすらない)

また、Web広告と、交通広告・テレビCMとの役割の違いも重要なポイントだ。両者の違うところはなんだろうか?

それはWeb広告は、店舗への入り口を兼ねていることだ。クリックしてそのまま購入できる。一方、交通広告やテレビCMにその役割は無い。あくまで顧客のマインドに働きかけ、認知獲得・ブランディングをすることが主な役割になる。

Web広告は、顧客のマインドに働きかけるだけでは不十分だ。もっと物理的に店舗の入り口であり(スマホの情報空間上ではあるが)、配架に近い役割を持つので、実際にクリックされ購入してもらう必要がある。

(※だからWeb広告の目標はCPAやROASを前提とするべきで、表示回数やクリック数を目標とするべきではないのだ。)

「認知率」は注意が必要

また、あらゆるマーケティングのフレームワークでほとんど必ずでてくる「認知率」という概念も注意が必要だ。

小売店が販売してくれる前提のビジネスであれば、「認知率」などを要素として切り出して追うことに意味がある。例えば日清食品の「カップヌードル」のようなブランドであれば、ブランドを好意をもって思い出してもらうだけで売上があがる前提が成立しているだろう。

しかしeコマースでの場合は、認知率だけを操作する施策はあまり意味がない。

なぜなら認知だけを獲得しても、その場で購入してもらえないと思い出してもらう機会はほとんどないからだ。そのためこの「認知率」だけを切り出すフレームワークは、とりわけWeb広告においてはほとんど機能しない。

つまり、なぜロート製薬のような広告をわたしたちWebマーケターがそのまま真似しても成立しないかというと、その広告が顧客のマインドを変える役割しか持っていないからだ。そのまま購入してもらう前提が欠けているのだ。

Webマーケターこそ、戦略PRの目線を取り入れるべきである。

ロート製薬さんの事例を鵜呑みにできないということを述べてきた。しかし、取り入れるべきではない、ということではない。むしろ、特に戦略PRの目線は、とりわけWebマーケターこそ取り入れるべきだ。

『戦略PR』の著者の本田哲也さんによると戦略PRとは、「商品そのものにフォーカスしたPR活動ではなく、世の中の時流と商品をつなぐテーマを開発。そこから話題喚起し、空気作りを行い、その盛り上がりを商品販売に落とし込む手法」だという。

この定義は、ロート製薬さんの広告に当てはまる。

特筆すべき点は、商品を売り込んでいるのではなく、あくまでわたしたちに新たな価値判断を教えているにすぎないということだ。

「朝に二度寝をしてしまう大半の理由は、実は目の渇きを眠気と勘違いしているせい」は純粋に面白く役立つ情報であり、受け入れられやすくシェアされやすい。セールス色を感じさせないので、警戒されずに購入する気になりやすい。つまりコンバージョン率の向上が期待できるのだ。

しかも全く目薬に興味がなかった層に対しても、「脳の錯覚」(目の乾きを眠気と錯角する)という心理学的な価値判断を教えることで、毎朝目を潤すために目薬を使わなくてはと感じるようになる。つまり従来の売り込み型の広告と比べ、新規顧客を増やせる可能性も高い。
これは既存顧客にも新しい利用機会を提案することになり、利用頻度を引き上げ、既存顧客の単価も上がるだろう。

森岡毅さんの『確率思考の戦略論』的に一言で言うと、プレファレンス(すべての消費者の一人あたりの購入頻度)が高まるのだ。

この「価値判断を教える」という手法は、大手消費財メーカー・製薬会社のみならず、eコマースやWebサービスのビジネスでこそ取り入れられるべきと思う。

なぜなら、飽和し過酷な競争環境におかれる中で差別化が難しくなっているからだ。

効果的な訴求も狭まってくるので新しい軸が必要になる。
しかも景表法・薬機法の規制が厳格化され、売り込み型の広告の表現がより限られてくる。
さらにITPをはじめとするcookie規制により広告経由セッションのリーチやコンバージョン率が低下しはじめている。

「価値判断を教える」という手法は、いずれの影響も受けづらい。多くの機会をもたらす可能性もある。そのため、現状の突破口になりえる着眼点だと思う。

 Web 広告の役割は、検索広告やリターゲティング広告を出稿し見込み顧客への店舗入口の導線を引くだけではない。セール情報を告知して販売促進するだけの役割でもない。
世の中に新しい価値基準を提示することで、必要性を作り出し、新たな顧客を獲得することもできるのだ。

(※ もちろんWeb広告の導線を引く役割は引き続き非常に重要。ここがボトルネックになっている場合、検索広告とリターゲティングを出稿するだけで売上が大きく伸びるケースは多い)

映画ウルフ・オブ・ウォールストリートでは、主人公のジョーダン・ベルフォートが「このペンをおれに売ってみろ」と言う。

何人かが答える。
「これは素晴らしいペンです…」
「これはとてもいいペンで、人生の思い出を書き留めれば…」

しかし、すべて不正解。

なんでも売れるというブラッドは、ベルフォートこう言った。

「頼みがあるんだが、ナプキンにあんたの名前を書いてくれ」
「…ペンがない」「これかい?」ブラッドはベルフォートにペンを渡す。

必要性を生み出すことこそが強力なセールスの手法であることが説かれる。

価値判断を教えるとは、これに似ている。ロート製薬の広告がやっているのもまさにこれだ。
売れているサービスは、実践している。

例えばブレインスリープピローは、書籍『スタンフォード式最高の睡眠』で理想の睡眠とは?を説いたうえで、「そのために理想の枕を作りました」とセールスされる。

価値判断を教えることで、必要性を作っているのだ。

ウルフ・オブ・ウォールストリートはペニー株(クソ株)を騙して売る話だが、世のWebマーケターの多くは顧客の役に立ついいサービスを売っていると思うので、もっといい伝え方が考えられるし、それが世のために人のためになることと思う。

低コストで高速検証する

ウェブ広告であれば、こういった顧客とのコミュニケーションのアイディアは、10万円あれば試せる。カルーセル広告であれば、せいぜい数万円でクリエイティブが作れる。検証も数万円くらい広告を出してみれば良し悪しもある程度は分かる。

わたしたちWebマーケターが戦略 PRの目線を取り入れられれば、Web広告の成果を伸ばす突破口になりえるし、ここで当たったものをランディングページにしたり、より大きなPR・広告施策に活かしたりもできるだろう。

ただ Web 広告の方に戦略PR目線を持てる人材はまだ少ないと思うし、逆にPRパーソンはWeb広告あんまり詳しくなかったりする。ここを変にチームを分離したり垣根を設けないで、お互いに学び一緒にやっていく形にするとすごくいいんじゃないかなと思ったりする。

終わり。

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