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新型コロナ、精神病院で感染拡大 人権状況も危機的

2020年7月10日(随時更新 初稿6月10日)
精神科看護師 有我譲慶(ありが・じょうけい)

 新型コロナウイルス感染流行の中、精神科入院者はかつてない危機にさらされている。
1つは精神病院における新型コロナ院内感染の爆発的拡大の危機であり、
2つ目は面会も外出も制限され、閉鎖性密室性が極限状態にあることだ。

今年2月、韓国の感染爆発の発端の1つとなった大邱市のデナム病院の精神科病棟では、約100人の入院者のうち9割が感染し10名近くが亡くなった。典型的な三密状態の精神科は、高齢者施設・障害者施設とともに、新型コロナ感染症のハイリスク群だ。

 日本の精神科病院はただでさえ、強制入院が年々増加し46%となり、人口比では欧州平均の15倍にもなっている。そうした不当な強制入院は憲法に反するとも言える。精神病床はOECD諸国平均の4倍で、入院者の62%が1年以上の長期入院者だ。3割が5年以上、2割が10年以上、1割20年以上も長期入院している。こんな国は他にない。その上、閉鎖病棟が7割、隔離・身体拘束も年々増加し、精神科は危機的な人権状況にある。65歳以上が6割を占める精神科病棟で、入院者は新型コロナ院内感染の極めて高いリスクにさらされている。

 2020年7月8日時点で、精神科病院または精神科病棟での新型コロナ集団感染は少なくとも8件発生している。非常事態宣言が解除された後も武蔵野中央病院で大規模クラスターが発生し、7月1日には新規陽性者が2人感染が判明したが、その後陽性者は出ていない。閉鎖病棟である3階B病棟は入院者の過半数が感染し、他の閉鎖病棟と看護師ら職員感染者12人と合わせ、61人の大型クラスターとなっている。感染した患者は新型コロナ感染の専門医療機関に転院してきているようだ。しかし、病院報や都の報告はその後の重症度や死亡者の有無など、他の病院と違って公開されておらず不明だ。武蔵野中央病院のスタッフ不足の状況に、感染病棟以外を支援するため、ジャパンハートというNPOが医師看護師ら7名を派遣したようだ。
 以下、マスコミ報道および、都道府県の広報、当該精神科病院のホームページから把握できた感染状況を一覧表にした。職員のみの感染の場合は省いている。(表参照:内科病棟がある精神科病棟中心の病院は精神科病院とした)

精神科新型コロナ感染表200708 (1)

【感染患者数98人、職員ら38人、合計136人、死亡患者4人】
 新型コロナ陽性となった精神科入院患者の合計は98人、そのうち4人が亡くなった。全員高齢者だった。それらの病院では看護師・医師ら、医療従事者とその家族は38人が感染し、看護師の父親1人が亡くなっている。
 7月8日現在で、判明している感染者数から感染率を計算してみると、国内で0.016%、精神科入院患者の感染率は0.036%と、なんと2.3倍だ。精神科病院の集団感染のリスクが現れている。死亡率については、国内は5.4%、精神科病院は4.8%だった。

 3月7日、兵庫県姫路市の仁恵病院で看護師からと思われる感染で、患者11人が陽性となり、他の看護師1名と父親も感染した。その父親と重症の患者は感染症指定医療機関に転院したが、残念ながら亡くなった。仁恵病院からは重傷者らは転院したが、他はマスクを外したり物に触れて回るなど、感染症病床の環境への適応困難などが理由で転院できず、(取材した記者より)仁恵病院では別のフロアに移して感染エリアとして、担当看護師を固定して治療となった。家族への感染を恐れて家に帰らず車中泊する看護師もいた。外来、デイケアも院内は中止していたが、陽性者は全て陰性となり、4月27外来も再開した。外来患者や看護師は風評被害により、地域から差別的対応を受けた人もいたようが、一方で仁恵病院は地元の住民や店舗、医療機関などからの支援も得ている
 大阪府熊取町にある七山病院の感染者は残念ながら2人が亡くなっている。1人は新型コロナ感染疑いで、転院後に死亡し陽性でだった。もう1人は七山病院内で肺炎で死亡後、検査で陽性判明した。二人とも重症化した段階ではPCR検査をまだ受けられていなかった。

【感染時の適切な医療の保障を】
 4月15日に発生した神奈川県にある相州病院(そうしゅう)の集団感染は問題が大きい。新規に措置入院となった若い患者が陽性と判明した。しかし、精神疾患と感染症も見られる病床が神奈川県では見つからず、マスクや防護具も足りず6日間転院できないうちに患者7人と看護師2人に感染が広がった。適切な医療を受けられるシステムの整備と柔軟な対応が必要だ。
 4月3日、厚生労働省は、精神疾患があり新型コロナに感染している患者は「精神科を標 榜する医療機関(以下、「精神科医療機関」という。)において対応することが 求められる場合が想定され」ると都道府県に事務連絡した。(「精神科を標榜する医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応について」)
 精神疾患患者は差別的な医療法施行規則10条3項により「精神病室に入院させること」とされているが、この精神病床の特例撤廃を求めた精神科の労働組合の全国精労協などの交渉により「身体疾患に対し精神病室以外の病室で入院治療を受けることが必要なものを除く」と必要な身体疾患治療を精神科以外で適切な治療を保障する規定が改定されていた。
 4月3日の事務連絡はこれを後退させるおそれがある。そして、措置入院患者は公的病院あるいは、措置入院指定病院で「感染症への対応も行う必要がある」としている。相州病院は神奈川県では転院先がなく、感染が拡大したのだ。
 また同文書で陰圧室や陰圧装置(空気を廊下や他の部屋に漏らさない)の整備を推奨して補助を示している。しかし、精神科病院で陰圧室等を装備しているところは少数だ。新型コロナで酸素吸入が必要などの中等症は急変しやすいために、対応できる精神科病院は多くない。また、精神科救急病棟(通称スーパー救急)の一角で感染者の受け入れを準備している病院もあるが、少数だ。7月3日厚生労働省は新型コロナ感染患者を受け入れる精神病床にも病床補助額を設定した。
 いずれにせよ、精神疾患があっても適切な感染症治療が保障されなければならないのは当然だ。国と地方自治体はその受け入れ態勢の整備をする責任がある。
 5月1日、神奈川県は県立病院機構、湘南鎌倉総合病院の三者が連携し、「精神科コロナ重点医療機関」を設置すると発表した。神奈川県立精神保健センター湘南鎌倉総合病院系の南イノベーションパーク臨時医療機関に設置していくという。(神奈川モデル
 東京では都立松沢病院は新型コロナウイルスに感染した認知症や精神疾患などの患者を受け入れていると表明している。
 愛媛県松山市にある民間精神科病院の牧病院は慢性期中心の病院だが、5月12日に発生し、入院患者19名、職員とその家族ら15名が感染と34名の大型クラスターとなった。重症の1名は感染症指定病院に転院したが亡くなった。「重症化のおそれのない」中等症や無症状の患者は(人数は不詳)そのまま牧病院でエリアを分けて入院が継続され、5/22にはDPAT(災害派遣精神医療チーム)の活動拠点本部を牧病院に設置された。現在、陽性の入院者はおらず、終息に向かいつつあるようだ。愛媛県は6月5日牧病院の20床を精神科コロナ「重点医療機関」に指定した。

【コロナ危機下で閉鎖性密室性が高まるおそれ】
 全国のほとんどの精神科病院では、新型コロナ感染対策として、かつてない面会の制限や外出制限が行われている。知人や友人だけでなく、家族も面会が中止あるいは制限され、弁護士以外の権利擁護者の面会も困難となっている。認定NPO法人大阪精神医療人権センターでも、病院を訪問しての個別相談活動や、府下の精神科病院を定期的に訪問するオンブズマン的活動である、療養環境サポーター活動を断念せざるを得なくなっている。その中で、入院者の孤立を防ぐため、毎週水曜日の電話相談や手紙による通信交流は継続している。
 電話以外の外部との交通交流が遮断されて退院に向けた住居探し、通所施設見学や役所・銀行への外出も控えさせられることがあり、退院が速やかにできず入院が長期化する恐れがある。
 今年3月、神戸市の神出病院では、複数の入院患者が1年以上にわたる暴行・虐待の容疑で看護師ら6人が逮捕された。神出病院事件だけではなく、精神科での虐待・暴行事件はほぼ毎年発覚している。閉鎖的な神出病院での虐待の温床は精神科の密室性閉鎖性であり、精神保健福祉法の権利擁護制度が機能していないことによる。
 コロナ危機は精神科の閉鎖性密室性を促進するおそれもある。精神科の面会や外出など基本的な権利を極めて制限しており、この緊急事態体制が長期化することで、さらに密室性閉鎖性が強いまま常態化するおそれもあり、入院者は不安な状態に置かれる。それは虐待の温床でもある。精神科の扉を開かせ、入院者が孤立せぬよう交流し、尊厳を守り、退院を促進させるべきである。緊急事態宣言以降、精神医療審査会も会議や本人面接にWEB会議用タブレットなどの活用し始めている。入院者への直接の面会が困難であっても、電話や手紙、更にはタブレットや携帯電話を活用した面会も追求をしていきたい。介護領域では高齢者施設でのタブレットなどを活用したオンライン面会が導入されてきている。精神科病棟でも個人の面会でも普及されるべきだろう。また、10万円の特別定額給付金が本人の手に渡らないケースも考えられるが、不利益を受けないよう配慮されるべきである。

【コロナ危機をかいくぐったトリエステの当事者から】
 先日、市民のイケダ大学を主宰する小村絹恵さんらの「コロナ禍後の未来」企画で、イタリアのトリエステで活動する当事者グループとのオンライン対話の機会があった。(アルティコ・トゥレンタ・ドゥエという当事者グループ。(憲法32条の会)医療における自由を守る活動をしている)
 凄まじいコロナ危機の中、ロックダウンでイタリアの地域精神保健と当事者は、一人で過ごさざるをえず、薬しかなかったという、極めて強い制約に苦しんだ。しかし、その中で自分たちだけでなく、全ての市民が制約を受ける中で、精神的に健康な人と、そうでない人がより近くに感じられた、仲間や家族など、人が繋がり続ける重要性をより強く実感して絆がつよくなったと言う。
 日本の精神科病院における新型コロナ院内感染について報告すると、トリエステの当事者は口々にこう言った。イタリアでは閉じ込める精神病院自体ないが、日本の精神病院の問題は当然と言える。イタリアでは同じように高齢者を閉じ込めていた高齢者施設で、多くの人が亡くなった。人を閉じ込めるのではなく、地域で住むことが大事なのだ。病院に閉じ込めると、新型コロナのような危機には、悲惨な事態になる。病院ではなく、地域で精神保健を確立すること、家で暮らすことが大事なのだ。バザーリアはそれを実践してきた。
 さらに驚いたのは精神保健の問題だけだけではないと語られたことだ。イタリア政府は大きな病院を作る方向で動いていて、ロンバルディアでは病院を集約する方向だった。それが感染爆発につながった。大きな病院は危険だ、精神保健だけではなく、地域でやるべきでだと。

【不要不急の精神科入院自体が問題】
 コロナ危機は、日本の精神医療の問題を浮き彫りにした。閉鎖性密室性が極めて高く、強制的な「三密」状態の閉鎖病棟は新型コロナ感染が発生した場合、自分でそこから逃げることはできず、集団感染のリスクを高めていることは明らかだ。地域で暮らしていてもおかしくない「慢性期患者」の長期入院こそが問題ではないか。閉鎖性密室性の高い精神病院は新型コロナ感染にきわめて脆弱だ。緊急事態宣言が解除されても、感染拡大は進行した。そして、新型コロナ対策を理由に、精神科病院は外出や面会制限が常態化し、いっそう閉鎖性密室性が高まり、退院への取り組みも難しくなっている。
 強制入院は人口比で欧州の15倍、隔離・身体拘束乱用と長期入院という、日本の精神病院収容主義、不要不急の精神科入院自体が問題ではないだろうか。

関連リンク
●精神科病院の神奈川モデル
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/ga4/covid19/ms/hybrid_20200501.html

●医療法の精神病床の特例「医療法施行規則10条3項」
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=323M40000100050

●2020年4月3日厚労書通知「精神科を標榜する医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応について」
https://www.mhlw.go.jp/content/000618677.pdf

●障害福祉サービス等事業所における新型コロナウイルス感染症への対応等について(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00097.html

●高齢者施設等におけるオンラインでの面会の実施について(厚生労働省)
https://www.ghkyo.or.jp/news/wp-content/uploads/2020/05/4b311486c2ed289d3fba61f30e706d5c.pdf

●「精神疾患を有する新型コロナウイルス感染症への対応に関する抗議声明」全国「精神病」者集団
https://www.shonankamakura.or.jp/news/17588/

●「3密」の精神科病院が「夜の街」同等の対策の対象とならない理由(みわよしこ)
https://wezz-y.com/archives/78500

●精神科入院患者が「一律10万円給付」を手にすることの革命的インパクト(みわよしこ)
https://wezz-y.com/archives/76853

●COVID-19(新型肺炎)と心理社会的障害者(精神障害者)
https://acppd.org/a/2106

●新型コロナ 精神医療と当事者への影響 ハートネットTV
https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/362/

●「神出病院における患者への集団虐待・暴行事件について」有我譲慶
https://youtu.be/qn0AyLJGHPo


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