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【感想】『サワー・ハート』を読んで、逞しさを感じました。

本記事は「note×河出書房新社」の合同企画「#読書の秋2021」の課題図書「サワー・ハート」の読書感想文です。過去に趣味で撮影した写真を交えて読書感想文を書いてみました。本企画の詳細は下記に記載されています。

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本書を読むことで、私の中でアメリカと中国が結びついた瞬間のエピソードを思い出した。今から20年ほど前になるが、私が大学生だった頃、「ABCってどういう意味か知っている?」と中国からの留学生に聞かれたことがある。私が「???」となっていると、彼は「ABCはAmerican born Chineseだよ」と教えてくれた。当時、パスポートすら持っていなかった大学生の私には、なんだか地球規模のスケールの大きな言葉だと感じた。母国を離れて異国で生活する人達の心情を色々と想像してみたが、日本で生まれ育ち、日本から出たことがなかった当時の私には考えがまとまらないモヤモヤとした気持ちだけが残った。そんな私の過去のモヤモヤとした気持ちを解消してくれたのが、本書の主人公の少女達が語る「中国からアメリカに移住した家族の生活」であった。

著者のジェニー・ザン氏は1983年上海生まれの中国系アメリカ移民であるとのことであった。本書はゆるやかな繋がりがある七編の短編から構成されている。「家族」を軸にした各短編は主に少女達の荒々しい感情とともに、飾らない言葉で語られている。「良い意味で強烈な本を読んでしまった」というのが、読書後の一言感想である。アメリカという異国の地で、周囲の人達と協力したり罵り合ったりしながら、家族が生き抜いていく様子に私は「逞しさ」を感じた。

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最初の短編である「ウィ・ラブ・ユー・クリスピーナ」を読み始めた時、本書の内容が正直よくわからなかった。この物語が「どこへ向かうための何のための物語」なのかを私は必死に読み解こうとしていた。でも、わからなかった。読み進めていくと、主人公の父親が教師として働いている場面で生徒たちのことを語る際に「みんなどこにも行かない。どこにも向かっていないんだよ。」というセリフを読んで、私の中でようやく本書の物語が腑に落ちた。社会で働く私は、ついつい目的志向に捉われてしまうため、本書も目的志向の目線で読み解こうとしていたことに気がついた。「どこにも向かわない、どこにも向かえない」という一種の閉塞感が物語の根底にありそうだと気づくことで、力を抜いて本書を読み進めることができた。

各短編はどれも強烈な印象を読者に与えてくれると思う。時には目を覆いたくなるような暴力行為の描写も含まれている。停滞感や絶望感が漂う本書と対極の位置にある「日本での秩序のある生活、未来がある程度見えている生活」の大切さとありがたみを感じることができた。また、主人公の父親が主人公である少女に対して、故意に怖い話や恐ろしい話をする場面がときどきあるが、「少女のことを娘として愛するが故に心配する父親の姿」が浮かび上がっていて微笑ましく感じた。

本書の最後の短編である「川に落ちたあんたを、私が助けたの!」では、今までの伏線が回収されて、「家族」の尊さを感じることができた。特に私は「再会その六」で、世界地図を広げながら家族の出生場所などのファミリーヒストリーを語る場面が好きである。日本だと日本地図のみで話は閉じてしまうが、世界地図で家族の歴史を語れるくらい「家族」が生き抜いてきたということに逞しさを感じた。話は変わるが、私は趣味でスキューバダイビングをすることがある。海底から息を吐くと、はじめは数個の大きな空気の塊が、海面に近づくにつれて細かな無数の塊に細分化されていく。本書の家族の歴史は、そんな海底から海面に移動する空気の塊のようだと感じた。海流の影響で空気の塊が海面に到達するまでに激しく移動していく様子が、なんだか本書に登場する「家族」のようだと思った。

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本書の「訳者あとがき」を読むことで、捉えにくかった本書の各短編の輪郭を私の中で明確にすることができた。作者であるザン氏の文体は「一文がとても長い」という特徴があるとのことであった。原書は複雑な文体構造だと思うが、訳者の方(小澤身和子さん)のご尽力により、本書を日本語で楽しむことができた。訳者の小澤身和子さんには感謝の気持ちで一杯である。私に原書を読み解けるだけの英語力が備わった暁には、原書に挑戦したいと思う。その時に、私自身が「sour heart」という言葉をどう感じるのか、いまから楽しみである。

原書の著者であるジェニー・ザン氏、わかりやすい日本語に訳して頂いた小澤身和子氏、そして本書を日本にいながら楽しめるように生み出して頂いた編集者の方々に感謝致します。ありがとうございました。

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#読書の秋2021 #サワー・ハート   #河出書房新社

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