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夏、この酒!<本との土曜日#12「ブック&アルコール」>

もう一ヶ月ほど前になりますが、ほぼ一年ぶりに「本との土曜日」に再び参加させていただき、一日本屋、やってきました。

本との土曜日 #12 「ブック&アルコール」on 7.21 @Tinys Yokohama Hinodecho


募集に際しての

7月の本との土曜日は、満を持して「お酒」を特集します。

というメッセージに、思わず笑いました。“満を持して”だったのか、と。それならば、腕まくりして参加いたしましょう、と昨年6月(#5「東京のローカル」)以来、出店の応募をしました。

昨年の8月には、「ビールの読書会」を開催しました。本もビールも好きな人々が集まって、美味しいビールを飲み心地よく酔いながら、好きな本についてあれこれと語り合う。なんとも楽しく幸せな時間でした。そこで、今回の出店にあたっては、お酒のバリエーションを増やしつつ、同じような棚作りをしてみよう、ということで選書を始めました。

ワインに日本酒、中国のお酒(紹興酒や白酒的な蒸留酒)、ラム酒などなど、パッと思い浮かぶお酒と本はいろいろあって、にぎやかなバー的本棚ができるかな、と思ったのですが……いざ数をそろえるために自分の本棚を見てみると、圧倒的にビールに関する本が多い(笑)。どうやら、お酒の嗜好と本棚には相関関係があるようです(ただしn=1)。

まぁ、お酒に関することですから、堅苦しいことはなしで。お酒にまつわる本を探し、抜き出して、パラパラと読んでいると、思わず飲みたくなってしまって困りました。

というわけで、最初にご紹介するのは、『酔いながら考える』。リトルプレス『歩きながら考える』の別冊です。このリトルプレスを自分が最初に手にとったのは、たしか神戸の書肆スウィートヒアアフターだったような。そして別冊となるこの本は、川島小鳥さんの巻頭写真に始まって、滝口悠生さん、九龍ジョーさんほかの洒脱な文章が並び、まさにほろ酔いで読み進めるのに最高の一冊。

とりあえず、ビールにまつわる本は昨年の読書会の記事にも紹介しているので、そのほかの種類のお酒、から思いついた本を少し。

ビールの本では北欧神話の本を紹介しましたが、基本的に神様はお酒、そして酒宴が好き。というわけで、ギリシア神話の本を各種とりそろえてみました。その数、6タイトル(編著者・訳者では、アポロドーロスブルフィンチ呉茂一高津春繁山室静串田孫一)。なんでこんなに?という訳は、実は私、大学時代の研究テーマが「神話の物語」だったのです。だから多く持っていた、というよりも、これらの本との出会いがきっかけてその世界に入っていった、というほうが正確ですね。今回は棚に並べませんでしたが、石井桃子さん編訳の本などは、子供の頃から本当に何度読んだことか。今回の選書のなかでは、文章もさることながら、ユニークな挿画がまた魅力的な串田孫一さんの本が特におすすめです。

本のなかではほんの一場面ではあるけれど、お酒と結びついた印象的なシーン、というものがあります。

まずはジュンパ・ラヒリ「停電の夜に」とワイン。ある悲しい出来事をきっかけに、空虚な距離感が生まれすれ違ってしまった夫婦。たまたま始まった連日の計画的停電をきっかけに、二人は久しぶりに、手作りの料理を用意して、ワインを開け、ゆっくりと食事をして話を交わす。そしてロウソクの灯のもとで、一夜にお互いが一つずつ、これまで秘密にしていたことを打ち明ける……ロウソクの灯りが一瞬、大きく輝きを伴ったように見えた直後に、フッと消えてしまうような。とても切ない、でも大好きな作品です。

続いては、アントニオ・タブッキ『レクイエム』とポルトワイン。ねっとりとしたある暑い夏の日の午後、ポルトガル・リスボンの街を歩きながら交わされるたくさんの会話。その最後のほうで、52年もののポルトワインをかけて行われるビリヤードの場面が大変印象深く。その人は、まるで影のような。以前にアラン・タネール監督による映画(葡語・仏語に伊語字幕)を見る機会がありましたが、この場面も含めて、原作の好きな人にとっても非常にすばらしい出来の映画でした。



ポルトワインといえばもう一冊。サン=テグジュペリ『人間の土地』、冒頭で初のアフリカ飛行が決まった主人公は、同僚のアンリ・ギヨメの部屋を訪ねて、アフリカ行きのための地理等の情報について教えを乞います。ギヨメは、グラスにポルトワインを注ぎ、主人公の初飛行を祝して乾杯します。そして、ありふれた地理情報などではない、「奇妙な地理の授業」を披露するのです。3本のオレンジの木、ロルカ付近の農場とそこの小作人と妻……無機的な地図が、たちまちにさまざまないのちが息づく生き生きとしたものに変わっていく。ささやかな、でもどれほど満ち足りた酒宴だったことでしょう。

さて、先ほども述べたように、自分自身がビール党のために、意外になかなか幅が広がらない。それよりも、本棚を探して出てきたのは、素敵な“酔いどれ”たちの本でした。

ヨーゼフ・ロート『聖なる酔っぱらいの伝説』は、パリ・セーヌ川沿いに住むボヘミアンに訪れた、不思議な奇蹟の物語。果たそうとしてどうしても果たせない誓い、水のなかを進むように、次から次へと訪れる奇妙な邂逅。今は、飲んでいる場合じゃ……でもそうして飲む酒もまた美味い。しびれるような苦味もある物語です。また、同書に収められた「皇帝の胸像」も、併せてぜひ読んでいただきたい名作です。

なお、『聖なる酔っぱらいの伝説』は、エルマンノ・オルミが監督をして映画化もされていますが、残念ながらレンタルではほぼ見つからない状況のようです(観てみたいですね)。

実は仕事の都合でも、たまたま同じ時期に再読した太宰治『津軽』。作家として円熟期にあった太宰が、故郷・津軽を訪ねて綴った紀行文。紀行文とは言いつつも、純粋なノンフィクションというよりは、作家の目を通して描かれた、現実とは微妙にねじれた一つの世界、というべきでしょうか。で、このなかで太宰はとにかくひたすら飲んでいる。あきれるくらいに飲んでばかりいる(笑)。同じく今回出品した、『ブコウスキーの酔いどれ紀行』にもどこか通じるところがあるかもしれません。


ちょっと変わった選書としては、河本泰信『ギャンブル依存症からの脱出』を並べました。なぜお酒のテーマにギャンブル依存症?と思われるかもしれません。実際に、この本はギャンブル依存症の専門医による、わかりやすくおもしろく読みやすい、ギャンブル依存症の解説・対策本なのです。……ただし、それは全体の半分強でしかないのです。

実は著者は、依存症の専門医でありながら、なんと自分自身が「重度のアルコール依存症者」なのです。本書の後半では、著者がいかにしてアルコール依存となったか、治療に結びつけるまでの困難、そして回復への道のりなどを語っています。なにしろ自分自身がその専門家であるため情報も分析も詳しく、一方で当事者としての迫真の語りはすさまじく、ギャンブル依存の話が飛んでしまうほどに読み応えがあります。オビにこそ「じつは私も依存症です」という一文はありますが、タイトルにももっと、著者のことがわかる要素があればいいのに、と感じました。それくらい、本書の核心は後半部にあると思います。

最後の素敵な酔いどれ紹介は、友人でもあるイラストレーター・フクダカヨさん。本当に気持ちのよい酔いどれの一人です(ゴメンナサイ!)。「平成のサザエさん」の異名を持つ?カヨさんが、毎日描いている絵日記には、誰もがうなずき、クスリとあるいはおなかを抱えて笑い、そして時に涙を流す(ブログ「フクダカヨ絵日記」、必見です)。そうして描かれてきた絵日記から、『よりみちの天才』『傘が首にかかってますけど』『神様はそんなにひまじゃない』という3冊の本が出版されています。

たっぷりの愛情と、ほどよい毒の混じった日常の物語には、いろいろダメなときにも「ま、いいよね」という不思議な勇気をもらえること間違いなしです。あ、お酒、酔いどれの話でしたね。黒ラベルをはじめ、お酒をこよなく愛するカヨさん、飲みすぎて……という場面も多々見られます。酔った母をかいがいしく支える小春ちゃん、なっちゃんが愛おしい。

選書・出店についての振り返りを一つ。「お酒は好きじゃないけれど、お酒の場は好き」という人は結構いらっしゃると思います。ただ、今回本を選んでいて感じたのは、「お酒」というテーマ・観点から選ぶ本で、お酒が特に好きじゃないという方にも楽しんでいただける本、というのを探すのは実は難しいことだなぁ、と感じました。お酒にまつわる本から滲み出る雰囲気には、どうしてもお酒が好きな人、飲める人特有の感覚があるように思われて。この点については、一緒に出店した方を含めて、いろいろな方の感想を聞いてみたいな、と思うところです。

さて、今回、選書をするなかで、ほかにも素敵な本がたくさんありました。が、最後に一つ。俵万智『百人一酒』は、文章はもちろんブックデザインも含めて、とても素敵な一冊で、この度の出店の看板本といってもよいかもしれません。俵万智さんも、気持ちのよい酔いどれのお一人と言えるかもしれませね(笑)。「本書を読んで、なんだかお酒が飲みたくなってくだされば、本望です。」というオビの言葉どおり、お酒ごころ?をそそる文章がつまっていて、この暑い夏にも、涼やかな表紙がまた気持ちいい。


私の拙い紹介からでも、ぜひ取り上げた本や関連する本に手を伸ばしていただければ、またそれと一緒に好きなお酒を楽しんでいただければ、とても嬉しいです。あなたの一冊、そして一酒は、何ですか?


※このようにテーマに沿った、文脈のある棚づくりをしていますが、そうすると本が売れるのは嬉しいけれど、欠本が出るとその文脈が伝わらなくなるジレンマ。そこで、今回はお酒の回ということもあり、棚に並べた本すべてについて、コースーターにイラストを描いてみました。今回はその余裕がありませんでしたが、裏面にひとこと紹介文を添えれば、そのままPOPにもなりそうです。


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