【対談】自在化の定義は広がり続ける<後編>
株式会社ジザイエのFounder 兼 Chairmanである稲見昌彦(東京大学 先端科学技術研究センター 教授)が提唱する、自在化技術の社会実装および自在化社会の構築に向けて日々活動しています。
本日は自在化社会の構築に向けて活動している、ジザイエのFounder 兼 Chairmanの稲見昌彦と、ジザイエ代表の中川、副代表の太田との対談インタビューをご紹介します。ぜひ最後までご覧ください✨
--自在化身体技術が発展していくと今後どのような世界が広がるのか、それぞれの視点からお聞かせください。
中川:
ERATOの最初の計画書に、稲見先生が書かれた自在化社会、自在化産業って言葉があるんですね。僕はプロジェクトに2年目から入ったので、当初の計画書は読んでいなかったのですが、報告書や計画書を書くときに後から見に行って、「なるほど。社会実装って、これをやることだな」と気がついた。
ただ、自在化社会は稲見先生もメディアで説明されていますが、「自在化産業って何だろう」って、いつも考えているんですよね。「自在化産業とは何ぞや」を稲見先生から聞けると嬉しいです。
身体に関わる技術の産業革命といった感じでしょうか。
稲見:
それだけでなく、さらにその先には産業自体の自在化もあるはずですよね。
そもそも自在化って、誰でもやりたいことを、やりたいようにできるってことなんです。一人ではできないことが、組織を作ることによってできるようになるのもその一つ。やりたいことを自在にできるように支援する技術が、広い意味での自在化ですね。
……という風に話していたら、最近では周囲の研究者が自在化と言い始めました。
中川:
それをERATOを始めた当時(2018年)におっしゃっていたのがすごいですよね。
稲見:
でも、その時の私が思っていた自在と、今思っている自在は違うんですよ。昔は自在って「自動」の対立概念ぐらいに思っていたんです。今は身体性を自由自在に変容できること、自動と手動の間も自由自在に行き来できることが、自在だと分かってきた。プロジェクトの中で、試作や議論をする中で見えてきたんです。
でも、3年か5年後は、また言ってることがズレているかもしれない。これからジザイエを通して社会実装を考えていく中で、3年後には今思っているのとはちょっと違った言葉で、自在化産業を定義しているかもしれない。逆に私は、そうでありたいなと思っています。それだけ考えが広がるわけですから。
中川:
稲見ERATOの特徴として、研究者一人一人がしっかりしたテーマを持って創発的に研究していくスタイルがありました。その上で、4年目ぐらいまではすごく発散的な成果だと言われていたのが、5年目にはバッと収束していった。それって面を埋めていく順番の問題で、色んなところに広く点を打っていたから、最後につながったんだって僕はイメージしてます。狙ってできるものじゃないかもしれないけど、多分その戦略性はあったのかなと。
自在化って、そういう感じだと思うんですよ。色んな研究テーマを創発的にやった結果、稲見先生の中で「ここまで研究できるんだったら、もっとこうできる」っていうアップデートがどんどん起きる。
そういう風に、研究領域や自在化産業の定義を広げていくことに、ものすごく価値があるんですよ。例えばAIとか、ある研究領域にみんなが特化するのは、研究領域をすごく狭めていくイメージが強いですよね。それに対して、自在化身体技術や自在化産業は、どんどん広がっていく。その結果、僕たちが自在化って呼んでいたことが、世の中にコンセプトとして入り込んでいくといいなと思っています。
稲見:
その時に自在化という言葉は消えるはずなんですよね。自在化社会が達成された時には、自在化が消えるんです。
私が電通大在職時にお世話になった松野文俊先生が京都大学での最終講義で「消えるロボット」の話をされたんですが、ロボットをロボットって言ってる段階では、まだ世の中に十分広まったとは言えません。実際、スマホやスマートウォッチをいちいちコンピュータとは言わないですよね。「ウェアラブルコンピュータ」「ポータブルコンピュータ」ではなく、スマホになって初めて広がった。
つまり、まだ自在化が必要な段階では、世の中は十分に滑らかになっていないんです。自在化で、手動と自動の間が滑らかになった世の中では、自在化とは言わなくなり次の段階に入っていくと思います。
中川:
企業が利益を上げようとすると、全部を自動化する方向になります。それに対して自在化社会や自在化産業には、社会全体とかその人の人生、働きがいややりがいといった視点が含まれると思っています。その人たちにとって産業がどうあるべきかを設計できることが、自在化ならではの特徴ですね。
--ジザイエとして今後目指す未来像と、そのために今進めている取り組みを教えてください。
中川:
ジザイエが目指す最終的なゴールは、自在化産業とか自在化社会を作っていくことです。稲見研発のエコシステムという文脈で言うと、僕らがファーストペンギンになってコミュニティを築いていきたい。
もちろん、これらはすごく大きいテーマなので、それを達成するために何が必要かを考えています。具体的には、太田(取締役COOの太田知孝)と一緒に技術を選んで、「ここならいけそう」ってところから始めています。今ビジョンに掲げている遠隔就労とか、「単なる遠隔化じゃなくて自在化」って言っている部分です。稲見先生の講演に付き添って何回も繰り返して聞くうちに、先生が企業向けに強調して話されていたので、そこに産業化や社会化の目がありそうだと考えました。
稲見:
遠隔って言うと分かりやすいんですけど、遠隔は価値の一つにすぎません。フィジカルとフィジカルの間に情報が入ってることが一番の価値で、情報には距離の違いがユーザ体験の差にならないという位置透過性があるので結果として距離が関係なくなるということですね。そうなると、物理的には同じ部屋でも10キロ離れた場所でも同じ作業ができるようになる。でも、最初から「遠隔しかやらない」と決めてしまうと、かえって目が曇っちゃう。
だから遠隔って危険な言葉なんですよ。遠隔がベストなソリューションの時にやればいいだけで、そうじゃないこともたくさんあるんです。
テレイグジスタンスの研究を通して、このことを学びました。以前、2体のロボットのクマが同期して、それを通して触覚を使ったコミュニケーションができる「RobotPHONE」を開発したことがあります。2000年代前半に商品化されたんですが、あまりにも値段が高くて売れなかった。
よくよく考えると、例えばラジコンとかリモコンが面白いのは、実は目の前でシンクロして動いているからですよね。完全に見えなくなったら面白くない。この面白さって、テレイグジスタンスロボット「TELESAR」でも同じだったんですよ。TELESARを別の部屋に置いたら、突然第三者から見たとき効果が分かりにくくなって、体験も分かりにくくなっちゃう。手術支援ロボットの「ダビンチ」ももともとは遠隔手術のために開発されていたのですが実際には同じ部屋で用いている。
つまり、位置透過性の実現が価値なんだけれども、無理やり遠隔にしても大きな価値になるとは限らないわけです。10キロ離れる代わりに5mから10m離れて、足場がしっかりしたところから足場の緩いところを支援するとか、そこにあるめちゃくちゃ快適なブースから複数の作業を操作するものの方がいいかもしれない。もちろん、ネットワークを介して100キロ離れていいものもあるはずですが。
大学であり企業でもある「稲見圏」
--太田さんは、ジザイエというチームで、稲見先生と今後どんなことをやりたいですか。
太田:
僕らが普通にやっちゃうと、多分今の話にあった「遠隔でちょっと見られる」ようなものになるんじゃないかな。自在化である意味が、稲見先生の話を聞いてわかったつもりでいても、きっとまだまだ足りないところがあると思います。稲見先生には、僕たちがうっかり遠隔化してしまおうとした時に、「こうなんじゃないの」と、一回引き戻していただけたらすごく嬉しいですね。
稲見:
私にとっては、ジザイエ自体が壮大な実験でもあるんです。実験って、やらないとうまくいくかどうかもわからないし、うまくいくやり方もわからなくて、実際に走りながら理解していく必要がある。だからジザイエは、作ることで理解する、エンジニアリングそのものを体現しているのかもしれない。
太田さんに期待したいのは、法人という組織の価値を大きくすることですね。例えば皆さんがジザイエに所属することで自分の成長を感じられたり、一人じゃできないことができると思えたり、一人では相手にできないような多くの方々とつながれたりといったところが法人の価値。そこを最大化していただけると、皆さんにとってもいいですよね。
研究室もそうですけど、みんなに帰属意識を持ってもらえるとか、困った時に頼れる場所になるとか、ちゃんと成長も実感できて、しかもそれが組織の成長と方向が一致しているとか、マネジメントでよく言われる点ですが、実現しようとすると本当に難しい。
そこで自在化の知見をうまくマネジメントに生かせると面白いですね。Amazon的な経営とまた違ってくるんじゃないでしょうか。シリコンバレーでは「いかにメカニズムにするか」ってなりますし、もちろんシステム化も大切だと思うんですが、「仕事を楽しいと思う」とか「やりがいを感じる」ってことを自在化の観点から突き詰める方がいいんじゃないですかね。
--稲見先生のプロジェクトと馴染みのないメンバーが自在化の仕事を進めるときに、気にかけた方がいいことはありますか?今は距離遠めなメンバーが多いかなと。
中川:
ある種、稲見先生が神格化されているとも思うんですよ(笑)。
稲見:
神格化の基本は、簡単にアプローチできないこと。秘仏のご開帳の時しかないですからね、何年かに一度(爆笑)。
中川:
それでもいいんじゃないかなと思っています(笑)。そのくらいの方がいい面もあると思うんですよね。本当に重要な時、要所要所で稲見先生に来ていただく。ジザイエからも、稲見先生に来ていただく意味を、いろんな面で提供できると思っています。
ジザイエのメンバーが稲見先生と関わることで、稲見研にとっていいことにつながったり、回り回ってジザイエにつながったりする。そういうループを回していくべきだと考えてます。そこまで回せて、ようやく一つのゴールに達するのかなと。
稲見:
「大学を去って会社に行って戻ってこない」じゃなくて、大学と企業の間に回転ドアを作りたいんですよね。まだ全然実現できないですが。アメリカの大学は実際そうなっていて、グーグルにいたと思ったら、スタンフォードの先生になっていたとか。そういうことが日本でもできてくると、アカデミアにとってもいいのかなと。
今は両方とも、出来上がった人がやってる感じじゃないですか。会社で活躍して研究所長をやって、最後に大学の先生になります、みたいな。逆に大学の先生が引退した後、いきなり「会社を始めたよ」と言って、ちょっと苦労していたりとか。そこがもっと自由に行き来できるようになると、本当の相互作用になると思う。
中川:
実は太田も「稲見研に所属して研究したい」と言っていて、連携が強くなってきたら、そういうのもあるかもしれない。そこまでしなくても、稲見研に関わりがなかったメンバーが、リビングラボ駒場(LLK)を訪問するだけでも全然違う。
今年は稲見研の創設20周年なので、そのイベントもジザイエがリードしてやりたいなって思ってます。稲見研のコミュニティの方たちにまたジザイエに関わってもらえるのは、ジザイエのメンバーのモチベーションになるし、逆もしかりですよね。
稲見:
大学の学生が、ここに来るだけで変わるんですよね。両方合わせて研究室だと思った時に新しい化学反応をもらえるし、それがまた大学発のスタートアップのいいところじゃないですか。
中川:
それを順番にうまく回していく。そこをちゃんと回せない大学発スタートアップが多いから、ちゃんと回したいなと思っています。
稲見:
研究室の「研」じゃなくて大気圏の「圏」で「稲見圏」にしたいですね(笑)。
中川:
そうなるといいなって思います。その意味で、稲見研究室のメンバーも来る、ジザイエのメンバーも来る場が、ここにあってもいい。スタートアップなので、最初は余裕がないかもしれないけど、徐々にそういうのも作りたいですね。
稲見:
スタートアップって志が大切なんですよ。やっぱり設立趣意書が心を打ちますよね。やることよりも理念のほうが大切だと私は思います。理念しか、人を結びつけられないじゃないですか。
代々のものを受け継ぐのも大切ですけれども、超人スポーツをやってわかったことは、どんなスポーツも誰かが作ってきたんですよ。未来のためには、今から作らなくちゃいけない。作ることが、実は世の中をリードするベストの方法なんです。
学問もそうなんですね。私はアカデミアもアカデミック・アントレプレナーシップがあるべきだと思ってます。つまり、新しい分野をいかに開拓して広めるか。私もそれをやっていこうと思ってますし、先人もそうやってきたんです。
今はまだ広い意味でのアントレプレナーシップが足りないので、そこをどんどん広げていく。そのための成功モデルとして、ジザイエに頑張ってほしいと思います。
対談を最後まで読んでいただきありがとうございます!
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