新六郷物語 第七章 九

  天正十年(一五八二年)正月最初の六郷調整役の集りで、浄峰の寺を六坊家が中心に労力を喜捨して作る話をすると、
 「元役、それはずるいではないか、浄峰様は六坊家だけのお人ではあるまい。六郷全体にどれだけ貢献して頂いたか、ご存じないわけでもあるまいに。我等にも協力させて頂きたい。場所はこの六郷の中ならどこでも不満はない。あれだけのお方だ。小さい寺に留まれるとも思えないが、どちらにしても住職として一つや二つは持っていただくことが大事。その手始めとして、寺領を持った寺を建てるのはめでたいことだ。新年最初にはいい話だ」
 「そうだ、われらも浄峰様のお寺なら喜捨する。まとめて労力を送ろう」
「こっちも同じだ」
「おお、こちらも同じだ」
 剣術のことが話題になった。純平に否はないが、忙しいのだ。田畑のことも、長屋のことも、それにお寺のこともあった。十日に一度稽古をする。その間は各自鍛錬する。稽古は両子寺を借りてできないか。両子寺なら六郷の中心だし、往復の鍛錬にいい。毎月十のつく日を稽古日にする。他に様々な話題があがった。売れ筋のお土産品に鬼の面が売れるそうだ。修生鬼を来年は新築された寺でも始める。巡礼者を鬼が助けたのが評判になっている。そういう話題もあった。
 純平は六坊家の敷地に長屋を建てた。早速入居者があった。黒木信助と有里であった。二人は祝言を挙げた。玉井有里は黒木有里になった。六坊家の家事が忙しくなった。来客が増えたのである。佐和は真木伝衛門を頼って人を一人入れることにした。純平も同じ考えだった。一人か二人でも良い。若い娘がよい。佐和を助けて家事を切り盛りしてくれる人が欲しい。伝衛門は探して見ますが、と言ったが思い浮かばないようだ。五日ほど経ったがいないらしい。純平は豊治に調整役に声をかけて来るよう頼んだ。豊治は得意の足で走って行った。走って行くと直ぐに戻って来て、なんと来縄の田村信衛が、若い姉妹でいい奉公先を探している。できたら同じところがいいが、二人一緒にとなると、無くて困っていた。姉妹二人ではどうか。親は小さいが荘園持ちの地主だ。娘には生活のためではなくて修行させたいのだ。いま時ぜいたくなことだ。調整役はそう豊治に話した。豊治は一旦戻って来て、純平と佐和に報告する。一度豊治がお連れして来い、となった。
 豊治が連れて来た娘を見て驚いたのは純平だった。修生鬼の姿で巡礼者を助けた時の娘二人だったのだ。驚きを隠せない純平を見た佐和が理由を聞くので、黙っていても誰かに知らされることになる。何より六坊家は、隠し事はしない。そう思って、あの時に助けた鬼であることを話した。二人の娘は正座したまま深々と頭をさげて、礼を言った。三人姉妹の次女と三女で、長女が婿を迎えることになり、身内だけで記念の巡礼をした。その時助けてもらったのだ。婿が家に入ると、私達は邪魔になるので奉公先を探していた。
 「そうであるなら、是非使って下さい。これも御仏のご縁です。父母も喜びます。何卒お願い致します」
 二人は同時にそう言った。
 上の娘は佐和の一つ下。下の娘は豊治の一つ下だった。上の娘は家事に慣れていたが、下の娘はまだこれからだった。ここには浄峰様がいらっしゃる。二人は感動して働いた。何より驚いたのは主従の仲のよさ。上下の関係がないこと。食事も皆一緒に頂くし、膳を浄峰様までおさげになる。佐和様がおっしゃられたことに驚いた。
 「この家は皆役割を持って働いています。その役割を果たすことが家を支えていきます。一人でもかけたら、誰かが協力しなければいけません。位や身分はありません。あるのは役割だけです。家事の切り盛りをする。この役割をしっかり務めてください。私は純平様の支えが第一の役割。次に家事の手伝いです。私は家事でわからないことが多いですから、教えてください」
 奥様がそうおっしゃった。ふたりは感動して働いた。
 黒木信助は開墾統括者になったようだ。純平が毎日行けないので信助が行くことになる。重宝な人材だった。自作の田畑が手薄になる。人が欲しい。
 開墾地に簡単な長屋を建てた。雨露を防ぎ、板の上で寝られるだけの長屋が建った。水は引き込んであるから便利だ。汗を流し、米を炊いて食べられる。労力喜捨の人が困らない施設ができた。開墾に拍車がかかった。寺が立つ台地の木はことごとく切り倒され、葉枯らしをさせている。舌状に迫り出した平坦地の川沿いに石垣が作られて行く。熟練者の仕事は着実に進んで行く。
 夏になると枝を落とされた木が片付けられ開拓地の全景が見えてきた。屋敷から手に取るように見える。
 「三十町歩は越すのではないか」
 「拓いて見るといいところだ」
 「あの山の先端にお寺が建つらしい。絶景になるぞ」
 秋には土が掘り返えされて行った。大きい株は根を掘って枯らし、焼く。小さい株は枯れてから引けばいい。馬も出て働いた。大きな株を引き、土をかくのだ。馬小屋も建てられた。水平に地割をしなければならない。水の流れを決める。寺の井戸を掘る。庫裏の場所が決められ、本堂、僧坊、庫裡、長屋の配置が決まる。寺領の入植者が決まっていった。千燈寺の谷六坊、山六坊にいた十世帯が真っ先にやって来た。純平を訪ね、なんとしても浄峰様のお寺の檀家になりたい。寺社領なら、大友と違って一生懸命米を作ります。最初から上手く行かなくても不平は言いません。こういう場所に巡り合えて嬉しい限りです。

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