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【写真家・近未来探険家 酒井透のニッポン秘境探訪】銀座の軍国酒場・最後の日

 2018年6月30日(土)、東京都中央区銀座にある『海軍倶楽部 宜候』が閉店した。これによって,同店50年の歴史に幕が下りてしまった。開店したのは、昭和43年5月27日(日本海海戦の日)になる。

 近年、海軍倶楽部のような軍国酒場が次々と閉館している。残されているのは、福岡県に残されるものだけとなってしまったようだ(※大阪府にもう一軒残されているという情報もある)。ちなみに、宜候(ヨーソロ)とは、宜しく候(よろしくそうろう)を略した言葉だ。航海用語のひとつで、「定められた船の針路を正しく真っ直ぐ進め」という意味がある。

店内には日章旗や旭日旗が飾られ独自な雰囲気
自衛隊の護衛艦のグッズもあった

  『宜候』の店内は、独特の雰囲気があった。実物の海軍軍艦に使われていた部品を再利用して士官室を再現してあったり、店の入口がハッチのようになったりしていたからだ。戦艦『三笠』をイメージしているということで、「店内」ではなく「艦内」という呼び方をしていた。また、海軍士官第一種軍装、海軍士官第二種軍装など、誰でも着ることのできる衣裳も並んでいた。これで記念写真を撮ることもできた。「艦内」にいるとタイムスリップしたような感覚になる。

旧軍の制服を着て敬礼!

 筆者は、営業最終日に訪れることができたのだが、「艦内」は、大勢の人たちで賑わっていた。そこにあったのは、日本人の一体感だ。この中には、ヘルパーをしている女性も2名いて、「艦長」さん(滝口さん)の仕事を助けてあげていた。ヘルパーの人たちは、毎日誰かが来るようになっていたという。また、常連客の男性は、店内で使うための氷を仕事途中に届けていたりもした。実際、このような店がなくなってしまうのは惜しい。「私が前のオーナーからこの店を引き継いだのは、今から17~8年くらい前のことになります。ちょっとしたご縁がありました。いい思い出は、いっぱいありますよ。私が体の調子が悪いときには、お客さんが手伝ってくれました。お土産やお花などもいっぱいいただいたことがあります。私は、4才のときに岡山で終戦を迎えたので、戦争の記憶はありません。父は、海軍の少年兵で広島の呉にいましたが、外地に行くこともなく終戦を迎えました。本当は、(この店を)もう少し続けたかったのですが、契約更新ができなかったのですね。店も老朽化していますし、私が年をとったというのもあります。本当に残念なのですが、ここで辞めるしかありませんでした。このお店、雰囲気あるでしょう。もう少しやりたかったですけどね…」(「艦長」の滝口尚子さん)

カラオケはもちろん軍歌!
「艦長」の滝口尚子さん
海軍の征服とZ旗

 仙台から来ていた50代の男性は、「初めてこの店に来たのは、今から20年くらい前のことになりますよ。その後、長く来られなかったのですが、今回は『よしっ!!』という気持ちで来ました。最後の最後ということで、近くにホテルをとりました。今日の最終日を含めて3日連続で来ています。本当にこんないい店がなくなってしまうのは残念です。今夜は、良く歌いました!!」などと話していた。

閉店を惜しむ常連さんが多く店に駆けつけた


  ヘルパーをしていた女性の話によると、店自体の契約は、同年7月末まで残っていたという。そのようなこともあり、「もう数日でもいいから店を開けたい!」としていたが、それが叶うことはなかった。閉店後も滝口さんとヘルパーをしていた女性の交流は続いているという。 

最後は万歳三唱で締められた

 
『海軍倶楽部 宜候』
東京都中央区銀座8‐4‐4  村善ビル地下2階
(現在は閉店)

著者◎酒井透(サカイトオル)
 東京都生まれ。写真家・近未来探険家。
 小学校高学年の頃より趣味として始めた鉄道写真をきっかけとして、カメラと写真の世界にのめり込む。大学卒業後は、ザイール(現:コンゴ民主共和国)やパリなどに滞在し、ザイールのポピュラー音楽やサプール(Sapeur)を精力的に取材。帰国後は、写真週刊誌「FOCUS」(新潮社)の専属カメラマンとして5年間活動。1989年に東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(警察庁広域重要指定第117号事件)の犯人である宮崎勤をスクープ写する。
 90年代からは、アフロビートの創始者でありアクティビストでもあったナイジェリアのミュージシャン フェラ・クティ(故人)やエッジの効いた人物、ラブドール、廃墟、奇祭、国内外のB級(珍)スポットなど、他の写真家が取り上げないものをテーマとして追い続けている。現在、プログラミング言語のPythonなどを学習中。今後、AI方面にシフトしていくものと考えられる。
 著書に「中国B級スポットおもしろ大全」(新潮社)「未来世紀軍艦島」(ミリオン出版)、「軍艦島に行く―日本最後の絶景」(笠倉出版社 )などがある。

https://twitter.com/toru_sakai