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本橋信宏のダークツーリズム『東京裏23区』第3回【豊島区編】まるで犯罪のデパート…池袋は「空から人が落ちてくる」

『全裸監督』原作者・本橋信宏が路地裏のダークゾーンを歩く旅。東京23区の光と影、“住みたい街”の正体とはーー『東京裏23区』(大洋図書刊)より抜粋してお届けします。

消滅可能性都市

 オロナミンCの空き瓶が空気を切り裂き、顔めがけて飛んできた。
 あやうくアルバイト大学生に当たるところだったが、空き瓶は頬をかすめ壁に当たって砕け散った。
「てめえ、ぶっ殺すぞ!」
 いまから20年前、早川和樹副編集長が大学生時代にロサ会館のボウリング場で深夜アルバイトしていたときの出来事だ。
「キャッチの親玉なのか店長なのか? もろそっち系で柄がわるい。おっ(ぱい)パブかヘルスの女の子たちをたくさん引き連れてボウリングやりに来るんですけど、とにかく態度がわるいんですよ。玉を宙高く放り投げるからレーンが痛むんです。荒くれなところを見せてやるぜみたいな。ボウリング場は古いので時々機械が故障するんで、直すのが遅いと、イライラして僕らに当たってくるんですよ」
 池袋は昔もいまも風俗店が花開く。
 今回はここ池袋を中心にした豊島区である。東京23区の西北部に位置する総人口約30万人、人口密度日本一。おばあちゃんの原宿・巣鴨。学習院大を擁する文教地区目白。雑司ヶ谷霊園と都電。魅惑的なスポットが豊富にある豊島区だが、もっともホットな街といえば、乗降者数が新宿駅につぎ都下第2位の池袋駅を擁するここ池袋だろう。
 17年度の犯罪件数3241件は東京23区のなかでも最悪。ひったくり・スリ、強姦・猥褻で都内ワースト1位、強盗、自転車盗難がワースト2位、空き巣ワースト3位、暴行・恐喝がワースト3位。まるで犯罪のデパート状態である。
 豊島区は23区唯一の消滅可能性都市というありがたくない汚名まで被されてしまった。消滅可能性都市というのは、20〜39歳の女性人口が2010年から40年にかけて50パーセント以上減少する可能性がある自治体のこと。要するに出産可能な女性が少なく、赤ちゃんが減りつづける街、という意味である。
 最悪のイメージを脱却しようとしてか、小池百合子東京都知事の選挙区ということもあってか、イメージアップに余念がなく、2017年「住みたい街」ランキングに池袋が第1位に躍り出た(大手不動産情報サイトHOME'S)。たしかに西武、東武デパートはあるし、サンシャインビル、鬼子母神、目白といった憩いの場は近くにたくさんあって、これほど住み心地のいい街はないのだが。

池袋大橋から北口ホテル街を望む

白昼、路上で

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ! 助けてくださいよっ!!」
 2017年、8月28日午後、池袋駅北口すぐ、西池袋1丁目付近で白昼堂々、女性が強姦されかけた事件が発生、その映像がネットで公開された。異様なのは下半身をむきだしにした若い男が車道の脇で、眼鏡の若い女性を押し倒して無理矢理、正常位で挿入しようとしている姿だった。すぐ横でタクシーが停止し、歩行者がかなりいるにもかかわらず、男は女性の股を強引に広げてそそり立つ陰茎を挿入しようとしている。悲鳴を聞きつけた通行人たちが駆けより、女性を助けようとしたところで、何者かが撮った動画が止まった。
 女性も男もともに中国人の元交際相手らしく、この後、警察に連行されたようだ。事件になったという情報も伝わってこないところをみると微罪扱いなのだろう。犯罪件数23区ワースト1ならではのことだ。
 池袋の恐ろしい一場面が動画サイトに登場してしまったが、レイプ事件のすぐ近く、北口から東口に抜ける地下道は昭和末まではアンモニア臭漂う薄暗がりで、しばしばひったくりやゆすりが発生した。
 それを証明するかのように、こんな映像が動画サイトにアップされている。
 悪の臭いをあたりにまき散らす不良2人が池袋駅西口をうろつき獲物を物色、若いカップルが歩いているのを見つけると、不良のひとり、五分刈りの男が男性にいちゃもんをつけて殴りだした。女性が止めに入る。
「いや、やめて!」
「へへへへ。やめてやるからちょっと来い」
 女性を無理矢理、地下道に近い小屋に拉致しようとする。
「放してください! やめて! 何するの!?」
「(女性を殴る)おらっ!」
「助けて! きゃあぁぁぁぁぁぁぁ! 助けてっ!」
 小屋の中で強姦される若い女性。まるで今夏の事件を再現しているかのようだ。60年代からこの辺り、物騒だったことが伝わってくる。
 実はこの映像、1969年(昭和44年)放送『特別機動捜査隊』(NET・現テレビ朝日)のワンシーンである。東映制作のこのドラマ、テレビでは主役級ではない無名に近い役者を使っているので、なにやらドキュメントタッチでかえって迫力がある。
 池袋駅北口から東口に通じる地下道付近は、闇市時代から同じ位置にあり、ドラマが放送された1969年当時も闇市的空気が濃厚で実際にひったくりや痴漢が横行していた。
 いまでは地下道も明るく清潔になったが、それでも池袋駅北口階段付近は援交少女たちが人待ち顔に暇を潰している。

暗いトンネルもいまは浄化されて

 このドラマの放送から2年後、1971年冬、中学3年生だった私は高校受験の願書をとりに池袋駅で乗り換えた。
 70年代初頭、街はツッパリと称するにわか不良たちが闊歩していた。
 きついパーマのかかったリーゼントにボンタンと称する腰の部分がぶかぶかで足首が細い学生ズボンをはき、通学カバンには教科書もなくぺったんこにしていた。
 道を歩くと肩をいからせ、わざと肩をぶつけてくる。文句を言えばその場でケンカがはじまる。駅構内でも電車内でも突然殴り合いがはじまった。
 いまよりはるかに娯楽の選択肢が少ない時代ゆえに、ケンカは格好の暇つぶしであり、自己顕示欲を示す行為だった。
 池袋駅でもしばしば学生同士のケンカを目撃した。
 私が願書をとりに池袋駅で乗り換えようとしたとき、階段を降りかけたところで、目の前に半透明の液体がツツーと垂れてきた。
 私の前を歩く長髪の学生2人組のうちのひとりの髪に垂れた。
 当時人気のフォークトリオ、GAROのマークにも似た長髪だったために、半透明の液体は髪にからまったままだった。
 唾液だった。
 垂れてきた上を見ると、2人組の柄の悪そうな学生が、ニヤニヤしながら下をのぞいているではないか。
 ところが被害にあった学生とその友人は何事もなかったかのように階段を降り、途中で被害にあわなかった学生がハンカチをとりだして友人の長髪にへばりついた唾液を拭いていた。
 あの柄の悪い学生2人組はいまでは還暦越え、いったいどんな熟年になっているのだろうか。道徳マナーにうるさいオヤジになっているのかもしれない。それとも。

チャイナタウン

「安いですねえ」
 平和通りの「永利」という中国料理店で昼食、北京ダック2人前、鶏ガラスープ付きで2450円という安さだ。
 池袋駅北口周辺は都下最大のチャイナタウンであり、街を歩いていても中国語が聞こえてくる。うまくて激安の中国料理店も多い。その一方で中国人マフィアが暗躍し、さっきの白昼レイプ騒動が起きたりする。
 東日本大震災が発生し、余震がつづくなか、福島第一原発の放射能がいつ飛び散るかもしれないという2011年3月、チャイナタウンに異変が起きた。
 この近くに住む日比野正明監督(当時AVメーカー・ヒビノ代表、現在はセルビデオ大手SOD会長)が証言する。
「ほんと、この辺から中国人が一斉に消えたんです。まったくいなくなりました。中国人マフィアも国外に避難したんですよ」
 私たちは満腹感に満たされると、店を出た。
 平和通り路地裏はラブホテルが林立している。
 駐車場の薄暗がりでは、みすぼらしい初老の男の股間に顔を埋めている60代のおばさんがいる。
 パチンコ帰りの男から3千円をもらってフェラチオ奉仕しているのだ。
 口に放った後、男はパチンコでとった洗剤を女にプレゼントした。
 野外での口と手による性奉仕は、ラブホテルまでいけない懐の寂しい男女にとってひそかな人気風俗である。
「空から人が降ってきました」
 この近くのAVメーカースタッフが証言する。
 2017年6月11日、風俗店店長が刃物を持っていた40代男にいきなり背中など複数箇所を刺される殺人未遂事件が起き、犯人の男はビル屋上から飛び降りて死亡。犯人は風俗店のカネを狙って押し込み強盗に入ったのだろうか。

近年は「ガチ中華」も話題に

 私たちは東口に移動した。
 傘の花が開く。傘の群れは東急ハンズに吸い込まれていく。
 1999年9月8日、ここのエスカレーター付近で怒声と悲鳴が交錯した。新聞配達員・造田博が66歳女性、29歳女性を刺殺、6人が重軽傷を負った無差別殺人事件だった。
 犯人の造田死刑囚は親がギャンブル狂だったために家族が崩壊、進学校を中退し、新聞配達をしながら暮らしていたが、不満を爆発させて無差別殺人に至った。走って池袋駅に逃げる途中で男たちに取り押さえられる。たまたま東京に視察しに来ていた大阪のパチンコ店従業員たちによるお手柄だった。大勢がひとりの若者を路上で押さえ込んでいるのを見た何も知らない通行人たちから、かわいそう、やめてやりなよ、と声がかかった。大勢の男たちにケンカを売られたと思い違いされたのだった。事件では時折、状況判断が混乱して犯人と被害者が入れ替わってしまうときがある。
 何事もなかったかのように雨の池袋を人混みが行き交う。平日の午後というのにいったいこの人の多さはなんだ?

 西口に移動。
「ああ、ここですね」
 早川副編集長が雨の中、高層マンションを指さす。ここの最上階こそ首都圏婚活連続殺人事件の犯人、木嶋佳苗死刑囚が暮らしていた部屋であった。独身中年男性3名を相次ぎ、結婚を餌にカネを引き出させ、練炭自殺に見せかけて謀殺、最高裁で戦後15人目の女性への死刑判決がくだった。木嶋佳苗は高層マンションの窓から見おろす池袋で何を思ったのだろうか。
 ほど近い公園のそばにある極真会館総本部にたどり着いた。
 私にとっては思い出深い場所だ。物書き稼業のスタート、私は極真スキャンダルと称して、大山倍達と梶原一騎の大喧嘩を取材しようとここを訪れた。1981年1月、24歳だった。
 あいにく大山倍達総裁とは会えずじまいだったが、後日、赤坂で梶原一騎から話を聞くことができた。
 義兄弟とうたわれた両者は絶縁状態になり、梶原一騎は「極真の若いやつらが来たって、これでやってやる!」と、警視庁SPの特殊警棒を振り回していた。
 あれから36年。
 いまよりはるかに巨大なメトロポリタンとして池袋は私の前にそびえ立っていた。
 駆け出しの青年はいま、還暦を越えた。
 鉛色の空から涙雨がしきりに落ちてくる。 

池袋西口にある極真会館総本部
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本橋信宏(もとはし・のぶひろ)
1956年埼玉県所沢市生。早稲田大学政治経済学部卒。私小説的手法による庶民史をライフワークとしている。『ベストセラー伝説』(新潮新書)、『歌舞伎町アンダーグラウンド』(駒草出版)など著書多数。80年代のアダルトビデオ業界を描いた『全裸監督 村西とおる伝』(太田出版)がNETFLIXでドラマ化、全世界配信され記録的大ヒットとなる。