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スケールモデルと考証、宗教画と原典

 突然ですが、第二次世界大戦当時の戦闘機の模型を作りました。

 かっこいいですね。(自画自賛)
100いいねも貰えればかなり称賛されている部類に入るプラモデル界隈で、ありがたいことに今現在700を超えるいいねを頂いています。人物が登場することがなく、モチーフに動きがない飛行機模型としてはかなりのヒットと言ってもいいのかも知れません。

 せっかくなのでこの作品を作る際にどのようなことを考えていたのか文章に起こしてみようと思い、こうしてキーボードを叩いている次第です。


模型

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 模型とは「形を模したもの」あるいは「模した型」と書きます。
人は古くから、美しいと思ったものを自らの所有物にしたがるという欲深さを抱えています。

 古代人の土偶、ギリシャの石像、その石像を模した石膏像、そしてプラモデル――これらは何らかの都合で十分に自身のものにできないモチーフを、その手中に収めるために新たに模造した産物です。即ち模型です。
 模型とは『モチーフに対する憧憬を昇華させた物質』なのです。

 つまるところ、模型はモチーフに似ていれば似ているほど、その憧憬を反映させるという目的を果たすことができ、業の深い作品となり得るのです。


『似ている』とはなにか

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 模型がモチーフに「似ている」とはどういった状態を表すのでしょうか。
 形状が正確に縮尺されていることでしょうか。あるいは色が正確なことでしょうか。あるいはその両方でしょうか。私はこのいずれも「似ている」の要素のうちの一つでしかないと考えています。

 例えば、人物に似せる事を目的とする似顔絵において、写実的なタッチで写真のように描くスタイルはあまり一般的ではありません。モデルの顔立ちの特徴を捉えて大げさに表現するスタイルが主流です。
 人物に似ていることが第一の条件である似顔絵において、形状の正確さが必ずしも問われないということは、つまり我々は「似ている」という印象を抱くために「正確であること」を必ずしも必要としているわけではないのです。

 なぜなら、生物は目から得た光を映像として脳内で処理し、その情報を認識/認知しているに過ぎません。つまり、現実と認知は別のレイヤーにあって、必ずしも一致するとは限らないのです。
 そして、人の脳には機械のような絶対的な指標は存在しません。そこで、我々はその誤差を補正するために認知を記憶と照らし合わせ、相対的に評価し、印象として記憶しています。

 つまり『誤差を補正する』という主観の入り混じった認知が印象となり、その情報が記憶として残るのです。


 ――模型の話に戻りましょう。
「模型とはモチーフに似ていることでその目的を果たす」と前述しましたが「似ている」とはどのような状態を表すのでしょうか。

 この疑問の答えは『モチーフに対する印象と、模型を見たときの印象が同じような状態にあるとき、ヒトは「似ている」と感じる』と言い表すことができると私は考えています。
 脳の中に出力された形が同じなら、原型は同じでなくとも似ていると感じてしまうのです。


スケールモデルと考証

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 質の良いスケールモデル(現実にモチーフのある模型)を作る際に考証は欠かせません。
 考証とは手がかりをつなぎ合わせて情報を手に入れようとする行為です。

 突然ですが皆さんはティラノサウルスの復元図を見たことはありますか?
 その復元図では、ティラノサウルスはゴツゴツとした皮膚で、尻尾を引きずって歩いていましたか? あるいは尻尾は頭と同じぐらい高い位置にピンと張っていたでしょうか?

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 そう問われたら少なくない人が「尻尾を引きずっているのは古い復元図だよ」と口にするでしょう。 詳しい方は「最近は皮膚は露出しておらず、羽毛に覆われた姿も描かれるよ」と仰るかも知れません。

 なぜ6800万年前の白亜紀に実在したティラノサウルスの復元図が何種類も生まれたのか。これは化石や生物の研究が進んだことで、現実と復元図の間に矛盾点が発見されるたび、より整合性の高い図にアップデートされ続けているからです。

 スケールモデルの考証においても、恐竜の復元図と同じことが行われています。写真から、資料から、あるいは現物の破片から得た現存する情報をつなぎ合わせ、矛盾のない形に仕上げることで、より現実と整合性の取れた『似ている』作品が作り上げられてゆくのです。
 時代とともに『似ている』が変化していくと考えても良いかも知れません。


美術と考証の歴史

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 ここまでで模型の目的、『似ている』のメカニズム、そして現実と作品の整合性を確保する行為について書きました。
 ざっくりとまとめると『人は憧憬を物質として手に取るため、より似ている物を求めて情報を集め、考証を続けてきた』ということです。

 この「実際と印象の折り合い」の歴史は宗教画、あるいは宗教に関する彫刻と、神話・伝承の関係に最もよく現れています。


 みなさんが御存知の通り、人類の歴史は宗教と密接に関わっています。
美術もその例外ではなく、聖母マリアを描いた『大公の聖母』

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弥勒菩薩の仏像である『宝冠弥勒』など、

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宗教に関する作品が沢山作られました。これらは信仰心や伝承・神話という目に見えない物を、物質として具現させるために作られたものです。
 いわばこれらも(怒られそうな表現ですが)憧憬を手中に収めるための模型の一種と言えるでしょう。

 宗教画には、数百年以上に渡る期間、そして世界中の広い地域で作られていても、殆どの作品でモチーフが特定できるという特徴があります。
 これは聖人の持ち物や特徴がアトリビュートと呼ばれる決まりごとで定められているため、その情報に照らし合わせればモチーフが特定できるのです。
 また、仏像ではアトリビュートとは言わず、持物(じもつ)や手印(しゅいん)と呼ばれる要素で、モチーフを示しています。

 例えば聖母マリアは『純潔を表す百合、とげのないバラ、赤と青の衣、幼子』などの要素と共に描かれ、弥勒菩薩は世を救うために思い悩んだというエピソードから『片足を組んで思想する姿』で表される例が多いと言われています。

 これらの決まり事は識字率の低い時代において、信仰を文字ではなく聖人の特徴や、それに付随するエピソードを画の要素として表し、その要素を知っていることがモチーフへの理解と信仰心の証となったのです。
 更に、画家や彫刻家たちは原典となる聖書や神話を研究し、その作品へオリジナリティと生命を吹き込み続けてきました。


 しかし、禁じ手もありました。それは原典と矛盾する表現です。
『暑い日には爽やかな白い衣を纏うこともあっただろうし、こちらのほうが生々しい』と聖母マリアを白い衣で描いたとして、創作物としてモチーフを明示するためには、赤と青の衣をまとわせなければ基本的に聖母マリアとして認識されないからです。
 なぜなら伝承や信仰こそが根本である宗教において『聖母マリアは赤と青の衣をまとっているのが正しい姿なので、白い衣では似ていない』ので、たとえ作者がマリアとして作ってもそのように認識されないのです。

 ティラノサウルスの復元図に言い換えれば、古生物学における基準となる身体構造や化石の状態という観点からして『尻尾を引きずっている復元図は事実と矛盾するからありえない』という状態です。

 そのため、古今東西の作家たちは原典に正確であることを求め、伝説や神話に基づいて形に起こし、技を凝らして表現することで、聖人や宗教の『模型』を作り続けてきたのです。

 これらの歴史を鑑みるに、モチーフが存在する作品においては、原典を模するという行為はどうやら避けては通れないようです。
(もちろん『白衣のマリア』が美しくないというわけではありません。美しさと模造の精度は、別の次元のお話です)

 しかし、いざ飛行機の模型を作るとなった際に、実機と模型の間には大きさの違いという大きな壁が立ちはだかります。この問題を克服するためには、どのような条件下で、どのような部分が『似ている』ように作るのか、照準を定めなければなりません。


第二次世界大戦の飛行機と考証

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 記事冒頭でお見せした私の作品は飛燕という日本の飛行機の模型で、太平洋戦争で使われた戦闘機です。

 日本は敗戦によってあらゆる資料を焼失してしまい、この飛行機もその例外ではありません。現在残っている資料は解像度の低い白黒写真と、当時の資料の断片、それから終戦後にまとめられた関係者へのインタビュー程度です。
 つまり、第二次世界大戦当時の日本の飛行機は、確実な情報が極めて少ないのです。

 例えば、飛行機に塗られた色を知ろうにも写真はすべて白黒で、実際の飛行機は一機残らず処分され、塗料のレシピも空襲や終戦後の混乱によって失われてしまっています。当時の実物を見た人に尋ねても、印象は人によってブレてしまうので正確な色を知ることはできません。

 このような状況ではモチーフへの理解は考証に頼らざるを得えません。塗料片の成分分析や資料の調査、白黒写真の写り方、証言、貿易の状況や指令書などなどの情報を統合して、可能性の範囲を絞り、最も可能性が高そうなところに狙いを定めることになります。

 しかし、一度失われてしまったものはいくら考証をしても、あくまで正確な仮説にしかなりません。
 すなわち古いモチーフは往々にして『実物で正確性を担保できない以上、概念上にしか正解が存在しない』という極めて不安定な状況になっているのです。
(逆に、最新の飛行機も機密保持の都合上、似たような状況になっていることもあります)

 この『煮詰めれば煮詰めるほど顕著に現れるジレンマ』は、モチーフのある作品を作る者にとって共通の苦悩で、とくに第二次世界大戦という中途半端に現代と近い年代では特に色濃く現れる問題なのです。


発想の転換

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 ここに至るまで『模する』という行為と、人の認識と印象、それからモチーフの正確性が概念上にしか存在しないというお話をしました。

 2年前の私は考証に考証を重ね、現実と印象のジレンマに陥った状態でここまで書いたことを考えて、ある気づきを得ました。
 それは『人の抱く印象の不安定さと、スケールモデルの抱える正確性の不安定さは相性がいい』ということです。

 つまり「考証すればするほど蓄積されていく情報も、どれだけ煮詰めたところで結局は印象の一部に過ぎないのだ」と考えることで、考証を『限りなく現実的な印象』として消化し、作品制作における表現手法の枷を取り払うことができると考えました。

 その上で先述した「どのような条件下で、どのような部分が『似ている』ように作るのか」という設定を、『冬晴れの下、広々とした滑走路に駐機する飛燕』と定め、今作は制作しました。

 例えば、機体に金属板を打ち付けているリベットという釘のような部品は、広々とした空間で10mも離れれば個々の点ではなく線のような印象になります。であれば、線として塗ります。

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 また、機体の素材であるジュラルミンは金属光沢のある白っぽい色ですが、青空の下であれば空の色を映して青く見えます。であれば青く塗ります。

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 1mの距離で模型を鑑賞するとき、機体は視界のうちのごく僅かな範囲しか占めません。実機で同じだけの範囲を占めるようにするとしたら10m離れなければそうは見えません。であれば、10m離れたところにある機体として作ります。
(これは岡村芳樹さんに鑑賞/距離/表現の話を伺った際に得た着想です)

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模型を正確に縮尺しても、光の波長のサイズは下げられません。
つまり、反射や回折といった光の動きによって、どうしても小ささが露呈してしまいます。であれば、影を描きます。

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 こうした発想の転換によって作られたのが、今回の飛燕の模型です。
事実を調べて考証をし、その知識の蓄積の上に現れた実機の印象をすくい取っては12cmの模型に反映するという行為を、なんだか知らないうちに1年半ほど続けていました。
 20代半ばの貴重な時間をこんな形で浪費して...と思わなかったわけでもありませんが、結果的に満足しています。


最後に

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 「いずれこの思考を忘れてしまうのかも知れない」と思い、覚えているうちに記録しようと無軌道に書き始めた記事ですが、案の定要領を得ない長文になってしまったような感があります。
しかしながら、最後までお付き合いいただきありがとうござました。

 今回の記事のきっかけとなった飛燕は秋葉原ラジオ会館の8Fにあるボークスホビースクエアさんのショーケースに展示していただいております。

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2021年の春先まで展示させていただこうと思っていますので、もしご機会があればご覧になってください。
ボークスさんはプラモデルはもちろん、画材や工具も充実した素敵なホビーショップですので、是非お立ち寄りください。

それでは皆様、素敵なホビーライフを!
じゃ!

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