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【特別公開】一人暮らしの歳時記 11月

【注意】この記事は、自由炊事党機関誌「自炊のひろば」第3号に掲載されるはずだった(が諸々間に合わなくて発行中止になってしまった)記事を、特別に公開するものです。都合により予告なく公開範囲を変更しまたは公開を取りやめる場合がありますので、ご了承ください。

11月

大根

 旅先で「東京から来ました」と言うと、「東京のどこから?」と聞かれることが多い。渋谷とか浅草とか、東京の地名は全国版のニュースにもよく出てくるし、地方から東京に出た親戚がいれば「自分の親戚が近くに住んでいる」と言いたくもなるものだ。残念ながら僕が住む町は彼らが期待する答えから外れているが、「近くに無人直売所があります」と言うと、親近感を覚えてもらえる。
 その無人直売所には季節の野菜が並ぶので、商品が並べられる時間に近くを通るときは「今日は何があるのだろう」といつもワクワクするが、この時期は特に心が躍る。スーパーでは滅多にお目にかかれない立派な葉付きの大根が、1本100円で売られているからだ。
 一人暮らしをはじめて間もないころ、節約のために冬はずっと大根を食べていた。皮と葉はきんぴらにして、おにぎりにして大学に持っていく。実は当時100g39円だった鶏の手羽元と煮込む。たまにカレーにしたり、おろしにして、当時1尾98円だったサンマを焼いたのにたんまりと載せて食べたりした。
 大根葉は暗い屋内ではすぐにしなびてしまうから、すぐにもぎ取って水洗いする。1本分全部を炒めると時間がかかって水が出てしまうので、軽くチンして火を通す時間を短くしつつ水気を飛ばすと良い。大根の皮のきんぴらも同様。ピーラーでむいたものを、気分でみじん切りか千切りにし、量が多ければ事前にチンしておく。
 ごま油を熱して炒め、色が鮮やかになったらみりんを加えて強火で蒸し焼き、最後に醤油を鍋肌にジュっとかける。辛さを足したれば、最初に鷹の爪を入れて炒めるか、最後に七味をかけるか、醤油の代わりにべっ甲醤油にするかだ。青唐辛子を醤油に漬けただけのべっ甲醤油は我が家に常備してあって、ちょっと辛さが欲しいときに重宝している。

 大根の実は皮をむいて乱切りにして、10分チンする。じゃがいもと言い南瓜と言い、10分チンすればたいていの食材に火が通る。途中で上下ひっくり返すとなおよい。鶏手羽もしくはぶつ切りにした豚のブロック肉は、ザルに空けて湯通しし、脂とアクを落とす。大きな鍋にごま油少量を熱して、肉の皮目を下にして焼き目をつける。強火にして水・昆布・薄切りの生姜・料理酒・チンした大根を加えて煮込み、沸騰したらひたすらアクを取る。ある程度アクが落ち着いたら、汁にほんのり甘さを感じるくらい砂糖を入れてとろ火で煮込む。最後に麺つゆを入れたら完成。大根には事前に火が通っているから、短い煮込み時間でもトロトロに仕上がる。これを晩酌のアテにして、煮汁にご飯を落として猫まんまにするのが、冬の最高の贅沢である。

 一人暮らしをはじめてから、果物を食べる機会が圧倒的に減った。さくらんぼを見てもぶどうを見ても、「高いから買うのはやめておこう」と思ってしまう。柿は比較的安いから、一人でも食べることが多い。
 落としたら潰れてしまいそうなくらい完熟した柿が好きだ。ずくし柿というらしい。冷蔵庫でよく冷やしておき、ボウルに入れてスプーンで皮をむきながらどろりとした実をすする。
 ようやく涼しくなってきた時期ではあるが、この冷たさがたまらない。
 ずくし柿になるまで待てないときは、柿と生ハムを合わせて食べる。熟しはじめのやわらかい柿を8等分にして、それぞれに生ハムをのせて粗挽き胡椒をかける。火を使わず、5分もかからずできてしまうのだが、これがまた美味い。生ハムの塩味が柿の甘さと黒胡椒の香りに包まれ、旨味とともに押し寄せてくる。
 冷やした白ワインと合わせていただくと、柿1個でワインが2〜3杯はなくなってしまうほどだ。

 たまには、おしゃれなひとり酒も悪くない。


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