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洞窟の奥はお子様ランチ #毎週ショートショートnote

 つい先刻まで隣にいた牛ヒレステーキは、小さなかけらさえも残さずいなくなっていた。右端にカトラリーが揃えられた瞬間、ピクルスは今日もまた残されたことを悟った。体から水分が抜けだして、皿に僅かに残ったステーキソースに流れていった。

 ピクルスはいつものように給仕に下げられて廃棄された。コールドテーブル上の瓶の中で、その様子を見ていた仲間のピクルスは、台からそっと滑り降りるとそのまま洗い場の下に隠れた。料理見習いが裏の鉄扉を開けてチャンバーに出て行く時を見計らうと、そこから転がり出して一目散に外の世界へ飛び出した。

 みんなに好かれるための修行をしようと、洞窟目指して転がることにした。じりじりと日が差す中、アスファルトの上、砂利の上、草原の中を駆け抜けた。その間ずっと、食べ残される原因に考えを巡らせていた。玉ねぎの食感か、にんじんの色か、セロリの匂いか、ミニトマトの大きさか、酢の酸味かと悩みに悩んだが、決定的な答えが見つからなかった。いつの間にか、真っ暗な洞窟に辿り着き、突き当りの壁にカンとぶつかった。

 洞窟で寝ていたキツネはその音に驚いて飛び起きた。すっかり煮詰まっていたピクルスは、堰を切ったようにやって来た経緯を話し始めた。
「もう身も心もぐちゃぐちゃなんです」

 キツネは話を聞き終わると、待っているようにと言い残して洞窟を出て行った。瞬く間に、戻ってきたキツネは、米や鍋を携えていた。キツネがちょいちょいと壁を叩くと、洞窟の壁だと思っていたのは、寝ている龍の腹だった。キツネが龍の耳元へ駆けあがり何か言うと、龍はふうと息を吐いた。すると外で大きな雷の音が鳴り、吐息の先には小さな火が起きていた。龍から降りてきたキツネは岩の隙間を流れる水を鍋に貯めると、そこに米を入れて火にかけた。そして一緒に温まるようにとピクルスを火の傍に置いてやった。

 にわかに洞窟の入り口近くが騒がしくなった。近くで遊んでいた小学生くらいの子どもたちが、突然の雷雨を避けて駆けこんできたのだ。そのうちの一人が鼻をひくつかせて騒いだ。
「ハヤシライスの匂いがする!」
 お腹を空かせた子どもたちが息を切らしながら洞窟の奥に辿り着くと、しっぽのあるコックが、褐色に光るハヤシライスのルーをよそっていた。子どもたちの輝くような眼差しが一斉にルーに注がれた。洞窟へ辿り着く間にすっかり熟成してルーになっていたピクルスは、キツネに一言お礼を言うと、そのまま子どもたちの口へ流れていった。

<了>


ピクルスがハヤシライスのルーになるという根拠はありませんので、あくまでも創作として読んでいただけると幸いです。

たらはかに(田原にか)様の下記の企画へ参加しています。


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