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建築と不動産のあいだ~地域再生のために超えるべき壁とは~

 JARECO(日米不動産協力機構)では、日大教授の中川雅之先生を囲む社会人講座として連続講座が開催されています。本講座に通底するコンセプトは、「不動産再生の最前線~不動産コンサルティングは地域再生のカギになるか~」です。

 第2回講座では、「建築と不動産のあいだ~地域再生のために超えるべき壁とは~」と題し、創造系不動産株式会社の代表、髙橋寿太郎さんからのご講演を頂きました。高橋さんは、建築と不動産の間に存在する「壁」を越えるべく、独自の視点と実績を基に地域再生を試みている実務家であり教育者です。

 今回は、髙橋さんの取り組みから頂いたヒントについてまとめてみます。

1. 建築と不動産の「壁」
 高橋さんは、建築事務所勤務時から建築と不動産の間にある見えない壁、「建築と不動産のあいだ」の存在に問題意識を持ち追究され、その解決を事業化するために創業に至っております。

 たとえば、建築設計事務所は、設計に特化するあまり不動産の知識が不足していることが多く、不動産会社は設計に対する理解が浅いことは多いのが一般的な傾向ですが、それ以外にも、様々な「壁」が、両者の協力を妨げており、それが建物の有効活用に支障をきたす原因の一端であることを指摘されています。その解決策として、創造系不動産では、建築家への不動産コンサルティングによる橋渡しの立ち位置から、建築設計事務所に対して土地の仲介やファイナンスなどのサポートを行っています。これまでに約1000件の案件に関与してきました。

2. 地域再生における挑戦と成果
 高橋さんは、その後、地域再生の取り組みを始めました。いすみ鉄道の長く続く線路の風景にご自身の何かが揺さぶれたそうで、千葉県いすみ市を地域再生の拠点に選定されたそうです。「いすみラーニングセンター」がスタートしました。

 いすみ市も人口減少が進み、鉄道の廃線も検討されたことがあるなど、深刻な地域課題を抱えています。しかし、高橋さんはこの地域において、移住者や地域おこし協力隊と連携し、空き家の活用や地域資源を活かしたワークショップを実施しました。その一例が「いすみ空き家巡り」です。行政と民間が協力して空き家の有効活用を取り組んだ事例です。

 これらを含む高橋さんたちの取り組みは、地域の空き家問題を起点として、都市部からの移住者等に対しても地域の魅力を伝える役割を果たしています。

3. 地域再生に向けた提案
 また、空き家問題に対しては、地域住民や不動産業者が協力し合い、空き家を有効活用する取り組みが必要です。例えば、「おためし居住」や「小商い」のような試みを通して空き家の活用を促進してきました。
 これら取り組みが自走していくには、建築士や不動産業者だけでなく、地域住民や移住者、学生、行政等の様々な関係者が存在するプラットフォームの構築がポイントだと理解しました。プラットフォームが機能することにより、地域の資源に目が向き最大限の活用に意識が向きます。また、これからも続いていく地域にしたいという想いを具体的な取り組みに落とす場ができます。そこには住民の声が反映されながらも来訪者も楽しく取り組めるような壁の取れた場が生まれていきます。そのような所がポイントかと思い、今後へのヒントを頂きました。

4. 建築士と不動産業者の隔たり
 「建築士と不動産業者の間」の一因となるカルチャーや価値観の違いについて参加者から質問ありました。例えば、「建築士には建物を作品として捉え長きにわたって残されていくような仕事への志向性をもっている一方で、不動産業者は取引促進による収益を重視する傾向が一般的にあるのではないか、その間において創造系不動産の立ち位置はどこにあるのか」という趣旨の内容です。それに対して髙橋さんは、「その立ち位置はどちらでもなく「教育」という立ち位置を採っているし、採っていきたい」という回答でした。また、ギャップを埋めるためには、「両者が共通の目標を持ち、協力し合うための「交流の場」が必要であり、「いすみラーニングセンター」を通じて前述したようなプラットフォームづくりを実践されている」とのことでした。
 なるほど、想いが取り組みにストレートに反映されています。つまり壁を埋めるヒントが教育なのかと捉えました。また、建築士と不動産業者が協業しやすい環境整備の一般として共通のプラットフォームを構築し、両者が情報を共有しながら協力できる体制を、様々な関与者も巻き込みながら実装していく、一定の環境が整えば、建築と不動産の隔たりを越え、地域再生に向けた新たなアイデアが参加者起点で出てきて、それが試されていく。そこに遣り甲斐や希望が込められているのだと感じました。上記の今後のヒントがより深まったやり取りでした。

5.おわりに
 高橋さんの講演を通じて明らかになったのは、建築と不動産の「壁」を越えることが地域再生において重要なテーマであるということです。この 「壁」と言葉の響きから、私は養老孟司さんのベストセラー「バカの壁」をついつい思い出しました。

 また、春山慶彦さんが養老さんと対談、編著された『こどもを野に放て!AI時代に活きる知性の育て方』を最近読みました。少し長いですが、引用します。

「養老 どうでしょうか。単純に比較することは難しいですが、今はスマホが普及して、何でもスマホで検索して答えを探そうとしますね。これは僕の言う「脳化社会」、つまり「ああすれば、こうなる」という考え方そのものです。特にSNSは身体がない、バーチャルな世界ですから、使えば使うほど、ますます身体的な感覚が失われてしまいます。あまり深入りしない方がいいと思いますね。
春山 先生は、都市は脳化社会だともおっしゃっていますが、それはどういうことでしょうか。
養老 都市は人間の脳の産物である人工物であふれているという点で「脳化社会」だということですね。そういうところでは、「ああすれば、こうなる」という合理性で動いていけます。それが必ずしも悪いということではありませんが、今は、ちょっと度が過ぎているのではないでしょうか。
都市で暮らしている人は、僕がどんな話をしても、「じゃあ、どうしたらいいのですか先生」と言います。「じゃぁ、どうしたらいいのか」という考え方が、物事には必ず答えがあるという前提に立っています。 
現代社会は、「じゃあ、どうしたらいいのか」と聞かれて答えられることだけで世界をつくるという、壮大な実験をしてきました。答えられない問題は、そこからはじいてしまったのです。それが今、ツケとなって戻ってきている。」

出所:養老孟司・中村桂子・池澤夏樹・編著春山慶彦
『こどもを野に放て!AI時代に活きる知性の育て方』(P28-29)

 「今のツケ」の一つが地方の空き家問題です。どうしたらよいのかは誰にもわかりません。答えの与えられていない問題が目の前にあるときには「壁」を壊していかざるを得ないわけです。ただ、少し自分の拘りを壊してみたら見えてくる世界や付き合う方も変わってきます。そこに創造性が養われる土壌というエコシステムが形成されていくのでしょう。
 「教育」という立ち位置で創造性の基盤を耕している高橋さんに、今後もいろいろと教えて頂きたいです。ありがとうございます。


 


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