産後ケアホテルという新しい業態と「Coral Sango Salon」の事例
「Coral Sango Salon」は、2023年10月に東京都江戸川区平井にオープンした産後ケアホテルです。開業以来、「Coral Sango Salon」は、産後の母親、父親、そして家族全員が、出産後の重要な期間を安心して過ごしていただきたいという想いで温もりあるサービスを提供しています。業態のユニークさに加え、台湾式の産後ケアを取り入れている点にも特徴があります。
「坐月子(ざげつし)」という産後ケア文化を採用し、母親の身体回復と家族全体のサポートをされていますが、台湾では、母親が出産後に休養を十分に取ることを重要視され、家族が積極的に支援する文化が定着しています。
先日、現地を視察させていただきお話を伺いました。以下に社会的背景、創業した飯村さんご夫婦の開業動機や想い、今後の展開について、紹介いたします。
1. 政府の少子高齢化対策と企業の取り組み
政府は、少子高齢化対策を政策として掲げ、育児休暇の取得促進や働き方改革を進めています。2022年4月から段階的に改正・施行された育児・介護休業法により、男性の育児休業取得が一層促進されました。この改正には、男性が「産後パパ育休(出生時育児休業)」を取得できる制度の導入や、育児休業の分割取得が含まれています。さらに、企業は育児休業取得を従業員に個別に周知し、本人の意向確認を義務化することも求められています。
こうした社会的要請からも「Coral Sango Salon」はますます注目されていきます。
2.台湾式ケアとパパの育児参加を促す新しい育児スタイル
「Coral Sango Salon」では、母親の回復を重視した24時間体制のケアと、栄養バランスの取れた和漢食事を提供し、身体の内側からの回復をサポートしています。さらに、助産師が母親の身体の回復促進やメンタルヘルスのサポート、授乳の指導を行うことで、母親は自信を持って育児生活を送れる環境が整っています。
冒頭に「坐月子」という産後ケア文化について触れました。坐月子とは、中国や台湾、香港などの華人文化圏で広く行われている、出産後の母親の回復期間に特化した伝統的なケアのことです。この期間は、母親が身体をしっかりと休め、体調を整えるために約1か月間(30日~40日間)を過ごすことを指します。坐月子で大切にされている点には以下が挙げられます。
①身体の休養
母親は出産による体力消耗から回復するため、徹底的に身体を休めます。家事や外出を避け、赤ちゃんの世話も家族や専門のケアスタッフが手伝います。
②特別な食事
母親の体力回復を促すため、栄養価の高い食事が提供されます。通常、伝統的な漢方や薬膳を使った温かい食事が中心です。冷たいものや消化に悪い食べ物は避けられます。
③育児サポート
母親が無理をしないよう、家族や専任スタッフが新生児のケアをサポートし、授乳やおむつ替えなども手助けします。
④体を温める
産後の冷えが体調を悪化させるとされているため、体を冷やさないように保温し、湯船に入ることを避けるなど、徹底した温熱ケアが行われます。
坐月子の目的は、出産による体のダメージを修復し、母体の健康を長期的に維持することです。特に骨盤周辺の筋肉や体内のバランスを整えるために、充分な休養と栄養補給が重視されます。この期間のケアを適切に行うことで、母親の体調不良への悩みが軽減されると言われています。
3.産後における助産師やパパの役割
産後においても助産師の果たす役割は大きいです。助産師は、母親の身体の回復を促進し、急変時の対応を行うほか、母親のメンタルヘルスや母子関係の支援も行います。また、「私を大事にしてほしい」という母親の思いを理解し、その声に寄り添いながら最良の授乳方法を提案するなど、母親が自信を持って育児を楽しむことができるようなサポートは出産後の退院での夫婦二人の生活ではなかなか行き届かない点です。
「Coral Sango Salon」では、パパが育児に参加できる環境も整備されています。父親が助産師と一緒に沐浴やおむつ替え、ミルクの準備を学ぶカリキュラムが提供されており、父親と母親が共に育児の喜びや苦労を分かち合うことができます。特に、父親が育児に参加しながら仕事もできるように、レクリエーションルームにはテレワーク環境も整備されています。これにより、父親は仕事と育児を両立しながら家族と過ごすことが可能です。
飯村亮平さんは、「Coral Sango Salon」の代表として、自身の経験から多くの父親も積極的に育児に参加できる環境を作りたいと強く感じ、この事業の起業に至りました。特に、母親だけでなく家族全員が産後の期間を共に過ごし、新しい生活を不安なくスタートできる環境を提供したいという思いがあります。また、都心からのアクセスが良い平井に立地を選び、家族が集まりやすい環境を作りました。
4.初めてばかりのことに向き合う開業、クラウドファンディングの活用
台湾出身の奥様と共に利用した経験があるとはいえ、飯村さんご夫婦にとって、ホテル運営は初めての挑戦でした。物件選定では複数の候補がありましたが、江戸川区平井を選定しました。元々ホテルを経営していたオーナーが、コロナ禍の影響で休業していたこともあり、飯村さんの提案を受けて貸していただくこととなりました。その後、江戸川区役所と頻繁に連絡を取りながら、開業に向けた準備を進めてきました。
開業資金の一部は、クラウドファンディングを活用して調達され、120万円の支援を受けました。
現在は、SNSでの告知やイベントを通じて産後ケアの重要性を広め、利用者からは「初めて何も考えずに休むことができた」「家族と過ごす貴重な時間を楽しめた」と現在は、SNSでの告知やイベントを通じて産後ケアの重要性を広め、利用者からは「初めて何も考えずに休むことができた」「家族と過ごす貴重な時間を楽しめた」といった感謝の声を頂いています。
5.今後について
開業して、もうすぐ1年を迎えます。支援者に囲まれつつも、外部の大手資本に頼らずにここまでの形を作り上げた飯村さんご夫婦の想いと行動には敬服します。しかしながら、まだスタート地点に立ったばかりであり、今後もスタッフの充実や設備の更新などを行っていく必要があります。たとえば、利用者がさらに増える見込みに対応するため、客室数の拡大や、母親が赤ちゃんと安心して過ごせる専用スペースの拡充を検討しているとのことです。
また、他エリアへの施設展開も視野に入れており、産後ケアに関する情報発信や教育活動も強化していきたいという抱負を飯村さんは語っています。産後ケアホテルという新しい形態が、少子化対策や男性の育児参加促進という社会的課題に応えるものであり、今後も各地で広がる可能性が期待されます。
私自身も長男の出産時には、1週間程度で退院した妻が回復しきれないうちに、二人での育児がスタートしました。育児休暇という概念がなかった頃で、私も手伝うことはできたものの、実際のところ夜泣きやおむつ替えに追われた妻は、授乳や添い寝などでとても大変な生活を送っていました。このような経験からも、産後ケアホテルの意義と必要性を感じています。
「Coral Sango Salon」のような産後ケアホテルは、少子化対策や男性の育児参加促進という社会的課題に応える一助となり、家族全員が産後の重要な期間を安心して共有できる貴重な施設として、今後もその役割を果たしていくことが期待されます。さまざまな事業者との連携や支援者の協力を通じて、産後ケアの新しい形がさらに広がっていくことを願っています。
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