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植物的感性とプログレと 山口恭子の室内楽作品を聴く

山口恭子(やまぐち・やすこ)の音楽と最初に触れたのは、2000年の芥川作曲賞選考会でのことだった。ファイナリストが4人という異例の回ゆえ、その印象はひときわ鮮烈に残っている。演奏曲は《だるまさんがころんだ》。この誰もが知る遊戯の緊張感を管弦楽化した、短いながらも鮮烈な作品だ。「鬼」となった子供が「だるまさんがころんだ」と唱える間だけ、他の子供たちは自由に動くことが出来る。彼らを動かせまいとする鬼は、「だるまさんがころんだ」を出来る限り短時間に叩き込む。他の子供たちは子供たちで、鬼が唱え終わると同時に静止しようとするが、どうしても僅かな動きがその意思より漏れ出してしまう。震えるような緊張感。この作品は惜しくも賞からは漏れたが、のちに岩城宏之指揮のオーケストラアンサンブル金沢の演奏でCD化された。

リハーサルに立ち会う山口恭子

静と動とのコントラスト。筆者は単にこれが山口の創作の特色だと考えていた。しかしながら、今回、山口の幾つかの作品のリハーサルに立ち会う中で、その作品には植物的ともいえる、ひたひたとした息の長い持続が生まれていることに気付く。ピアノとピアニシモ、5連符と6連符。こうしたきわめて微小な音量/音価の違いを丁寧に紡ぎつつ、音楽の様相は少しずつ変化していく。それは作品の一つ、《根》というタイトルからも汲み取れよう。私たちにとって不可視の地下で、長い時間をかけて成長し絡み合い、独特のネットワークを作るも、容易にその全体像を捉えることはできない根。ドゥルーズとガタリは、始まりも終わりも中心もない、錯綜し、だが豊かなネットワークの在り方をリゾーム(=根茎)と称したが、まさにそのような音楽の在り方が、山口の目指すところに違いない。

山口恭子≪根≫(2010)演奏メンバー+山口恭子

筆者がそんな山口との面識を得たのは、そう昔のことではない。ドイツ在住25年。日本よりヨーロッパでの活躍が目立つ山口との接点は、なかなかやっては来なかった。確かあれは2016年、コンテンポラリー・デュオ(村田厚生、中村和枝)による新作初演を控えて、入野禮子氏が主宰するJML音楽研究所で、山口が自作を語る会が開催された際のことだった。そのときの山口は、自作の解説もそこそこに、是巨人(これきょじん)に代表される日本のプログレシヴロック(というより、吉田達也周辺の音楽)について熱く語った。山口は、プログレに限らぬ、相当のポップ音楽愛好家でもあったのだ。

植物的ともいえるその音楽の手触りに反して、山口は自作におけるグルーヴに意識的だ。よって、その作品の中には、寄木細工のように精緻に組み合わされながら、極めて急速に駆け抜けなければならない難所が数多い。多用されるグリッサンド、微分音的な揺らぎや、特殊奏法ゆえの音の擦れが、このグルーヴと植物的ともいえる時間感覚とを違和感なく調停させているが、こうしたグルーヴもまた、山口の創作を特徴づける要素の一つなのだ。

静と動、植物的感性とグルーヴ。背反する要素を二項対立させるよりも、リゾーム的な絡み合いの中で自然と共存させていく。こうした山口のスタンスは個性的であり、とりわけ弁証法の国ドイツでは特異な存在感を放つだろう。山口恭子の音楽は、これからも複雑精緻に根を張り、その存在感とともに、ヨーロッパのさらに土深くに結節していくに違いない。

山口恭子室内楽作品個展
2022年12月12日(月)19:00  杉並公会堂小ホール

演奏会の詳細についてはこちら
https://note.com/jishizuka/n/n3a983ed908ab
演奏会出演者についてはこちら
https://note.com/jishizuka/n/nc2391010cbfc
チケットのお求めについてはこちら
https://www.confetti-web.com/detail.php?tid=69307&
0120-240-540 (受付時間 平日10:00~18:00)

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