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無人書店の可能性と寂しさ

最近、無人書店というのがポツポツできはじめている。
たとえば東京だと、溜池山王駅の構内に「ほんたす」という無人書店がある。

駅の片隅にポツンとたたずみ、静かに光を放つ無人の書店。
入店から会計して店を出るまで、誰とも会わない。すべて自動化、機械化されている。
実際に訪れたことはまだないが、なんだか近未来SFの日常の一コマを切り取ったような空間に思える。

書店が減りつつある今、時代性に合わせた書店の形を実験するのは面白い。
仕事に疲れて帰路につく途中、ふらっと立ち寄り、人目を気にせず本を探す。
そういうときは大抵多すぎる情報量が頭に入ってこないから、ミニマムな空間設計がありがたい。本を一冊買って帰るだけで、「今日が充実した」感じがする。(自分の場合たいてい、すぐに読めずに積読化していくのだけれど……)

ふだん書店に通う選択肢がない人にとって、生活習慣にしてもらう良いチャンスだ。
書店ごとにいろんなテーマや特徴を持たせるのも面白いかもしれない。
地元の情報誌をたくさん集めるとか。
ラーメン激戦区なら、ラーメン関連の本ばかりを集めるとか。
無人だからできること。ミニマムだからできることがたくさんある気がする。

いっぽうで、無人化が進んでいくことの寂しさも感じる。
街の小さな本屋で、店主の気配を感じながら本をじっくり選ぶ。
ほかのお客さんと空間を譲り合ったり、その人がどんな本に興味があるのか気になったりしながら。

レジに持って行って「カバーはつけますか?」と問われ、つけたりつけなかったりする。そういう何気ないやり取りの中にあるふんわりとした充実感が好きだったりするから。

物事に一つの正解だけを押し付けることは好きではない。
書店の無人化の可能性と、その寂しさ。
どちらも見つめられる人間でありたいと思った。

「次世代の教科書」編集長 松田

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