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野球はじまったら帰ります。

「野球観戦が好きな人だって、必ずしも野球をプレーするのが好きなわけじゃないでしょ」 と言われた。そうなのか。と自分は思った。確かに言われてみればそうだ。なぜ23歳になるまで気がつかなかったのか。それはひとえに、自分が「好きなものとやりたいことが一致している」からだろうと思う。自分がそうだから皆もそうだと思っていた、というのは、言葉にしてみるとずいぶん幼い感じがする。
出版社に勤務しているのは、文章を読んだり書いたりするのが好きだからだ。ただし「文章に携わりたかったから出版社で働きたかった」のかというと、きっかけとしては微妙に違う。
金風舎にははじめ、インターンとして入った。知らない会社だったし、ここで出しているようなビジネス書にはあまり縁がなかった。では、なぜ入ってみたいと思ったのか。インターンの選考にあたって「書評の提出」が必要と書いてあったからだ。
自分が知らないだけで、出版社のインターンやバイトというのはどこも書評を書かせるのかもしれない(たぶん違うと思うけど)。けれど、特にそれを調べてみることもなく「書評か。出してみるか」と決め、以前noteに書いていたものを少し改稿して送ってみた。金風舎で働いてみたかった、出版社で本と携わる仕事がしたかった、というより、やはり「文章を書くのが好きで、誰かが読んでくれるなら尚良かった」というのが動機にあたると思う。
「書評」は、文章を読むのが好きで、尚且つ書くのも好きでなければやろうと思わない。そして、「好き」とはそういうことだと思っていた。「これ、やってみたい」と思うこと、それを自分は好きか否かの基準にしてきた。しかし、なぜなのか。少し考えてみて、これは単に「誰かと一緒にやること」を好きになったことがあまりないからでは、と思った。それこそ、野球。小学生のときに友達と遊んでいて、野球が始まったら自分だけ帰っていた。小学生は大人よりも「空気を読む」ことを重んじない(その感覚を養わされている途中段階だからだ)ので、それでも全く問題なかった。もちろん、いまの自分はすっかり「空気を読む」「輪を乱さない」ことが大事であると教育されきっているので、気の進まないことが始まっても途中で帰ったりはしない。
やや脱線した。おそらく自分は「誰かと一緒にやること」が始まるたび、やりたくないと思ったら途中で帰っていたのではないか。そのせいで段々、「誰かと一緒にやること」との縁が薄れていき、自分が継続的に楽しむものは一人で完結するものばかりになっていった。一人で完結するものは、やろうと思い立った瞬間すぐ出来る。誰かが必要なものは、すぐにはできない。そうして「やってみたいと思ったことは、すぐにやってみる(一人でできるから)」という体験を積んだ自分は、「好きなこととやりたいことは一致しているものだ」という認識を持つに至ったのではないか。
とはいえ。いま自分は出版社で働いている。出版社というのは「誰かと一緒に本を作る」場だ。文章は一人で書けるし、読める。けれど、出版は誰かとでなければできない。そして、それは楽しい。帰りたいとは思わない。よく考えれば書評だって、自分は誰かに読んでもらいたいと思っていたのだ。だから出した。いま思えば、野球だってやってみれば楽しかったのかもしれない。
「次世代の教科書」編集部 小阿瀬

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