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青春ふわっふわ、初恋タマゴサンド

コロナのせいで、何もかも台無しなのである。大好きだったお店は自粛したまま、再開することなく消えた。友人が社運をかけたプロジェクトも露と消えた。夏の楽しみもガンガン消え、私はワークショップもままならぬ。

先日は久しぶりに、デパートの催事へと出かけた。思えば催事も長いこと自粛を強いられていた。確かに密度は高いし、話せば飛沫が飛ぶし、試食もさせづらい。秋くらいからようやくボチボチ催事を始めるデパートも出てきたが、業界の友人によると「よくて前年比6割、ほとんどが5割以下の売り上げ」だそうで、手放しで喜べる状況とは言い難いようだ。

その新宿タカシマヤの催事も、ガラガラと言っていいレベルだった。京都で大人気の栗ソフトクリームだけが行列で、あとは週末とは思えない人出。お目当のマドラグも1秒で買え「あんなに焦って走ってきたのに、てへ」と汗だくのてへぺろしたくらいだ。

マドラグ

その夜、マドラグのタマゴサンドをいただいた私は、こんなツイートをしている。

そんな訳で今日は「俺のタマゴサンド」を紹介しよう。それはこの身命を賭してつちかった、ふわふわオムレツサンドである。個人的ノスタルジックで純情乙女ちっくをはさんだサンドイッチなのである。まずここで課題図書をご用意いただきたい。こちらの本の、P105を開いてもらおう。

帯つき

なかぱん

私がどんなになかぱんを愛しているか。それをドタマに叩き込んでからこのレシピを読んでいただくと、理解が早いと思う。今日はまずセンチメンタルすぎる思い出を詰め込んだ、青春ふわっふわオムレツサンドから作っていく。そのあと付け足しのように、ゆで卵を使った初恋タマゴサンドもご披露する。なぜ付け足しなのかは、のちほど説明する予定だ。


【青春ふわっふわオムレツサンド】

オムレツサンド

【材料】
食パン 8枚切りのもの2枚
卵 3個
バター 冷たいまま 大さじ2 (オムレツ焼く用)
バター 室温に戻したもの 大さじ1 (パンに塗る用)
キュウリ 1/2本
粉カラシ 小さじ1/2
塩 小さじ1/2
マヨネーズ 小さじ1/2
水 大さじ
好みでコショウ

オムレツサンドの材料

【手順】
(1)キュウリのカラシあえを作る
(2)オムレツを焼く
(3)パンにはさむ

キュウリはスライサーで切ると楽

キュウリは薄くスライスする。腕に覚えがある人は包丁で、そうでない人はスライサーでいい。ここへ塩を入れ、全体にまぶしたらしばらく放置し、すっかり塩気が回ってしんなりするまで待つ。

ノスタルジックその1。ここで作ろうとしているのは、房総の至宝「なかぱん」のサンドイッチに入ってるしょっぱ辛い野菜だ。私がどんなになかぱんを愛したか、学生時代の思い出のどれほどがなかぱんにあったか、どんなに言葉を尽くしたところであの夏の日に帰ることはできないけれど、詳しくはマイ著書「餃子のおんがえし」に1万字もの熱量で書き倒したので、そちらを参照してほしい。とにかくそのなかぱんのサンドイッチにちょろっと入っている、脇役野菜が最高なのである。なのでそれを目指す。

作ってみるとわかると思うが、キュウリ1/2本に対して塩の量は多い。普通、これではしょっぱいと感じるだろう。だがこのサンドイッチの塩気はほぼ、このキュウリだけでまかなうため、卵とパンと一緒に食べるとこの塩っぱさがちょうどいい塩梅となる、騙されたと思って塩を入れて欲しい。

粉カラシ

キュウリがしんなりしたら、ぎゅっと絞る。ここで余計な水分が残っているとサンドイッチにしたときに崩れやすくなるため、かなり力を入れて絞って欲しい。きつく絞ったらボウルに入れ、粉カラシを混ぜる。決してフランス産のムータルドなど使ってはいけない。必ず粉カラシを使用すること。その理由がノスタルジックその2だ。

東京でなかぱんロスに苦しんでいた私は、ノスタルジック系のパン屋をいくつもいくつも渡り歩いては「なかぱん欲を満たすもの」を探していた。ところが幸せの青い鳥はどこにもいない。どこへ行っても満足できない。どこへ行っても「似て非なるもの」と感じてしまう。

そんな私の前に現れたのが、藤屋製パン淡島店である。課題図書のP107を開いてほしい。

「たとえば私は世田谷で『なかぱんに似ている』という理由だけで愛しているパン屋がある」

と書かれているはずだ。実はこれが藤屋製パンのことである。特に淡島店は家から近いだけでなく、味の点でも申し分のない「なかぱんっぽさ」を持っていた。

藤屋製パン

特に「カラシ」は最高になかぱんだった。藤屋製パンの名物メニュー「カラシ」はその名の通り、うんとカラシが効いているしょっぱ辛い野菜が特徴で、最初のひとくちから私を夢中にさせた。愛するなかぱんコロッケサンドの、コロッケの下にある野菜を激しく思い出させた。

私はせっせとカラシを買い求め、房総出身者には「東京でなかぱんが恋しくなったら、藤屋製パンという手がある」と勧めまくった。だが諸君らの愛してくれたカラシは、しかしそのうち作る日がどんどん少なくなり、しまいには土曜日だけの限定メニューとなってしまった。

ある日その理由を尋ねたところ、店主はちょっと誇らしげにこう言ったのだ。

「カラシはね、粉カラシを使うの。だから土曜日しか作れないの」

粉カラシを使うとなぜ土曜日しか作れないのか、もともと他の曜日も作っていたではないかと問い詰めたい気持ちは山々だったが、まあいいか、また機会があったら尋ねようと思っていた。そうこうするうちに藤屋製パン自体の営業も週に2日になり、週1になり、やってるかやってないかわからないようになり、数年前ついに閉店してしまった。

しかしこれでわかっただろう。しょっぱ辛い野菜は粉カラシで作る。これは曲げられない。そしてほんの少しのマヨネーズを入れる。これはキュウリがばらけないための接着材のようなものなので、小さじ1/2でいい。全体に薄くまとわせよう。

ギュッと絞ったキュウリに粉カラシ

そしてノスタルジックその3。卵はバターたっぷりでふわふわに焼いたオムレツに限る。

卵に水を入れるとふわっとなる

卵をボウルに割り入れ、好みで塩コショウをする。キュウリがしょっぱいので、塩はなくてもいい。そして卵3こに対して大さじ1の水を加えることで、よりふわふわになる。牛乳や生クリームでもいいが、卵の味をストレートに味わうのなら水だ。そして空気を含ませるように大きく混ぜる。

おっと、オムレツを焼く前にパンの準備をしよう。室温に戻したバターを、食パンの片面に塗る。サンドイッチにおけるバターには、野菜の水分をパンに伝えないという役割がある。従って、バターを塗るのはキュウリを乗せる側だけでいい。キュウリを並べるところまで準備できたら、いよいよオムレツを焼いて行く。

バターを塗った面にキュウリを乗せる

オムレツの手本は、昔名古屋の円頓寺にあった「西アサヒ」というレトロすぎる喫茶店のそれだ。お金にはなるが神経をすり減らす系客先の、おじいちゃん専務がよく連れてってくれた店だ。

今はリノベ店舗も増え、若者が戻ってきてるというその商店街は、当時ひどくさびれていた。人っ子一人歩いてないアーケードの、外見も内装もひどくボロボロの店。ガムテで補修してある椅子に座った時は、正直「こんな店に連れてくるなんて、バカにされてるのか」と思った。

ところが実はその店、すごいタマゴサンドを出す店だったのである。私はいつも作ってるところが見たいからと、おじいちゃん専務と一緒の時も、わざわざカウンターに座っていた。思ったより多いバターをフライパンに入れ、卵を入れてぐるぐるぐる。パタパタと四角くまとめて、ポンとパンの上に。熱々のうちに、はいどうぞ。

そしてなんとこの店もまた、しょっぱ辛い野菜がはさまっていたのである。あっつあつ、ふわっふわのオムレツに、パリパリとしょっぱ辛いキュウリ。それはなんと素晴らしいマリアージュだったことか。

だいぶ前に西アサヒは閉店し、客先の会社もとうになく、おじいちゃん専務も亡くなってしまった。だが私のタマゴサンドを揺るぎないものにしたのは、この店との出会いだった。なかぱん、藤屋製パン、そして西アサヒの三位一体が作ったレシピなのである。

全体にこれくらいの半熟になったらまとめる2

フライパンでも卵焼き器でもいい。バターをフライパンに乗せ、溶けきるかどうかの時にといた卵を入れる。すぐに箸でぐるぐるかき混ぜ、全体的に半熟状になるまで火を入れる。上記の写真くらいになったら火からおろし、パタパタと四角くまとめよう。とろとろオムライスよりは固めに仕上げると、サンドイッチにした時に収まりがいい。

オムレツ

オムレツをキュウリの上に乗せ、もう一枚のパンを重ねたら、卵を潰さないように注意しながらそっとカットする。熱々にこだわらないのであれば、ラップで軽く押さえるような感じに包むと、より馴染んで切りやすくなる。切る時はラップごと。

◇ ◇ ◇

では、付け足しのようにゆで卵サンドイッチも紹介しよう。

【初恋タマゴサンド】

ゆで卵

冒頭で「純情乙女ちっく」という表現を使ったため「今どき乙女ちっくはないだろう」と昭和臭にへきえきとした方もおられるかもしれない。だが仕方ない。なぜなら、私とゆで卵サンドイッチとの仲が決裂したのはまさに「乙女ちっく全盛時代」だったからだ。たそがれ時に見つけたフランス窓のミルキーウェイ時代に、初恋の男の子がポロリと「オレ、ゆで卵のサンドイッチって嫌い。なんかにおいが気持ち悪い」と言ったからだ。

好きな男子が意思を表明したのなら、恋する女子がとる行動はひとつだろう。「わかるー。私も嫌い。なんかにおいが気持ち悪い」と付和雷同することだけだ。

ところが言霊の力は予想以上だった。不思議なことに、それまで大好きだったゆで卵サンドイッチが、その日を境に本当に気持ち悪くなってしまったのだ。それ以降、何十年も私は「ゆで卵のサンドイッチはにおいが気持ち悪い」の暗示にかかり、やっと呪いが解けたのは実に40歳を過ぎてからのことだった。今でも食べるときは、少しだけドキドキする。

ゆで卵サンド


【材料】
食パン 8~10枚切りのもの 2枚
ゆで卵 2個
マヨネーズ 大さじ2  

作り方を記すまでもあるまい。卵をゆで、刻んでマヨネーズと混ぜたものをパンに挟むだけ。ゆで卵を並べた上からマヨネーズをかけるだけでもいい。ただし画像のような半熟だと、マヨネーズと混ぜたときにゆるくなりすぎてしまうため、もう少し固ゆでにした方がいい。

いろいろタマゴサンド

誰の心にもノスタルジックなタマゴサンドがあるのではないだろうか。昔は「関東はゆで卵、関西はオムレツ」と言われていたが、最近の東京ではオムレツタイプや、だし巻きタイプのタマゴサンドがちょっとした流行だ。そのうち江戸っ子といえばオムレツサンドという時代がくるかもしれない。そのときが来ても、私は相変わらず粉カラシをオススメしていこう。それだけは曲げられない。

セブンの


めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。