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海しかない房総から、山しかない雪の山形へ行って雪ともちに溺れた話

我が人生、雪にはとんと縁がない。生まれた長崎は温暖な土地だし、高校まで過ごした南房総は、雪がちらつくことはあっても雪が「積もった」ことは数えるほどしかない。「3歳の時と〜小学3年生の時と〜あと高校2年の時な」と覚えてられるくらい稀有だ。しかも「積もった」といっても、うっすら地面が白くおおわれる程度で、雪国の人からしたら鼻で笑われるような積雪量だ。それでも私たちは必死で雪をかき集め、雪だるまを作った。泥まじりの雪だるまはすぐ溶けてしまい、翌朝には痕跡すら残らなかった。

だから雪への憧れは相当なものだった。テレビで雪国が映ると「わ!雪だ!」と食い入るように見つめていたし、かまくらの中でもちを焼いている雪ん子の写真を切り取って下敷きの中に入れていたし、実家の隣の家の屋根が白っぽいのを「これは雪...雪が屋根に積もっているのです...」と妄想する遊びは数えきれないほどやった。今でも帰省すると、隣家の屋根を目を細めてぼんやり見るクセが治らない。

本格的な雪を見たのは、小学5年生になってからだ。海しかない南房総と、山しかない山形県置賜地方とで、小学生を交換留学生のように派遣する試みが行われ、冬の山形へ「雪国」を体験しに行ったのだ。

駅に降り立った私たち小学生は、みんな大声をあげたと思う。雪だ。雪だ。雪が降っている。雪がこちらへ向かってくる。見渡す限り真っ白に雪がつもり、足元はザクザクと音をたて、迎えにきたマイクロバスは雪を抱え、こんもりと丸まっこい。最高だ。そしてバスが出発すると、誰かが叫んだ。

「吹雪だ!」

雪だけでもテンション上がるのに、今度は吹雪だなんて! 小学生の興奮は止まらない。私たちはギャアギャアと騒ぎながら、しかし全員がフロントガラスに打ちつける雪に釘付けだった。はじめての吹雪、はじめての雪合戦、はじめてのかまくら、はじめてのソリ。楽しすぎて死ぬかと思った。この企画を考えた人は天才だと思った。我々は雪と遊び、雪を堪能し、雪に溺れた。

漬物

この交換留学生プログラムのハイライトは、ホームステイだということだ。2~3人ずつ現地の一般家庭に泊まり、朝と夜ごはんをごちそうになる。それは本当に、マジで、ガチで、素晴らしい経験だったと言える。「千葉の海辺のまち」では絶対味わえないものが「山形の雪国」にはあった。例えば漬物だ。さまざまな大きさのタルが土間にいーっぱい置いてある。しかもそれが全部凍っているのだ。しかもしかも中身は全部漬物だという。ははは、そんなバカな、と小学生は思う。ふたを開けると本当に氷がはっている。こんな冷凍食品みたいなもんが食えるのか、と小学生は不安になる。だがそれがうまいのだ。

漬物2

あと米。米のうまさときたらなかった。朝ごはんに出されたご飯のうまさは、もうなんというか、カミナリに打たれたかのようだった。房総では当たり前の魚だらけの食卓ではなかったので、正直パッと見は物足りない。刺身とか煮魚とかないの?と思う。だが米のうまさがあっという間に席巻した。本当はあと5杯くらいおかわりしたかった。

そして米がうまいということは、あれもうまいということだ。あれ。つまり、もちだ。2泊3日の真ん中の日は、学校の校庭でもちつきをやり、私は生まれて初めてつきたてのもちを食べた。あの日のもちは本当においしかった。中年になった今でも、あれを超えるもちを私はまだ食べていない。

米どころ山形のおいしい米と、おいしい水とで出来た、つきたてのおもち。地元の子と一緒に雪の中を取りに行かされた大根を、しゃくしゃくとおろしていく大人たち。まだほかほかしているもちをちぎって、大根おろしと醤油をからめただけで、何が何やらわからないけどとにかくおいしい。激しくおかわりする。

そして納豆だ。山形は納豆どころでもある。つきたてのもちに地元のうまい納豆をからめただけで、もう何が何だかわからんがめちゃくちゃおいしい。そこへすっとホームステイ先の同級生Nちゃんが近寄ってきて「納豆もちにツナを入れてもおいしいよ」と悪魔のささやきをしてくる。すでにお腹いっぱいで死にそうだが、そんなこと言われたらツナ入りも食べないと房総には帰れない。激しくおかわりする。

今でもあの冬の、あの味のことはよく思い出す。あんなに寒い気温のところで過ごしたのは、おそらく生まれて初めてだと思う。なのに不思議と寒くてイヤだった記憶はない。それよりもあのいてつく外気と、暖かい部屋、歯にしみるほど冷たい大根おろしと、ほかほか温かいもち。そのコントラストが最高だった。あれがおいしさの秘密だった。

次の夏は、山形から房総へとホームステイにみんながやってきた。今度は逆に、海辺ならではの暮らしを体験してもらう番だ。みんな楽しんでくれただろうか。私が感じたような異文化の衝撃を、みんなも受け取ってくれただろうか。ホント、この企画を考えた人は天才だ。今でもそう思ってる。

雪だるま2

ちなみにトップ画像は「雪に不慣れな房総人である私が作った下手くそ雪だるま」である。そしてこちらは「雪なんか慣れっこのオットが実家でサクサクと作った雪だるま」である。経験値というのはこういうことだ。

【ゆきとら】

揚げだしもち天つゆかけ2


もち
大根おろし
天つゆ
揚げ油
ねぎ、大葉、刻み海苔 お好みで

油を170度に温めておく。
大根はおろし、軽く水気を切っておく。

天つゆをちゃんと作る場合は、昆布と鰹節でとっただし汁4、しょうゆ1、ミリン1の割合で合わせ、ひと煮立ちさせる。もち2個なら80ミリリットルもあれば十分だ。もちろんだしは粉末でもいいし、めんつゆを薄めて天つゆ程度の濃さにするのでもいい。

揚げだしもちの材料

もちはパックもちなら4等分から6等分、のしもちや丸もちの場合も同じくらいの大きさに切り、170度の油でカラッと揚げる。中からプシュッともちが飛び出てきて、変なかたちになったら揚げどきだ。油を切った揚げもちを器に入れ、てっぺんに大根おろしをこんもり乗せたら天つゆを回しかける。お好みでネギや海苔を飾って出来上がり。

揚げだし。中からもちが飛び出たら揚げどき

注意点はひとつ。もちは油の中で膨らむと非常にくっつきやすいので、一度に全部入れずに半量ずつ箸でコロコロ転がしながら揚げること。この料理は、要は揚げ出し豆腐の豆腐がもちに変わったものだ。サクサクの揚げもちに、さっぱり大根おろしがからんでいくらでも食べられる。

ある居酒屋ではこの料理を「ゆきとら」と呼んでいた。もちと大根おろしの白さに、天つゆのしょうゆ色がところどころ刺す様子が、雪の中からこちらをうかがう虎のようで実にかっこいいネーミングだと思った。本来この名前は、焼いた厚揚げの茶色を虎に見立て、大根おろしを雪に見立てた「雪虎」という、江戸時代からある酒の肴に付けられたものだが、せっかくの冬だ。雪深いもちバージョンでいこうではないか。

揚げもちは、カロリーさえ気にしなければ最高においしいものだ。揚げたてに塩をぱらり、しょうゆをポチりと垂らしただけでもおいしいが、納豆をかけたり味噌汁に入れるのもイケる。麻婆豆腐の豆腐抜き肉あんをかけたらもう最高だ。もちの食べ方に詰まったら「とりあえず揚げてみる」が正解かもしれない。

めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。