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「生物学的性別」とは何か



ジェンダーと対比して語られる「生物学的性別」は実は単純なものではない、という趣旨のツイートをかいつまんで訳しつつ簡単な解説を加えた記事です。しばしば他人の性別を否認、毀損するために「生物学的性別」という語が持ち出されることに対抗する趣旨の記事でもあります。


ちなみに一連のスレッドはヒトの性別を念頭において言及されたものになると思います。
ヒト以外の生物は性染色体がXY型ではなかったり(XO型、ZW型など)、哺乳類以外はSRY遺伝子(後述)を持たなかったりするからです。
また、Femaleを「雌性」、Maleを「雄性」として訳しました。ヒトの話なので女性と男性でもよかったかもしれないですね。迷うところです。

※スレッドはこちら
https://twitter.com/RebeccaRHelm/status/1207834357639139328

(スレッド2より)
「少しでも生物学について知っている人なら、おそらく性別が染色体によって決まり、XXが雌性、XYが雄性になると言うのではないかと思います。これは「染色体的性別」ですが、では「生物学的性別」とは何でしょうか?」
(スレッド3より)
「Y染色体上に存在するたったひとつの遺伝子が性別を決定するのに非常に重要と明らかとなっています。SRY遺伝子です。ヒトの胚発生段階においてSRYタンパク質が雄性関連遺伝子を起動させます。SRY遺伝子を持つことは「遺伝子的雄性」と言えます。では「生物学的性別」とは何でしょうか?」

遺伝子と染色体についての解説記事です。
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0/01-%E7%9F%A5%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%81%84%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E7%9F%A5%E8%AD%98/%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%A6/%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90%E3%81%A8%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93

SRY遺伝子についての解説記事です。
https://www.natureasia.com/ja-jp/nature/highlights/19157

スレッド3で「SRY遺伝子」と「SRYタンパク質」という言葉が出てきますが、生物は遺伝子の情報をもとにタンパク質が合成されるので、「SRYタンパク質」はSRY遺伝子の情報をもとに合成されたタンパク質という意味です。

タンパク質の生理的機能は酵素活性をはじめとして様々ですが、遺伝子の発現(DNAを鋳型としてRNAが合成され、それをもとにタンパク質が合成されること)を制御することもその機能のひとつです。「SRYタンパク質が雄性関連遺伝子を起動」させるというのは、SRYタンパク質が雄性形質とされるものに関連する遺伝子に結合することでその発現を制御していることを意味しています。


(スレッド4-5より)
「時々、SRY遺伝子はY染色体から外れてX染色体に移ることがあります。驚きですね!そうすると、SRY遺伝子を持つX染色体とSRY遺伝子を持たないY染色体があることになりました。これは何を意味するのでしょうか?」
「SRY遺伝子のないY染色体を持っている場合、身体的には雌性、染色体的には雄性(XY)、遺伝子的には雌性(SRYがない)となります。(中略、逆も同様です)しかし生物学的性別とはシンプルです!別の答えがあるはずです。」

スレッド4の内容はSRY転座と呼ばれる現象です。
https://www.toho-u.ac.jp/sci/biomol/glossary/bio/sex_determination.html
この記事ではSRY転座の紹介とともにSRYを導入したトランスジェニック(遺伝子改変)マウスの実験についても紹介されていますが、ここでの「オスになる」は(元の論文をあたってないので推測ですが)生殖腺に基づいた判断だと思います。
私個人の経験の話をしますが実験用マウスの性別判断は外性器を見て判断することがほとんどで、性染色体や性ホルモンや生殖など性別に関する研究でない限りいちいち染色体やホルモン濃度や生殖機能などを調べていないと思います。


(スレッド6-10より)
「性別関連遺伝子は体の特定部位のホルモンの発現と、体中の細胞でのそれらのホルモンの受容を誘導します。これは「生物学的性別」の根幹でしょうか?」
「『ホルモン的雄性』とは『正常』レベルの雄性関連ホルモンを産生することをいいます。一部の女性は、一部の男性よりも高い『男性』ホルモンを持っています。逆もまた然りです。」
「もし成長途中なら、遺伝的性別に対して十分なホルモンを産生していないかもしれません。そして、遺伝的に男性または女性、染色体的に男性または女性、ホルモン的にノンバイナリー、物理的にノンバイナリーになるように誘導します。細胞がこれらについて異議を唱えない限り。」
「細胞は『生物学的性別』の答えになるでしょうか?本当に??細胞には、性ホルモンからの信号を「聞く」受容体があります。 しかし、これらの受容体は機能しない場合があります。 サイレントモードの携帯電話のように。この場合、細胞も携帯電話も応答してくれません。」
「これらを総合するとどういう意味になるでしょうか?」

性ホルモンと言いますが、男性は男性ホルモンしか持たず、女性は女性ホルモンしか持たない……というわけではなく、どのホルモンをどれだけの量持っているかが重要になります。
https://www.daito-p.co.jp/reference/testosterone_aging.html
一例としてこのサイトを紹介しますが、基準値はあくまで基準値であり、男性ホルモンの基準値の範囲に入らない男性や女性ホルモンの基準値の範囲に入らない女性も存在します。また、様々な要因で変動することのある物質でもあります。
こちらはホルモンとホルモン受容体の関係についての説明です。
https://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/17/column3.html
ホルモンだけあればその機能が発揮されるわけではなく、ホルモンが細胞表面上に存在する受容体に結合してシグナル伝達が行われることで機能が発揮されます。


(スレッド11-14より)
「それはあなたが遺伝的に男性または女性、染色体的に男性または女性、ホルモン的に男性/女性/ノンバイナリーであり、細胞が男性/女性/非バイナリーに応答する/しないかもしれないことを意味し、これらすべての場合において体が男性/ノンバイナリ/女性になる可能性があります。」
「いくつかの組み合わせを考えてみてください。混乱しませんか?生物学的生物の絶対的な要因はなんだと思いますか?それらによって人々を判断することはフェアでしょうか?」
「もちろん数字でアピールすることもできるでしょう。『ほとんどの人は女性か男性のどちらかだ』と。生物学の教授として私があなたに教える場合を除いて」
「私が自分のクラスで学生に自分の染色体を見させないのは、染色体的性別が身体的性別と一致しないことを知るかもしれないからです。知るとしても授業中というのは適切なタイミングではありません。」

(※すみません、「learning that in the middle of a 10-point assignment is JUST NOT THE TIME.」が何を指しているか理解できていなくて誤った訳になっているかもしれないです。)


(スレッド15-16より)
「生物学的性別は複雑です。 『生物学的性別』とアイデンティティに基づいて誰かを差別する前に、自分自身に問いかけてみてください。自分の染色体を見たことはありますか?あなたが愛する人々の遺伝子を知っていますか?一緒に働く人のホルモンは?彼らの細胞の状態は?」
「答えは全てノーになると思うので、人を思いやり、自分自身が誰であるかを説明する人の権利を尊重し、あなたが全ての答えを知っているわけではないことを思い出してください。繰り返しますが、生物学は複雑です。優しさと敬意は必ずしも複雑である必要はありませんが。[スレッド終わり]」


スレッド11-16は以上の内容を踏まえてのメッセージなので私からとくに説明を付け加えることはありません。私はこれらのメッセージに賛同します。




※以下は個人的な感想

分子生物学を学んできて現在もそれに関連する仕事をしている人間として、一連のスレッドに賛同してできることはないかな?と思ってこの記事を書いてみました。ただ、生物学を学んだ人ならこれらの「生物学的性別」の複雑さについて常に意識しているかと言われるとたぶんそんなことはなく、わりと素朴に「生物学的性別」なるものを疑ってない人も多いんじゃないかな~と思ってます。逆に差別をしないためには上記で説明したことをしっかり理解しなければいけないわけでもなくて、生物学というある種の権威をもって他人のありようをジャッジすることが乱暴だという話ではないかなと個人的には思いました。生物学、大事だし面白いし好きなんですけど、例えば「生物学の話をしているだけなのに差別と言われた」などというコメントに対しては、学問といえども持ち出すのに適切な場とそうでない場があるよと思いますし、生物学をやるなら真摯にやっていきたいですよね。