御研話
黒々とした雨が降っている。その黒さは、煙と見紛うほどに白い靄を縦に切り裂き、次第にその数を増していく。
檻のようだと吉二郎は思った。
吉二郎の乗る護送船の目指す島はまだ見えないが、道中すでに二桁の看守が船上から姿を消している。代わりに、いびつで巨大な玉石が船上に幾つも転がっており、不可解を極めた。
吉二郎は代言人であり、囚人でも看守でもない。いわれなき火付けの罪に問われた友の桔平を必死で庇った末に、いわば成り行きでこの船に乗っている。
思えば、端からおかしな話であった。桔平は、まともな評定も開かれぬまま、名も知らぬ孤島へ流される異例の沙汰となった。そのくせ、代官でも護送するかのような厳重な警備である。
積み荷も気に掛かった。桔平は、名のある神職の家系であり、腕利きの研師である。桔平に研がれた神刀は神気を取り戻し、その奉納によって荒ぶる神々を鎮めたという。吉二郎は、船内に運び込まれる大層な拵えの刀を幾つも目にした。
絶え間なく降り注ぐ雨音の隙間に悲鳴と銃声が混じる。近い。
音の方へ咄嗟に目を向ける。靄の中で何かが光っている。それは天上の光を思わせる温かな虹色で美しく瞬いた。吉二郎は、その怪光に心を奪われ、しばし陶然となった。
悲鳴と銃声は止まない。逸れた銃弾の一つが吉二郎の耳介を貫く。その痛みは吉二郎に我を取り戻させたが、同時に、激しい怖気が全身を駆け抜け、両の足を無様に揺らし、脂汗を沸き立たせた。
──これ以上、光を見てはならない。
吉二郎は悟る。それでも目が離せず、両の目からは涙が零れた。再び湧き上がる多幸感が怖れを塗り潰し、足は怪光に向かおうとする。吉二郎は、羽虫の如くに怪光を求める本能を理性で必死に押さえ付け、その場を動かなかった。
「こっちに来い。」
桔平の声色だ。だが、桔平は船内に囚われている。桔平ではないのだ。
吉二郎は、桔平にもらった守り刀を懐中に入れていたことを思い出した。
≪続く≫
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