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有象無象のいちオタクが、同人即売会にサークル参加するまで
さらっとした概要
オタクたるもの、人生に一度は同人誌という存在に魅かれたことがあるのではなかろうか。同人誌には魔力がある。どこかの誰かがひたすらに自我を放出した、いわば「異物」のようなものだ。中でも念のこもった同人誌は、周りの空間を歪めさせるらしい。すっげえ。
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私も「同人誌」という力強い存在に魅了されたオタク、その一人だ。
ある日、どこぞと知らぬサークルの同人誌に魅了され、いまや全身が沼に埋まった異形である。沼地にまじりて品を獲りつゝ、よろづの棚にしまひけり。名をば、有象無象の御宅となむいひける。
しかし、オタクは知らない。何者かもわからぬサークルが必死に同人誌を制作する気持ちを。その過程を。
おおかたSNSなどでサークル主が原稿に苦しんでいるのを目にするぐらいが関の山で、「大変そうだな」とか、「忙しそうだな」とか、そういう漠然としたイメージしか湧いてこない。当事者意識に欠けている。
オタクは、偶然という神のいたずらによって同人沼に埋められたものの、自らの手でまだ見ぬ誰かを沼に沈めるという諧謔的な行為に身を委ねたことがなかった。
ゆえに、オタクはふと疑問に思った。
同人誌頒布するのって、どんなもんなん?
かくしてオタクは旅に出る――
1. 申し込んだら同人誌って完成してるらしいよ
ざっとしたステータスは以下の通りである。
・インターネット上での人格を持っていない(リアルのアカウントは有)
・コテハンは邪道の文化圏で育つ
・悪い意味で「自己主張のない生活」を送ってきた成人
・擬態型(だった)
不可視のオタクここに極まれり、といった内容ではなかろうか。特記する事項があるわけでもなければ、ないわけでもない。
要するに、「なにも持たぬもの」である。
そんな有象無象の一部分でしかないオタクが、自我を萌芽させようとしている。きっかけは些細なことで、いつも通り推しカプに関する論争を脳内で繰り広げていたときの、ほんの思い付きだった。
これ、形になるんじゃないか?
オタクの世界の9割は頭の中で起こっている。妄想人類諸君の発展を願いつつも、止むに止まれぬ喧々諤々の脳内神学論争を一時中断する。風呂から上がり、髪を乾かす時間に、オタクは同人誌の作り方について調べた。
なるほど。どうやらイベントに参加申し込みをしたのち、印刷所に原稿を提出すると同人誌が出来上がって、会場で頒布する手筈になっている。
さらにオタクがそこらへんで拾ってきたインターネットの情報によると、即売会のサークル申し込み手続きを踏んでスペースをもらえた時点で同人誌の完成は確定しているとのことだ。
いわく、「申し込めば出る」。自然の摂理、当然の帰結。RTAでよく聞く言葉だね。
なんの目処も立ってないけど、とりあえず申し込んでみるか~
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というわけで申し込みフォームからサブミット。
すばらしい。ブラボー。オーディエンスも拍手喝采である。
さて、同人誌完成のために原稿を進めていくわけなんだが、上記のステータス通り、一介の有象無象オタクに絵は描けない。
そのため自然と、頒布物は文章のみでやっていくことになる。申し込んだイベントは二次創作のジャンルなので下地に原作の存在がある。ここは救いの部分。
申し込みをするにあたって、ザックリとした展望みたいな物語がふわっと頭に浮かんでいたので、小説にしようと決めた。
じゃあ、文章を書けばいいってことですね。わかりました!
……
……
創作物、書いたことないわ。
そも、ちゃんとした文章を書いた経験に欠けている。なぜ文章なら書けると思ったのだろうか。湧き上がる謎の自信――思い上がりである。
文芸の世界に転生したら、そこらへんの犬っころにも負けるぐらい経験値ゼロの状態。これでどうやって戦えばいいんですか。
でもこれ、申し込んじゃった後の話なんですよね。
インターネットの情報を真に受けた者の顛末。後の祭り。
つーか、まず印刷所のサイトに辿り着いたはいいけど、説明されてる文章がそもそもなんのことだかわからねえンだワ。ファイルの拡張子とかも知らないの多いし。提出するために必要な事項が多すぎて頭がパンクする。
なんだか、知らない分野の専門書を紐解いたときの絶望感を思い出した。
大体要約すると、オフチョベットしたテフをマブガットしてリットにするみたいな感じ。ファルシのルシがパージでコクーンってことだね。馴染みのない用語の連続だったので検索エンジンを回しまくって調べるも、ぼんやりとした理解しか得られなかった。
この時点で同人誌は半分完成しているらしいです。ホンマか???
2. 名もなきオタク、名乗りを上げる
それは、産声に近い。
当然ながら、同人誌を買ってもらうためには情報の発信が不可欠である。どこの誰だかわからないサークルの本を買ったりすることはあれど、かねてより情報がなければ、そのままスルーされるだろうことは想像に難くない。
ここである程度インターネット上の人格を持っていれば話は別だが、自分が有象無象のオタクであることを忘れてはならない。前述の通り情報社会をただただ流浪する異形の一部であって、「個」を持っているわけではない。
ゆえに作る必要がある……アカウントを……!!
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プラットフォームはTwitterにした。馴染み深いし、なにより人口が多い。明確に伝えたい情報を持って発信するなら、人は多ければ多いほど良い。
アカウントを作成した時期はちょうどBlueskyができた直後で移民騒動とかもあったけれど、アクティブユーザーが多いわけでもないようなので、多分Twitterで正解だった。イーロン・マスクくんは反省するように。
個人的信条により、アカウントは2つに分けた。
情報を発信するためのサークルアカウントと、どうでもいいことしか言わない個人用のアカウントだ。
アカウントを分けたのには、いくつか狙いがある。
①宣伝したい情報が見やすくなる
Twitterを利用するのであればおそらくやった方が良い施策の一つである。ブログと違って、流動的なSNSでは情報を見つけづらい。自分から探そうと思った情報ですら、ある程度工夫を凝らして検索しないと見つからない始末である。
仮に自分の同人誌に興味を抱く潜在的な顧客がいたとして、その人が情報にアクセスしうるかを考えた場合、難しいというのが正直な感想だ。能動性を持ってアクセスしてくれる人のためにも、宣伝用のアカウントを分けた方がなにかと都合がよいと思った。
②てめえが何者かわかりやすくなる
正体不明のオタクが突如としてSNSに現れ声高に叫んだとて、人々の目線を通り過ぎてしまうのが普通である。みんながみんな相手をしてくれる筈もあるまい。
でも、ちゃんと目に留めてくれる人もいる。それを忘れてはならない。
じゃあ、宣伝を見て興味を持ってくれた人が何を参考にするのか?
宣伝という都合上、頒布物の中身をまるっきり載せるというわけにはいかない。宣伝できる情報にも限界がある。
そこで個人用アカウントの登場だ。
作者の人となりを知る手段があることで、多少なり情報の伝達が向上すると信じている。作者を知ってダメになるパターンもあるけれど、買ってくれる人に対して情報を開示することは誠実だと思う。そこでダメになっても、問題があるのはこちら側なので諦めがつく。
きちんと手に取って楽しんでもらうまでが目標だ。
③公私を分けることで対外的な体(てい)が良くなる
これは経験的な側面が強いのだが、何者かもわからない人間(人となりも身分も明かさない人間)と交流することは潜在的にリスクを感じるらしい。
建前というのは交流をする上でとても重要で、体を確立することは自らの言動に責任を負うものである。
アカウントを分けることで建前上の公私を区別することができ、なけなしの体を心ばかり補強するだろうと考えた。
少し真面目な話になってしまったが、それだけ自分にはなにもないことの裏返しであって、人格を確立するにあたって負うべきツケのようなものである。
そして、アカウントを作成しただけで満足してはならない。
きちんと伝えるべき情報を、意図して発信する必要がある。
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3. 書き終わっちゃったんだけど、プロットってなに?
プロット(plot)
小説・演劇・映画などの筋・構想。
衝動のみに身を任せて行動する者が獣だとすれば、私は獣である。
作業環境はWord。先人が残してくれたテンプレートをインターネットの海から拾ってきて、書き続けること幾星霜。
イベントの申し込みをしたのが一月の上旬。一日二時間程度の作業時間を設けて、三月の中旬に初稿が完成した。
これまで色んなことがあった……!
原稿中のWindowsアップデート。ブレーカーを落とすほどの電力を使った姉。その都度落ちるPC。バグるデータ。ずさんなバージョン管理……。
そのすべてに
ありがとう……
……とはならないのが同人誌制作らしい。
書き上げたと言っても、まだ初稿。マスターアップするには早い。
イベントの日程は六月下旬であり、締め切りを考えても三ヶ月ちょっとの猶予がある。
この章のタイトルは「俺またなにかやっちゃいました?」的ななろう系の文脈ではなく、己が無知を悔恨すべき文脈であることに留意していただきたい。
つまり……
初稿(なんら体系化もされていないお粗末な殴り書き)である。
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闘いの中で成長するとはよく言ったもので、未経験のトーシローが書いた文章が人に読めるようにできてるわけがないんですわ。一周目の自分の文章を客観視したときの反応はご覧の通り。まるで異世界の言葉を無理やり翻訳したようなたどたどしさがそこにはあった。
「一周目の俺、この出来で『ヨシ!』じゃないだろ!」とか、「なにを見てGOを出したの?」とか、過去の自分に言いたいことは山ほどあった。
ダメな点を挙げればキリが無いけれど、プロットがないことが輪をかけて酷かった。二稿・三稿と書くにあたって、参考にすべき展開が体系化されていないのは流石にヤバい。
「じゃあキミ、プロットがないのにどうやって書いたの?」と問われたら 答えは簡単で、「脳内で管理していた」である。
バカと天才は紙一重だが、無論私は前者だ。というか、後者の意味で使うことってほとんどない。
初稿ができたと言えば聞こえは良いが、実際はバカのブレストに三ヶ月の期間を要しただけである。効率が悪いこと、この上ない。
そんなこんなで二稿のためのプロットを作ることに。
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Notionというツールを使って、横軸を章、縦軸を節に見立ててプロットを作成した。
なぜかは知らないけれど、書いてあることぜんぶ、もう知ってる。
4. え?これって人に見せるの?
オタクは、根源的な問題に直面する――
さて、初稿もとい殴り書きができたところで二稿と続けていくのが自然な流れであろう。幸いなことにプロットもできた。
確かに序盤・中盤の文章は目をそらしたくなるほどヒドいクオリティだが終盤の文章は悪くない……
わけでもないわ。やっぱ、ヤバいッス。
いや文章自体は悪くないんすよ。実際に闘いの中で成長しているわけで、文章として読みづらいわけではない。
ただちょっと、物語の展開に言葉が付いていかないだけで……
脳内のイメージと遜色ない表現をするには技術が必要である。これだけは一朝一夕でどうにかなる問題じゃない。
どうやらその壁にブチ当たったらしく、実力不足を痛感する次第。
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まあ壁に当たったことは仕方ない。ああだこうだ言ったところで何が解決するわけでもないし、どこまでいってもこの問題にはぶつかってしまう。
書き直す工程でじっくりと強くなるしか方法はない。
それとは別に、ある感情が自分の中でふつふつと湧いていた。
これ、人様に見せるんか?
同人誌とはそれ即ちオタクの血と汗とニンニクアブラ、その他マシマシ。自我の塊。妄想の結晶。
誰の言であったか。私の言葉だ。
いやいやいやいや、
人様の手元に届くんか……これ……
問題は山積みである。
・つたない文章
・本文だけでなく表紙・カバー等のレイアウト作業(学習)が残っている
そして一番の問題は、
・内容についての自信の喪失
「これって、誰かおもろいと思うんかな?」という、素朴な疑問である。
オーディエンスからは「ここまでやっといて、急に冷静になるな!」と、檄が飛んでくること請け合いだろう。無論、私とて冷静になるような性分ではないし、無駄に冷静になりたいわけでもない。常に理はなく、情動だけで生きてきた。
でも数ヶ月も目の前の原稿に向き合えば、冷静になってしまうタイミングがあるということを、身をもって経験したのだ。
自信を喪失した原因は、およそ2パターンに類推できる。
①内容を反芻し過ぎて正当な評価ができなくなった
②実際に内容がマジでつまらん
いずれにせよ、解決手段はひとつである。
①目を瞑る
だってもう申し込みしちゃったし、スペースも貰ったんだもん。
後に引けない以上、己が血潮を信じて突き進む他に、道はないのだ。
その時、オタクは思い出した……
「申し込んだら同人誌は完成する」
その言葉を……!!
アレよアレ。序盤になにか知ってそうな登場人物が意味ありげに語ってたセリフが後半わかってくる感じのアレ。
結構苦しみに満ちた言葉だったことがわかって、ちょっとしたアハ体験が起こったね。未来の自分に責任を投げた無責任な言葉だったんだね、アレ。ドカ食いの「至る」とかもそうだけど、みんな自虐的な言葉好きだよね。
まあそれはそれとして、面白いかもわからない原稿に向き合わなきゃいけないんですけど……
こっちの方がよっぽど、自虐的な行為ではなかろうか。
5. オタク、ひとのやさしさにふれる
このオタクには「夢」がある!
推しカプのイラストを!
推しのイラストレーターに!
描いてもらうことだッッ!!
ということで、カバー表紙のイラストを直談判することに。
サークル用のアカウントで掛け合うものの、この時点でフォロワーは驚異のゼロ人。アカウント作成から一ヶ月も経っていない。狂気の沙汰である。
依頼の可否以前に、まず返事が来るかもわからない。
慎重を期して(そもそもの行為自体が慎重ではないことには目をそむけてほしい)メッセージを送る。
……
……
返事、来た!!!!
端的に依頼品についての概要を説明する。どこへ向けたものかもわからぬ祈りを捧げて、待つこと少し。
「わかりました。お受けいたします」
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今生の喜びである。
いやしかし、相手の寛大な善意で成り立っていることを忘るべからず。
落ち着かない心を抑えながら具体的な構図などを話し合い、表紙イラストを進めてもらうことに。
並行して表紙やカバーのレイアウト関連に必要な予備知識を付けていく。なんてったって無知だ(サカナクション)。辣腕にヨッコイショするだけの存在になってはいけない。
初稿中に大体の内容が確定したので、レイアウトの練習がてら、サクカにちょっとした変更を凝らした。
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こうした日々の積み重ねが、クオリティに深みを出すと信じて……
ところでアカウントの運用に関してだが、楽観的な認識をしていたことが発覚した。界隈での接点をあまり作れなかったのだ。
特にインタラクティブなアクションを行っているわけでもないので、至極真っ当な話である。
コミュニケーションの形態としては、無人販売所のそれに近い。
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でも、自分のアカウントを見たところで「あっ農家の人がやってるんだ」みたいな直感的な理解は得られない。
その理由は、パッと見なにをしているかわからない人だからである。
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イベントで誰かと仲良くなり、芋づる式に交流を増やすなど、なんらかの手段を講じる隙はあったように思う。
しかし直近の公式イベントに足を運べなかったため全ては灰燼に帰した。身一つでやっていくしかない。ちなみにアカウントは二つ。SNSが下手。
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「じゃあ失敗だったのか?」と問われれば、そうでもない。
それはなぜか?
コミュニティのあたたかさに救われたからである。
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ビバ・人里。
結果的に他力に頼ったものとなってしまったが、結果良ければ全てよし。個人としては「自分の同人誌を必要としている人まで届ける」ことを目的としていたので、怠慢ながらもこれを達成できそうな運びとなった。
ファボ・リツしてくれたそこのキミ、ありがとう……
そんなこんなで原稿を進め、入稿の完了を確認。
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会場に直接搬入してもらう手筈になっているので、現物を手に取れるのは当日のお楽しみだ。
6. 宣伝
ということで、きたる日曜日に自身初の同人誌が出ます。
ゼロから始めて紆余曲折ありましたが、様々な人の助けもあり、なんとか完成まで漕ぎ着けた次第です。
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血やら汗やら涙やら、いちオタクの様々なエッセンスが詰まった本です。なにとぞよろしくお願いします。
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ご覧いただきありがとうございました。
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