島ちゃんの恋

 開店する午後三時までに仕込みを終え、開店の準備を終えなければならない。そのため、出勤は午前十時とし、市場から届けられる生鮮食料品を仕分けして仕込みを行い、掃除をする。島ちゃんが出勤する日は、島ちゃんにすべてを任せておけばよかったが、銀二の場合はそうはいかなかった。まず、彼はよく寝坊をした。午前十時の出勤時刻に間に合ったためしがない。そのため、大半は義春の仕事になった。綾子の出勤時間は、午後三時、開店と同時になっていたが、島ちゃんが休みの日は、綾子が出勤を早めて手伝ってくれることが多くなっていた。義春は、そんな綾子の気持が嬉しかった。
 銀二は午後三時近くになって、ようやく店に顔を出す。仕込みはほとんどしたことがない。店に来た当時はそうでもなかったが、少し慣れてくると、寝坊したと言い訳をして開店と同時に出勤してくるようになった。そんな時、義春はいつも厳しく言い聞かせるのだが、銀二には一向に通じなかった。それでも義春は、年もまだ三十代前半と若く、時には気のいい一面をみせる銀二のことを辛抱強く見守って、改心する日を待った。
 しかし、辛抱するにも限界があった。
 「お宅の銀二、あいつ、よっぽどパチンコが好きやねんなあ。いつも朝からパチンコ店の前で並んでいるぜ」
 そんな話を数人の客から聞かされた義春は、ことの真偽を確かめるべく銀二を呼んだ。
 「銀二、お前、毎日、遅刻をするが、まさかパチンコを打って遅くなっているんじゃないだろうな」
 否定するとばかり思っていた銀二だったが、否定も肯定もせず黙っていた。
 「朝、パチンコ店の前で開店を待っているお前をみたと、何人かの客から報告を受けた。信じたくないが、それが本当のことだったらやめてもらう」
 銀二は顔を上げ、立ち上がると、義春に言い放った。
 「親父さん、今日までお世話になりました。俺、この仕事をするよりパチンコ打っていた方がずっと楽しい。やめさせてもらいますわ」
 その日までの給与を受け取ると、銀二は、誰に挨拶するわけでもなく、さっさと店を出て行った。
 その夜のことだ。『えびす亭』が盗難に遭ったのは――。
強盗は、レジに納めていた三万円を盗み、それだけでは飽き足りなかったのか、厨房を破壊し尽くし、『えびす亭』は盗まれた金額以上の損害を受けた。盗難の様子からみて、義春には、クビになった銀二が腹いせにやったことだとすぐにわかったが、警察には、あえて銀二の名前を伏せておいた。


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