島ちゃんの恋

十二

 銀二は逮捕され、さまざまな余罪が明らかになった。義春も参考人として警察に呼ばれ、二年前の盗難事件の真相を話さざるを得なくなった。義春が危惧した通り、犯人は、やはり銀二だった。その他にも、銀二の余罪は多く、七年ほど刑務所に入ってもらうことになりそうだと、検察官から報告を受けた。
 午前十二時、警察から解放され、遅れて店に入ると、島ちゃんと綾子が仕込みを行っていた。
 「綾ちゃん、大丈夫か? 怪我はなかったか」
 義春が尋ねると、綾子はあっけらかんとした顔で、
 「私は大丈夫です。でも、島ちゃんが怪我をして」
 と島ちゃんの腕と足を指して言った。
 「私の家で手当てすると言うのに、島ちゃんたら、何も言わずに帰ってしまうんだから」
 すねたような素振りで、綾子が島ちゃんをつつく。
 島ちゃんは相変わらず寡黙だ。何も言わず、黙々と仕込みを続けている。義春は、二十歳も年の違う二人の関係にやきもきしていた。その時、ガラス戸の向こうに人が立った。
 佳弘が戸を開けて、訪問客に説明をする。
 「すみません。店の開店は三時です。申し訳ありませんが――」
 義春の声を無視して、その人物がそっと中を覗き込む。
 「あっ、綾子」
 と、その人物が声に出すのと、中にいた綾子が叫ぶのがほぼ同時だった。
 「お母さん、どうしたの?」
 綾子が仕込みの手を止め、立ち上がって入口の人物に向かう。
 「いえね。お前が昨日の夜、こちらの方に助けられたと聞いて、一度、お礼をしておきたいと思って、来たんだよ」
 訪問者は綾子の母だった。
 「綾ちゃんのお母さんですか、これはどうも。この店をやっております芝本です」
 佳弘が挨拶をすると、綾子の母は丁寧に腰を折り挨拶を返す。
 「いつも綾子がお世話になっています。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。あのう、昨夜、綾子を助けていただいた方は、どちらにおられますか?」
 四十代前半と思われる綾子の母は、綾子に似た、愛嬌のいい顔をしていた。
 「島ですね。はい、今、奥の方で仕込みをしていますので綾ちゃんに呼びにやらせます」
 と言って、義春は、綾子に島ちゃんを呼ぶように言った。
 「島ちゃーん、ちょっと来てください。お願いします」
 島ちゃんは、裏口で店に出す漬物を洗っていたようだ。濡れた手をエプロンで拭きながら、おっとり刀で駆けつけた。
 「どうかしましたか?」
 事情のわからない島ちゃんが義春に聞く。佳弘が島ちゃんに説明しようとすると、それより早く、綾子の母が島ちゃんを見て驚きの声を上げた。
 「賢治さん!」
 エッという顔で島ちゃんが綾子の母を顧みる。
 「やっぱり、賢治さんだ」
 島ちゃんの顔を再確認した綾子の母が、再び声を上げた。
 驚いたのは、義春と綾子だ。何が起こったのか――、狐につままれたような表情で呆然と二人を見つめている。
 「まさかと思っていたが――」
 島ちゃんの呟きが洩れる。
 「探したのよ。ずっと探していたのよ。でも、逢えてよかった」
 綾子の母がハンカチで目頭を押さえ、蹲る。
 「お母さん、何なのよ。島ちゃんがどうかしたの?」
 綾子が母に尋ねる。義春にもまるで事情が呑み込めなかった。

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