土に生きる女

第二回
 
 真知子はしばらく親戚の家に身を寄せ、夫の出方を待った。すぐにでもやってくると思ったが、夫が親戚の家に現れたのは真知子が家を出て半月後のことだった。親戚の家にやってきた夫は、仕事が忙しくて来ることができなかったと散々言い訳をして、真知子に謝ることをしなかった。夫の本心を悟った真知子は、それを契機に離婚届に署名をして夫の元に送った。
 夫は離婚まで至るとは思っていなかったのだろう、離婚届をみてあわてて電話をかけてきた。だが、今さら真知子の気持ちが変わるはずもなかった。真知子は感情のない声で、離婚届に署名をして送るよう夫に伝えた。
 正式に離婚したのは、家を出てから一カ月後のことだ。離婚して、真知子はある種の解放感を覚えた。なぜ、もっと早く離婚しなかったのだろうかと、悔やんだほどだった。
 友人のつてを頼って、真知子は市内にある翻訳会社に務めるようになった。
 三七歳という年齢は女性としての生き方を考える時、いかにも難しい年齢のように思えた。再婚するにしても仕事をするにしても中途半端な年齢のように思え、真知子はひとしきり悩んだ。自分はこれから何を目的にどう生きればいいか、思い悩むうちに一つのことが浮かんだ。
 父方の親戚に陶芸の工房を持っている人がいた。その工房は岡山と鳥取の県境にある山奥にあり、昔、父に連れられて何度か行ったことがあった。工房には数人の陶芸家が働いており、子供ながらに工房での陶芸生活に憧れたことがあったことを思い出した。
 翻訳会社は契約社員で、秋になれば契約が切れることになっていた。真知子は広島に住む父に連絡をし、陶芸家の親戚に紹介してもらうよう依頼した。
 「陶芸の仕事はおまえの考えるような甘いものではないぞ。それより家に帰って来ないか。家に帰ってゆっくり過ごしたらどうだ」
 やさしい父だった。真知子の父は真知子から離婚を知らされ最初はひどく驚いた様子だったが、その理由を問いただそうとはせず、真知子に家に帰ってくるよう何度も連絡をしてきた。だが、世間の狭い田舎での生活を嫌って真知子はいい返事をしなかった。
 「お父さん、私、陶芸をやりたいの。お願いします。おじさんに連絡を取って頼んでください」
 ちょっとした気まぐれだと思った真知子の父は、その願いを承服しかねたが、あまりにもしつこく頼んでくるので根負けした形になって、連絡を取ると、真知子に約束をした。
 従弟の陶芸家は山(やま)吹(ぶき)泰(たい)山(ざん)といい、一応、その名前は陶芸界ではよく知られていた。真知子の父より五歳下の六五歳で若くして陶芸の道に進んだせいか、性格も頑固で融通が利かない面があったが、真知子の父とは気心が通じ合うのか、よく交流をしていた。
 「娘が陶芸を学びたいと言っているのだが、どうだろうか?」
 と真知子の父が伝えると、泰山は「いらん」とにべもなく断った。四十近い女にできる仕事ではない、というのがその理由で、興味本位でやって来られても困ると言い切った。真知子の父もそれはそうだろうと納得した。真知子にその才能があるとも思えなかったし、都会暮らしの長い真知子が山奥での陶芸の生活に耐えられるとも思わなかった。
 翻訳会社を契約切れで退職した真知子は、父に泰山の住所を聞くと、父が止めるのも聞かず、山奥にある泰山の工房に押し掛けた。
 工房には五人の弟子がいたが、女性は一人もいなかった。泰山はやってきた真知子に会おうともせず、追い返すよう弟子に言った。一度は仕方なく引き戻した真知子だったが、陶芸の道に進みたいという気持ちはさらに強くなっていた。何度追い返されようとも、あきらめきれない真知子は、五度目の訪問時、退路を断った。大阪市内にあるマンションの部屋を解約して荷物を処分し、すべてを捨てて泰山の元にやってきた。
 真知子の真剣な気持ちに打たれた泰山は、仕方なく真知子を弟子として受け入れた。
 

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