ハンスト5日目
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ハンスト5日目

じんしろう

5市長に県民投票への参加を求めるハンガーストライキ、5日目。
いつも通り、朝の支度を終えてテントに戻り、署名に訪れる方々と握手や話を交わしていた。

少し疲れたので、テントに入り、仮眠を取っていた。
突如聞こえてくる戦闘機の轟音に目が覚める。
外に子どもがいるようで、
「あのヒコーキなんであんなにうるさいの?」
「誰のなの?」
「もっと静かにさせられないの?」
と親にきいていた。

私なら何と答えただろうか。
何か大事なことを忘れていた自分がいることに気付かされた。

土日はセンター試験 があることを知っていたので、受験生が心配になった。沖縄でセンターを受けたのがもう8年前になるのかと歳を感じながら、自分がやってきたことがしっかり出せますようにと心で祈った。

いつものように15時頃から「右翼」の街宣車が来た。ものすごく大きな音で通行人や署名にくる人々、サポートする方々を威圧する。
来た人が不安にならないよう、外に出て毅然として見つめていたら、一人が街宣車から出てきた。カメラを向けながら質問をしてきたので、お話しさせてもらった。
普天間基地や浦添軍港移転、中国のことなど一つひとつ丁寧に議論しなければいけないにもかかわらず論点がずれていくのであまり建設的な議論にはならなかったが、彼の疑問は払拭できたのではないかと思う。
今日もご通行中の方にはご迷惑をおかけしてしまった。


16時半、医師が来て体温、血中酸素濃度、血圧を測る簡単な診断を行った。血圧が2日目16日に測った時より大幅に下がっていた。5日以上断食をすると体にはかなり負荷がかかってくること、戻す時に合併症の恐れもあることなどが説明され、ドクターストップがかかった。ハンスト開始からすでに105時間が経過していた。

その後、親、会の役員、周りでサポートいただいてる方々の意向を受け、ここでハンストをやめる決断をした。

5市長の態度が変わらない中、いま起きている県議会の皆様の動きに賭けたい、思いを託したい。沖縄県民みんなで県民投票をすること、みんなが意思表示をすることを最後まで諦めたくない。

必ず乗り越えられる。
乗り越えよう。
乗り越えてみせよう。

見守ってくださった方々、本当にありがとうございました。いっぺーにふぇーでーびたん。

一緒に署名集めに奔走した仲間に「じんさん、ほんとよくやったっすよ」と声をかけられ、肩を預けて病院へと向かう車へと乗り込んだ。

報道陣、関係者に見送られながら、市役所前を後にした。
悔しさとやるせなさが込み上げてきた。

病院に着き、報告とお礼のツイートで何を言おうか考えたときに浮かんだのは、現場やFacebook、Twitter、LINE、Instagram、メール、ブログなどを通じて得られた、たくさんの方々のメッセージや表情だった。そして、どれもこれも周りで支えられてだきたことだと改めて感じ、感謝の気持ちに涙が溢れた。

あまり心配していなかったみたいだけど、ハンガーストライキをやることを許し、見守ってくれた親、
唐突な相談にも過かわらず、戸惑いながらも受け入れてくれた県民投票の会の方々、
相談にのっていただいた先輩方、
仕事の前、途中、帰宅途中、ウォーキング中、お休みの中、署名のためだけわざわざ足を運んでいただいた市民、県民、遠方からきた方々、

そして、市役所前で入れ替わり立ち替わり24時間いてくれたサポーターの方々には心からお礼を言いたい。
いっぺーにふぇーでーびたん。

病院では少しご飯を口にし、点滴を打って横になった。
1人だけの静かな個室に、ハンガーストライキを終えた実感が湧いてきた。

この風は、どこへ向かい、どうなっていくのだろうか。
どうか大きくなり、幾多の波を越え、どこまでも届きますように。

署名に来た子どもが持っていた風車が心に残っている。


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じんしろう
ハイサイ🌺 沖縄・宜野湾市出身の元山仁士郎です。昨年2月24日の沖縄県民投票を終え、2019年4月一橋大学社会学研究科修士課程に復学。 昨年1月には、沖縄県民みんなで県民投票をやりたいという思いで、ハンガーストライキを実行しました。