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楽趣公園(ルーチー・コンユァン)-猫空(Mao Kong)-

 雷が鳴った。
 バケツをひっくり返したような土砂降り。
 道路を隔てた茶畑が雨煙に霞んで見える。
 僕は坂本園でお茶を飲みながら外を眺めた。
 稲光。
 そして雷鳴が再び轟いた。
 隣にキジトラキャットの奴が居る。
 奴ときたら僕の閉じたノートPCの上を占拠して眠っている。
 …僕のパソコンを寝床と勘違いしていやがる…
 好い気なもんだ。
 一際大きな雷鳴。
 僕は突然のことにブルッと身体を震わせながら、近くに雷が落ちたなと思った。
 それでもキジトラの奴は目を覚まさない。
 …普通。雷でビクビクするのは動物の方だろう…
 でも、ここでは違うらしい。
 僕が苦笑いしながらキジトラの奴を見ていると、店の照明が消えエアコンも停まった。
 キジトラの奴もこの異変には気づいて目を覚まし、辺りをキョロキョロ見ている。
「おや。停電だねぇ…」
 そう言いながら店の奥から出て来た真由美さんに僕は悲鳴を上げた。
「ギャッ…」
 懐中電灯を点けて持ってきたのは良いのだが、あろうことか顔を下から照らしている。
「幽霊…」
 僕が心ならずも思わず放った一言に、真由美さんはギラリと僕を睨む。
 彼女が何かを言おうとした時、店内に明かりが戻った。
「幽霊って。失礼だねぇ。まだお迎えは来ていないよ」
 僕はキジトラの奴を抱き寄せる。
 迷惑顔ながらも奴は僕の腕の中から逃げ出そうとはしない。
「随分、あんたにも懐いたもんだねぇ」
 真由美さんはクスッと笑いながら椅子に座ってお茶を飲んだ。
            *
 激しい雨音は相変わらず続いていて雨脚が衰える兆しはまだ見えなかったけれど、和やかな時間がゆったりと過ぎていた。
 キジトラは僕の膝の上で眠り、スヤスヤと寝息を立てている。
「これで梅雨明けかねぇ?」
「そうですね」
「今年もまた、暑いのかねぇ?」
 去年は、35度越えが一ヶ月近く続いた。
「歳をとると猛暑は堪えるよ」
 真由美さんはそう言って、お茶を啜った。
「雨。止みますかねぇ?」
「そうだねぇ。直ぐに止むよ」
 ちょっと不安気な僕へ真由美さんは続けて言った。
「キビ助が教えてくれるよ」
 キビ助とは真由美さんがキジトラの奴につけた名前だ。
 きび団子以来、ここがすっかり気に入ったらしく毎日来るようになった。それで真由美さんは奴のことそう呼ぶようになった。
 命名の由来はSNSにアップした写真と動画。
 結構反響があり、フォロアーがいつしか『キビ助』と勝手に命名した。キビ団子を食べて口の周りを真っ黄色にしたのが命名の由来らしい。
「こいつが?」
「猫とか犬ってお天気に敏感だろ。雨が止むころには、キビ助も目を覚まして店の中をうろちょろし始めるよ。まぁ、ゆっくりしていきな」
 キジトラの奴、未だ爆睡。
 …よく寝る奴だ…
 僕、苦笑。
            *
「真由美さん。こいつもすっかり看板猫になりましたねぇ」
 彼女のSNSを見ながら僕は、ぼんやり呟いた。
「良いことばかりじゃないよ」
「えっ。でも、お店の宣伝になって良いじゃないですか」
「店の名前は出さないよ」
 閲覧数も、イイねも、共に順調に伸びている。
 ただ僕は、真由美さんがお店の名前を出さないポリシーが気になっていた。
「宣伝で始めたことじゃないよ。一つは機会に慣れるため。もう一つは老板さんたちに見せる面倒を減らすため。最後は自慢だよ」
「真由美さんらしいなぁ」
 僕、苦笑。
「世間様に知られるってことは善いこともあるし、悪い事も引寄せる。気に病むともないけどさ、ウカウカもしてられないよ」
 終始浮かない顔を崩さず、真由美さんはキジトラの奴を見ながら言った。
僕は少し気になったけど、まさか彼女の懸念が現実のものとなろうとは、この時露ほども予想していなかった。
            *
 僕とサミーは映画『大脱走』を、ホップコーン片手に観ている。
 台詞は英語だけど、僕は日本語字幕でサミーは繁体字字幕で見ている。
『マックイーン。カッコイイ』
 画面越しのサミーは、トライアンフに跨ってナチの収容所を颯爽と脱出するスティーブ・マックイーンにうっとり。
 パソコンの画面越しに映るサミーに横顔の表情に、僕はちょっと嫉妬する。
 第二次大戦下。
 連合国捕虜の脱走に手を焼いたナチは、収容所の札付きの脱走常習犯たちを警戒厳重な捕虜収容所に集めて徹底監視した。札付きの連中は、最高レベルの警戒を誇る収容所にも関わらず集団脱走を計画し、苦難の末に実行する。
 僕らが今見ている場面はこの映画の有名なアクションシーンだ。
 僕はこの映画が好きで何度も見ていたが、サミーは初めて。
 昔の映画だから観るのを渋っていたサミーだったが展開の面白さとスティーブ・マックイーンのカッコよさが相まって、いつしか映画に夢中になっていた。
 料理に始まったビデオ通話でのやり取りが、今では映画鑑賞にまで拡大した。
 最初は映画を観ながら感想を好き勝手に話すというものだったけど、何だか違うという意見が一致。試しに対面ではなく横顔を映しながらやってみたら、映画館にいる感覚に近くて調子が良かった。それ以降、このスタイルが続いている。
『このバイク。カッコ良くない?』
 サミーがポップコーンを齧る音。
「トライアンフだよ」
 僕がポップコーンを齧る音。
『有名なの?』
「多分」
 残念ながら僕もサミーもバイクや車に興味がない。
 だからバイクに跨り疾走するスティーブ・マックイーンの姿容をカッコイイとは思いつつも、会話はそこ止まり。
 トライアンフは丘の連なる平原を疾走する。
 脱走が成功するに思えた瞬間、目の前を連なる有刺鉄線の壁。
 躊躇うことなく、そこへ向かうマックイーン。
サミーがポップコーンを齧る音。
僕がポップコーンを齧る音。
『あっ』
 サミーが突然、声を上げた。
 有刺鉄線をバイクで飛び越えようとしたが、マックイーンは失敗する。
『マックイーン。捕まっちゃうよ…』
 絡みつく有刺鉄線のなかで逃げようともがく彼の元にゲシュタポたちがやって来た。
 独房に放り込まれたマックイーンを観るサミーの横顔にはガッカリとうっとりが入り混じっていた。
リアルが望ましいけど、現在はこれで満足まんぞく。
僕らはポップコーンを食べながら、映画の続きを観ている。
            *
 キジトラの奴が突然、坂本園に姿を現さなくなった。

 失踪、初日。
「あいつ。今日は姿を現しませんねぇ?」
「アイツって誰のことだい?」
 真由美さんは顔色ひとつ変えずにお茶を啜っている。
「キジトラ。あっ、いいや。キビ助のことですよ」
「野良猫だからねぇ。ここに来ない日だってあるよ」
「まぁ。そうですけど」
 僕が続けて言おうとしたら真由美さん、それを遮るように続けて言う。
「お腹が空いたら、フラッと現れるよ」

 失踪、二日目。
「あいつ。昨日、姿を見せました?」
「アイツって、誰だい?」
 心のモヤモヤを隠そうとしているが、真由美さんのイライラを感じる。
「それはキビ助でして…」
「あぁ。あいつのことかい?」
「はぁ。きっとお腹が空いたら、フラッと…」
 ぎらっと僕を見て、真由美さんは言った。
「知らないねぇ」

 失踪、三日目。
「あいつ。昨日はどうでした?」
「アイツって。キビ助のことかいッ」
真由美さん、もう不機嫌を隠さない。
「は、はい」
「帰って来やしないよ。まったく。SNSの写真もアップできないし」
「どうしたんだろう。腹、空かせてないかなぁ」
 プイッと顔を背け、通りの向う側の茶畑を眺めながら真由美さんは呟いた。
「どっか他所で、好いとこ見つけたんだろ…」

 失踪、四日目。
「あいつ。昨日も?」
「キ、キビ助…」
 心配で眠れなかったのか、真由美さんの目に隈ができていた。
「キビ助の奴、どこへ…」
「えっ。キビ助かい。どこ。どこ、どこ。戻ったのかい?」
「ま、真由美さん。落ち着いて。落ち着きましょう…」
 溜息を漏らすと真由美さんは静かに僕を見上げて、ポツリと言った。
「キビ助。元気にしてるよね?」
 僕は何も言えず、ただ黙って頷き続けた。
 突然、お店のドアが開く音。
 入口で佇む男を見て、真由美さんは思わず言った。
「あんたは、NPOの…」
            *
「どうも。ご無沙汰しております」
「真由美さん。あの人。誰です?」
 僕と同世代の男。
不必要なくらいニコニコしているが、彼の笑顔に嫌味や魂胆を感じない。
男は僕の前に立つと、名刺を差し出した。
「NPO法人。えんまん?」
「はい。藤木と申します。えんまんで代表を務めさせて頂いています」
「真由美さんのお知り合い?」
 彼女より先に藤木が答えた。
「いいえ。ただ、あれの件でお世話になりまして」
 藤木はそう言いながら、壁に貼られているキジトラの指名手配チラシを指さした。
 よく見ると隅に『藤木』の名前が載っている。
「あぁ。ネコ探しの?」
「はい」
 NPO法人えんまん。
 広義には動物愛護を目的としている非営利団体らしい。活動は多岐にわたるらしいが、最近はキジトラの奴のように飼い主の元から逃げたペットや里親探しが活動の主力となっているらしい。
「特に迷い猫探しは、飼い主の皆さんから大変感謝され、やり甲斐があります」
 藤木、少し胸を張り気味でにこやか。
要はニーズが切れ目なくあり、ビジネスチャンスも多いらしい。
「それで今日は?」
「はい。今日伺いましたのはお礼を申し上げたかったのと、あれの回収でして」
 藤木は指名手配書を指さした。
「あれの、回収?」
「はい」
 僕と真由美さん、呆然。
「お陰様であの猫ちゃん。見つかりまして」
「見つかった?」
 真由美さん、僕の腕を握る。
 僕は、思いのほか強い彼女の握力に驚いた。
「無事に保護し、飼い主さんの所へ無事戻りました」
「…」
「…」
「ご協力。ありがとうございました」
 いそいそと指名手配チラシを剥がす藤木の背中を、僕と真由美さんは放心で見つめた。
「それでは、今日はこれで失礼させて頂きます。これもご縁ですから、今後も何かありましたらご協力給われませんでしょうか?」
 放心から解放されない真由美さんは、藤木の顔を穴が空くほど見つめている。
 一向に声を出しそうにない真由美さんに代わって、僕が答えた。
「まぁ。それは構いませんが…」
「ありがとうございます。ご協力に感謝致します」
 藤木は深々と頭を下げ、挨拶を済ませると静かに店を後にした。
 店内、シーン。
 真由美さんは、指名手配チラシが無くなった壁の空白を呆然と見つめながら呟いた。
「キビ助…」
            *
 南台公園の早朝。
 夏らしい青空が木々の枝の隙間から見える。
 気温は上がってきているけど、木陰はまだ快適だ。
 広場を半分くらい覆う木陰の下で今朝も、普段と変わりなく太極拳体操が行われている。
 公園のテーブルを前に備え付けの椅子に座る真由美さんの表情は冴えない。
「はぁ…」
 真由美、溜息。
「真由美さん。元気出しましょうよ」
 こんな時に言ってはいけないひと言だけど、つい言ってしまう僕。
 そんな僕を攻めもせず、ちょっと虚ろな眼差しで見て、彼女は再び溜息を漏らす。
「はぁ…」

 情が移る。
それはきっと、こんな感じなのかもしれない。
ツンデレの真由美さんと滅多に懐かないキジトラキャット。
どちらも無関心を装いながらも、出会いは運命だったのかもしれない。
感情も平易で穏やかな日々を送っていた真由美さんにとって、それはきっと恋にも似た衝撃だったに違いない。不必要に距離を縮めまいと見て見ぬ振り、適度な素気なさ、面倒くさいという顔つきで餌を与え続けた日々。それは彼女にとって、もう忘れてしまった甘酸っぱい日々を彼女に想い出せたのかもしれない。
恋。
そう、それは真由美さんのキジトラキャットに寄せた恋に違いない。
そして真由美さんとキジトラキャットの奴は引き裂かれ、齢八十を前にした真由美さんの情熱の恋は破れたのだった。

 僕、勝手な妄想でニヤける。
 ふと気づくと、真由美さんは眉間皺を寄せて訝し気な表情で、にやける僕をジッと見つめていた。
「何か、変なことを考えていたんじゃないだろうね」
 遠回しの図星に、僕の身は強張る。
「あんな野良猫。居なくなってせいせいしているよ」
 真由美、勝手に言い始める。
「第一ね。寄り付かれて困っていたんだよ。餌代だってタダじゃないんだ。それにうちはねぇ、人様の食べ物を扱う商売なんだよ。あんなのに寄りつかれて、仲間なんかも増えて、猫屋敷にでもなったら、商売上がったりじゃないか」
「まぁ。ねぇ。でも、インスタで人気も出て、多少お客さんも増えたんじゃ?」
 真由美、キッと僕を睨む。
「人気。たまたまじゃないか。それだって、あたしが上手く撮ってやったからだろ。可愛いだとか、キュートだとかおだてられて。果ては看板猫とか持ち上げられて。ちょっと人気が出たからって図に乗ってんじゃないよ。うちはねぇ。坂本茶園はねぇ、あんな勘違い猫が居なくたって、ちゃんと商売成り立っての。分ったかいッ」
 真由美さんは一気にまくし立てて啖呵を切った。
 でも言い終えるなり、深い溜息を漏らすのだった。
「ふぅ…」
「真由美さん…」
「良いから。放っておいておくれ」
 真由美さんは僕に背を向け、広場に目を向けた。
「イー、アー」
「まったく」
「サン、スー」
「良い年齢して。いつまで体操やってんだい」
 聞こえていないだろうから好いようなものの単なる八つ当たりである。
 僕がオロオロしていると、真由美さんの視線は公園に沿った道路を歩く女性へターゲットオンされていた。
 その女性は次第に近づいてくる。
 ちょっと着飾り、公園側の右手には猫ゲージを握っている。
 彼女は歩くペースを次第に緩め、僕らの横を通り過ぎるのに合わせて猫ゲージの入口をワザと見せた。
 透明なプラスチック製の扉の向う側から、僕らをジッと見つめる一匹の猫。
 それは紛れもなくキジトラキャットの奴だった。
「キビ助…」
 見つめ合うキジトラキャットと真由美さん。
 何故かその時、僕は大脱走のワンシーンを思い出していた。
脱走に失敗してゲシュタポに捕まり、独房に入れられたスティーブ・マックイーン。壁を背にして座り、壁にボールをぶつけて遊び続けるシーン。
飼い主の女性は勝ち誇ったように僕と真由美さんの前を通り過ぎて行った。
僕はふと心配になって真由美さんを見ると、彼女は何故かニコニコ笑っている。
すると彼女は、ポツリと言った。
「ふん。時間の問題だよ」
「えっ?」
 そう言うと、彼女は飼い主を目で追った。
「勝った気で居るが良いさ」
「…」
「結局泣きを見るのは、あんただからね」
 そう言いながら真由美さんは、飼い主の背中を見送るのだった。
            *
 翌朝。
 下駄での散歩はとても心地よかったけれど、真由美さんを見掛けなかった。
 ちょっと心配になって昼過ぎに坂本園へ出向くと、真由美さんは意外と元気だった。
「何だい。また、タダ茶を飲みに来たのかい」
「ひどいなぁ。客に向かって」
「なにが客だい」
 毒舌炸裂。
 でも、元気になったようで安心した。
 そこへもう一人、意外な人物が現れた。
「おや。あんたは…」
「NPO法人えんまん代表の藤木でございます。その節はお世話になりました」
「どういう風の吹き回しだい」
 真由美、不愛想。
「実は、またお願いがあって参りました」
「お願い、お願いって。今度は何だい?」
 真由美、つっけんどん。
「いえ実は、また猫探しのチラシを貼らせて頂けないかと…」
「猫なんか、ここには居ないよ」
 真由美、凄い剣幕。
「まぁまぁ、そう仰らずに…」
 そう言いながら藤木は、真由美さんに新しいチラシを渡した。
 真由美は渡されたチラシを見るなり言った。
「この猫がどうだって言うんだい?」
 真由美さんはぶっきらぼうにそう言い放つとチラシを僕に渡すのだったが、僕はチラシの中の迷い猫を見るなり思わず言った。
「キビ助の奴…」
 素知らぬ風情だが、僕がそう言うなり太腿を思いっきり抓った。
「い、痛いッ」
「まぁ。壁も殺風景だから好きにするが良いさ」
「ありがとうございます」
 藤木は数日前に指名手配チラシを剥がした場所に、新たなそれを貼った。
「また脱走かい?」
「ええ。どうもそうらしいです」
「ちゃんと餌とか与えてるのかい?」
「それは十分なくらい。餌だって値段の高い物を与えてるみだいですし、自分の子供みたいに可愛がってますよ」
「それで何で脱走するのかねぇ」
「さあ。そこは私にも解りません。見掛けたら連絡お願いします」
「あぁ。そうだね。気に掛けとくよ」
 藤木は静かに店を出て行った。
「ふん。猫ってのはねぇ、猫ッ可愛がりを一番嫌うんだよ」
 真由美さんは口角を僅かに上げて、そういった。
「真由美さん。キビ助の奴。ここに来ますかねぇ?」
「案ずるまでもないよ」
 そう言うと彼女は、扉を指さした。
「えっ。キビ助」
 奴は扉のガラスを猫パンチしている。
 真由美さんがそっと扉を開けると、その隙間を何食わぬ顔でキジトラの奴は通り抜ける。
 店内に入るとテーブルに飛び乗り、閉じたままの僕のノートPCの上に寝そべった。
「朝。あたしが言った通りになっただろう?」
「えっ?」
「時間の問題だって」
 そして真由美さんは、不敵に笑いながら居眠るキジトラの奴を見つめた。
            *
 三日間の平和の後、四日目に事件が起きた。
 朝の南台公園。
 僕と真由美さんがベンチに座って世間話をしていると、砂場で小さい男の子のけたたましい泣き声が響いた。
「えっ?」
 泣き出したのはキジトラキャットの奴を家来のように手懐けていた二歳ぐらいの男の子だった。
「おや。キビ助の姿がないよ」
「さっきまで砂場で泣いている男の子に抱えられていましたよ」
 そう言って砂場に目をやると、キジトラの奴の姿は消えて母親に抱きかかえられながら男の子が泣いている。僕と男の子の母親の目が合うと、彼女は怒りと恐怖の入り混じった表情で広場を指さしている。
 何かを抱えて足早に公園を去ろうとしている男の後ろ姿があった。
 その男は一度立ち止って振り向き、僕らと母親のそれぞれに申し訳なさ気な表情で頭を下げた。
 …藤木さん…
そして彼は両手で抱え持ったキャットゲージと共に公園から姿を消した。
 僕と真由美さんは砂場に向かった。
「大丈夫ですか?」
 僕の問いに母親は何度も頷くが、男の子は母親の胸に顔を埋めたまま泣いている。
「どうしたんですか?」
 母親は男の子の背中を摩りながら、事の次第を語り始めた。
 男の子は母親の傍らで、キジトラを抱えながら砂遊びをしていたらしい。
 するとそこへ藤木が現れ、自己紹介を手短に終えると言ったそうだ。

「実は、お子さんが抱っこされているようなキジトラの猫を飼い主の方から探すように頼まれておりまして」
「はい。そうですか」
「この猫はお宅様の飼い猫ですか?」
「いいえ。ウチのマンションはペット禁止ですから」
 藤木は母親に指名手配チラシを見せた。
「この写真の猫とお子さんが抱っこされている猫。同じに見えませんか?」
「そうなんですか?」
「そっくりです」
「はぁ…」
「申し訳ありませんが、飼い主に代わって私が連れて帰ります」
「はぁ?」
 藤木はゲージの扉を開け、砂場を囲むコンクリート製の縁の上にゲージを置いた。
「少し待って頂けませんか。私とこの子はもう直ぐ家に帰ります」
「はい」
「せっかく仲良く遊んでますし。もう少し遊ばせてやってもらえませんか?」
「ダメです」
 藤木、冷たく即答。
「この猫は逃げ足が早いんです。今のうちに捕まえて置かないと、この先が困るので」
 藤木はキジトラキャットが眠っている隙に、半ば強引な仕草でキジトラの奴を抱きかかえると、それを猫ゲージに入れた。
「あなた。何をするんですか?」
 母親、凄い剣幕。
 男の子、吃驚して号泣。
「ちょっと、あなた待ちなさいッ」
 藤木は男の子の母親を振り切るように砂場を後にした。

 男の子は泣き止んだが余程怖かったのだろう。親指を銜えて周囲をキョロキョロ目玉だけで追っている。
「ひどい事をする奴だねぇ。怪我は無いかい?」
 真由美さんは母親の隣に腰掛けると、彼女の背中を摩りながら言った。
「怪我はないみたいだねぇ。良かった、良かった」
 キジトラの奴を藤木さんに連れ去られた後にも関わらず、真由美さんは男の子の母親を労り、男の子に話し掛け続けた。

 子供が無き止むと、母親は男の子を乳母車に乗せて歩いた。
 二人を見送りながら、真由美さんは呟くように言った。
「ふん。どうせまた、時間の問題だよ」
           *
 午後。
 坂本園のお店はちょっと険悪な空気に包まれていた。
 藤木がキジトラの奴の指名手配チラシを剥がしにやって来た。
「今回も猫探しにご協力を賜りまして、ありがとうございました」
 僕を遮るように真由美さんが言った。
「別に協力なんかしてないよ」
 指名手配チラシを剥がし終えた藤木は、ニコニコ顔で振り向いて言った。
「このチラシをここに貼らしてもらうだけで、十分協力頂いてますから」
「ふーん。そうかい」
 余所余所しく白けた空気。
「ところで、あの猫。ここの看板猫みたいですね」
「看板猫?」
「SNS。フォローさせて貰ってます」
「おや。それはありがとう」
「一昨日も写真、アップされてましたね」
「…」
 藤木は真顔ではないけれど、にこやかだからちょっと不気味だ。
「誤解しないでください。私は坂本さんのSNSの純粋なファンです。だから写真のアップを楽しみにしてますから」
「でも。もうそれも叶わないねぇ」
「そうなんですか?」
「あの猫も飼い主の元へ戻ったからね」
「まぁ。それは確かにそうなんですけどね」
 藤木はそれまでとは違って、口元を上げてニヤッと笑った。
「また脱走するみたいな口ぶりだね。あの猫、飼い主をそんなに嫌っているのかい?」
「さぁ、どうでしょう。私は猫じゃありませんから」
「確かにそうだ。でも不思議だね。虐待するような飼い主でもなさそうだし。むしろ溺愛している雰囲気で猫冥利に尽きる暮らしぶりだろうにさ。なんで逃げだすのかねぇ?」
 藤木は真由美さんをちょっと見つめると、静かに言った。
「猫って。そういう動物でしたっけ?」
 真由美、ちょっと間を置いて苦笑。
「あんたもそう思うかい?」
「さぁ。僕は猫じゃありませんから」
「まぁね」
「逃げれば、猫探しっていう私のビジネスチャンスの機会を得られるだけです」
「そうかい。仕事頑張って下さいな」
 店を出て、次第に遠のく藤木の背中を見ながら真由美さんは呟いた。
「時間の問題だね」
            *
 数日後。
 坂本園でお茶を飲んでいる僕と真由美さんの前を、キジトラキャットの飼い主の女性が猫ゲージを片手に通り過ぎて行った。
 奴の顔がワザと見えるようにゲージを向けて、ドヤ顔で彼女は悠然と通り過ぎる。
 僕はちょっとムッとしたが、真由美さんは平気の平左。
 素知らぬ顔でお茶を飲んでいる。
「あいつ…」
 飼い主の背中を見送る僕に真由美さんは言った。
「きっと今夜。決行だね」
 真由美さんは、それが我がことの如く不敵な笑みを浮かべた。
            *
「あっ…」
 翌朝。
 SNSを見ていた僕は、真由美さんのそれを見て思わず声を上げた。
 …キジトラキャット…
 アップされた写真に添えられたメッセージは刺激的だった。

『ESCAPE AGAIN』

 …えっ。こんなこと書いちゃって大丈夫かよ…
 でもキジトラの奴、元気そうで安心した。
            *
 次の日、僕は開店直後に坂本園を訪れた。
 既に藤木も来ていて、例の場所に指名手配チラシを貼っている。
 彼は何故か嬉しそうだった。
 真由美さんは、いつもの場所で悠然とお茶を飲んでいた。
「おや。いらっしゃい」
 キジトラキャットの奴はテーブルの上で身を横たえて鼻提灯を作りながら眠っている。その姿には脱獄に成功した大物の貫禄と余裕すら漂っていた。
「タダ茶かい?」
「…」
「支度してあるよ」
 真由美、茶を啜る。
「まぁ、座ってゆっくりしなよ」
 言われるがまま席に着くと、僕は真由美さんが入れたお茶を飲んだ。
「いつ戻って来たんですか?」
「昨日の夕方。フラッと来てね。いつものことだよ」
「いつものことって…」
 指名手配チラシを貼り終えると、藤木が振り向いた。
「貼り終えました」
 彼は普段以上にニコニコしている。
「おや、そうかい。御苦労さん」
 僕は、彼と爆睡中のキジトラの奴とを交互に見た。
「ここに座って、お茶でもどうだい?」
「ま、真由美さん…」
「そうですか。ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
「えっ。ちょ、ちょ、ちょっと待って」
 二人は目をパチクリさせながら僕を見ている。
「真由美さん。良いんですか。藤木さんは、こいつのを…」
 キジトラの奴を指さしながらそういう僕に答えたのは藤木だった。
「ご心配なく。今日は、この猫ちゃんを捕まえたりしませんから」
「はぁ?」
「ここに来れば遭遇率が高いことが確認できましたから。タイミングを見て捕まえさせてもらいますよ」
「タ、タイミングって何ですか?」
「直ぐに捕まえて飼い主の所へ戻したら、この人の商売にならないだろう。多少は、探した振りをしないとありがたみがないだろう」
 藤木、キジトラキャットの目の前に座ってお茶を飲んだ。
「いやー、ここのお茶は本当に美味しいですね」
「そうかい。好かった。ゆっくりしな」
 キジトラ、爆睡。
 …こいつら、つるんでるのかよ…
 そう邪推するものの、キジトラの奴まで加担しているとは思えない。
「ひょっとして、あたし達がつるんでるとでも思っているのかい?」
 真由美さんは僕の心を見透かすように言った。
「そんな後ろ暗いことなんかしてないよ」
「…」
「そうだろう?」
「はい」
 ごく自然に肯定した後、藤木は更に言った。
「予定調和です」
 …だから、それをツルむと言うんだッ…
 僕がそう言おうとした矢先、突然店のドアが開いた。
「あんたたち。やっぱりグルだったのねッ」
 三人の視線、ドアへ。
 そこには、仁王立ちする飼い主が立っていた。
 ポカンとした間合い。
 キジトラの奴の寝息。
 湯の沸く音。
 茶を啜り湯呑を机に置くと、真由美さんは言った。
「いらっしゃいませ」
 真由美、微笑み。
 藤木がお茶を呑みこむ音。
 僕、ハラハラ。
 飼い主は、真由美さんと藤木とを交互に睨んだ。
「一体。これはどういうことですか?」
 藤木はちょっと身を固くして彼女と視線を合わさない。
「オカシイと思ってたのよ」
「?」
「…」
「(意味不明の発汗)」
「あなた。マックちゃんの外出を見計らって捕まえて、ここに預けてたのね」
「マックちゃんって、何だい?」
「マック…」
 僕の脳裏にスティーブ・マックイーンの顔が浮かぶ。
「いやぁー。流石にそこまでは…」
「そこまでって、どこまでよ。あなた、やっぱり脱走の手引きしてたのね」
「いやいや。脱走の手引きだなんて…」
「やってないって言うの?」
 大脱走のワンシーンが僕の脳裏を駆け巡る。

 ゲシュタポの制服に身を包んだ飼い主。
 彼女の気を逸らす藤木。
 ゲシュタポから奪ったトライアンフに跨るキジトラキャット。
 エンジンの爆音。
 キジトラの奴を手引きする真由美さん。

 …あぁ。イカン、イカン。こんな妄想を楽しんでる場合じゃない…
「じゃあ、あなたですねッ」
 飼い主は、真由美さんを指さした。
 憶することなく飼い主を直視して、真由美は言った。
「この猫に対して『手引き』なんて芸当が通用するとでも思っているのかい?」
 二人の女の視線がぶつかり合い、見えない火花がバチバチ。
 だが対峙に負けて、視線を逸らしたのは飼い主だった。
「…」
「どうやら、解ってるみたいじゃないか」
 飼い主、唇を嚙みしながら真由美さんを睨む。
「この猫は、誰からの束縛にも屈しない子だよ。例えそれが、あたしだろうとね」
 キジトラキャットの奴が、突然目覚めた。
 大欠伸。
 身を横たえたまま背伸びをし、身体をブルッと震わせる。
「ともかく。今日は、ウチのマックちゃんを連れて帰りますからッ」
「どうぞ」
「それと、藤木さんッ」
「ハイっ」
「今回のお支払いは致しませんから。そのお積りで」
 藤木、何も言えず肩を落とす。
 キジトラキャットの奴はノー天気な顔つきで人間たちのやり取りを眺めている。
「マックちゃん」
 キジトラ、気の抜けた生返事のようなミャーオ。
 四肢で立つと、再び身体を大きく震わせた。
「帰りましょうね」
 飼い主が手を伸すと、奴はすこし遠ざかる。
「あら。どうしたの?」
 更に手を伸ばすも、奴は遠ざかる。
「おウチに帰って、朝ごはん食べましょね…」
 飼い主は苛立ち気味に一層手を伸ばす。
 僕、ちょっと嫌な予感。
 真由美さん、チラ見。
 藤木、内心でヤバいと思う気持ちが顔に滲み出る。
 飼い主の手がキジトラの奴の身体に触れようとした瞬間、奴は即座に身体を反転させてるや飼い主の手に鋭い爪を向けた。
「ギャァァァーッ」
 キジトラキャットの甲高い威嚇。
「きゃぁぁぁーっ」
 飼い主の小さな悲鳴。
 二つの声が重なった。
「こらッ。キビ助。止めな」
 真由美さんは、咄嗟にキジトラの奴を抱きかかえる。
「危ないッ」
 藤木も咄嗟に飼い主を庇おうと、彼女とキジトラの奴との間に割って入った。
「痛てぇッ」
 藤木の手の甲に三本の爪痕。
 そこから血がにじみ出した。
 飼い主は、藤木の手の甲を無関心にチラ見すると、彼を押しのけた。
「マック、ちゃん…」
 力なく飼い猫の名前を呼ぶも、真由美の懐に納まって彼女を睨み続けるキジトラキャットを目の当たりにして言葉を失った。
 飼い主は溜息を大きく漏らした。
ガックリ項垂れ、上目遣いにキジトラの奴をジッと見つめる。
「もう。結構です」
 それだけを言い残して、彼女は店から出て行った。
            *
「痛いっ」
 藤木、消毒が沁みて眉間に皺。
「我慢しな」
 傷口の手当てをしながら真由美さんは言った。
 キジトラの奴は、テーブルの上で猫座りして二人を見ている。
 手当の間、藤木はキジトラの奴と飼い主との経緯を語って聞かせた。
 捨て猫だったらしい。
 保健所で殺処分スレスレだったところを、飼い主だった彼女が引取りを申し出た。
 だから彼女は、キジトラの奴の命の恩人ということになる。
「飼い主の女性とキビ助を仲介したのが、あんただったんだね?」
「そうです」
 飼い主の彼女。
 南台公園と道路を隔てて隣接する高齢者福祉施設近くのマンションに住んでいるらしい。
「善い人なんですが、猫に対する思い入れが少々強い方でして」
 今住んでいるマンションに越してきたのは今年に入って直ぐだったようだが、その引っ越しの理由が猫だったらしい。
「前のお宅で十二年飼っていた猫が居たらしいんですが去年の秋口に亡くなり。その猫との思い出が辛くて引っ越されたそうです」
 オスのキジトラだったらしい。
「猫は飼わない積りだったそうです」
 でも、寂しかったのだろう。
 だからペット可の賃貸マンションを選んだようだ。
「北海道のご出身でご両親も健在らしいんですが、パンデミックの影響で帰省できず。年末年始の外出規制でかなり落ち込まれたそうです」
 寂しさを埋めようと猫サイトを見る内に藤木が主催する『えんまん』のサイトに辿り着いたそうだ。
「そこでキビ助を見つけたのかい?」
「はい。運命の出会いを感じられたそうです」
「やれやれ…」
 手当を終えて救急箱を片付けながら真由美さんは、呟くように言葉を漏らした。
 坂本園のことや真由美さんのことはSNSで知ったらしい。
「まぁ。猫、大好きの人ですから。坂本さんが写真をアップされた、割との初めの頃から知っていたみだいです」
「だったら、直接ここに来た方が早いと思うけど」
「それができない人なんだよ」
「真由美さんの仰られる通りです。それもあって当方に依頼があったと言う訳でして」

『世間様に知られるってことは善いこともあるし、悪い事も引寄せる。気に病むともないけどさ、ウカウカもしてられないよ』

 僕は、以前に真由美さんがそう言っていたのを思い出した。
「でも解らないなぁ。可愛がってた猫なんですよね」
「はい」
「嫉妬だね。あたしに懐いてるのが悔しかったのさ」
 藤木、苦笑い。
「勘違いも甚だしいよ。この猫は誰にも懐かないのにねぇ」
 真由美さんはお茶を啜り、続けて言った。
「でも、あの人も寂しかったんだろうよ。きっと」
 真由美、ポツリ。
「誰と一緒だって、独りぼっちが紛れることなんて無いのさ」
「…」
「…」
「そんなご都合をキビ助に背負わせちゃ、気の毒だよ」
 真由美さんはそう言って、キジトラキャットの額を指先で撫でた。
            *
 あの騒動から二週間が過ぎた。
 あれ以来、飼い主は僕らの前に現れることは無かった。
 キジトラの奴は相変わらず坂本園に来ては餌をねだっている。
 真由美さんの朝の散歩にも付いて来て、僕らの会話を聞きながら居眠りをするのが日課となっていた。たまに砂場で、自分の事を家来だと思っている男の子がいると家臣宜しくその男の子の元へ出向いて身体を寄せて一緒に過ごした。
 その日も例の男の子を見つけ、砂場へ軽快な足取りで向かった。
 この二週間の間に真由美さんに一つの変化か生じた。
 朝、僕が真由美さんに中国語を教え始めた。
「亭主が死んで二十年になるんだよ。一人暮らしも退屈でね。中国語の一つも話せるようになって、老板さんを驚かしてやろうと思ってね」
「イー、アー、サン、スー」
 太極拳体操の掛け声と真由美さんの四声がハモる。
 突然、キジトラの奴がひょいとテーブルの上に飛び乗り、僕の閉じたノートPCの上で寝そべった。
 砂場を見ると、男の子を乗せた乳母車の傍らに立っている母親が、こちらを見ている。
 どうやら、家に帰る時間らしい。
 男の子の母親軽く会釈すると、乳母車を押して歩み始めた。
「ウー、ルー、チー」
 そうそう。
 変化なら、もう一つ起きていた。
 居眠りを始めたキジトラの奴に首輪。
「真由美さん。飼うことにしたの?」
「そんな気は無かったんだけどね」
 一昨日、藤木氏が店にやって来て、元の飼い主がキジトラの所有権を放棄したと告げたそうだ。
「また、猫を飼う積りなのかなぁ?」
「猫は懲りたらしいよ。それで今度は犬にするらしいって、藤木が言ってたよ」
「犬ねぇ…」
 僕は何故かその時、渋谷駅前の忠犬ハチ公の像を思い出した。
 …あんな関係になってくれると良いけど…
 なんとなくそんな風に僕が思っていると、真由美さんが吐き捨てるように言った。
「所有権の放棄って。勝手なもんだ」
「まぁ、キビ助には良かったんじゃないですか?」
「そうなんだけどねぇ…」
 真由美さん、ちょっと浮かない顔つき。
 キジトラの奴は晴れて自由を得た訳だけど、権利の行使と享受は簡単ではないらしい。
「ウチで餌をやるのは良いんだけど、野放しにしてると保健所に持って行かれるんだよ」
 そんな訳で坂本園の連絡先を記した首輪を付けることにしたそうだ。
「縛る積りはないけど。身元引受人ってところかね。正直言って、この歳でそんなお役を買って出ちゃうと無責任なんだけど。取りあえず仕方ないね」
 真由美、苦笑。
「キビ助を看取るまで、あの世に居る亭主に会えないことになっちゃったよ」
 そう言って真由美さんは、指先でキジトラの奴の額を撫でた。
 目を閉じたままキジトラの奴は欠伸をし、身体をブルッと震わせる。
 その拍子に首輪の鈴が揺れ、澄んだ音が公園に響いた。


(END:「楽趣公園 ―猫空(Mao Kong)―」)
(次回作:「楽趣公園 ―baby carriage―」)
(次回作アップ予定:2021.11.22予定)

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