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「蟲。おらんかねぇ…」 それは、鈴の音を鳴らしながら道を行く虫籠売りの男の声だった。 風変りな様相の男だった。 編み笠を被ってるいるので顔は見えないが、声の感じからすると三十前後と思われた。背は高いようだが痩せた体つき。歩く姿は案山子に思えた。 「蟲。蟲はおらんかねぇ…。虫籠も沢山あるよ。籠に入れる蟲、おらんかねぇ…」 何とも珍妙な商い口上である。 「虫。虫って。籠なんて売らないで虫売りとなれば良いのに…」 彼女は通りに面した二階家の窓辺に腰を下ろし、眼下を過る虫籠
酒場 扉を開けて店主の親父と目が合うと、奴はちょっと困った眼差しで俺を迎えた。 「いらっしゃい」「混んでるようだな」「珍しいよ。今日は、この時間から混んでるんだ」「まだ夕方の6時前なのにな」「こんな事、滅多にない」「そうだな」「親父。ビール2本」「はいよ」「親父。出直すわ」「あァ。ちょっと待て、待て」「また来るよ」「まぁ待てって」 縄暖簾越しの町は夕陽で深紅に染まる。 それとは対照的にビルの陰は闇に霞む。 「今さ、席を用意してるから」「でも、いっぱいだ