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【NAJAT代表・杉原浩司さんインタビュー】「死の商人国家」批判で話題に 「軍需産業強化法」の成立で進む日本の戦争経済化

盛り上がる入管法の改悪反対運動を尻目に、ひっそり通された「軍需産業強化法(正式には「防衛生産基盤強化法」)」。大手メディアが無視を決め込む中、参考人質疑で舌鋒鋭く批判した杉原さんの動画がネットで大きく拡散され話題となった。この法律のなにが問題なのか、岸田政権の暴走政治に平和運動はどう対峙すべきなのか伺った。(編集部・朴偕泰)

「武器取引反対ネットワークNAJAT」代表・杉原浩司(すぎはらこうじ)さん

平和構想提言会議メンバー。「緑の党」脱原発・社会運動担当。
共著に『亡国の武器輸出』、『武器輸出大国ニッポンでいいのか』。

──悪法が一挙に通されてしまいました。
杉原…野党がしっかりしていたころの国会であれば、これだけの悪法が一斉に審議されることはありませんでした。いまは維新・国民民主がほぼ与党のような位置に立ち、軍拡や入管法改悪の面では与党より酷い議論をしています。立憲も結党当初から比べて立ち位置がぶれており、非常にふがいない状況です。
 これだけ一気に審議となると、市民運動も限られた力量を分散せざるを得なくなり、非常に対応が厳しい国会でした。今国会に出された悪法が全て通ってしまったことは、私たち市民の歴史的な敗北です。今回の教訓を汲み取って、同じことをさせないように市民運動内部や立憲野党とも話し合うべきです。

  ──今国会を振り返って
杉原…改定された安保3文書を具体化するための軍拡財源確保法は、今国会で政府が最重要法案と位置づけていました。法案自体は成立してしまったものの、維新・国民民主が増税反対の立場で法案に反対したこともあって、審議時間はある程度確保されました。
 一方、軍需産業強化法の実質審議時間は衆議院と参議院で合わせて10時間に過ぎません。立憲が法案に賛成したことも大きく、メディアの注目度も非常に低かったです。
 軍需産業強化法では、軍需産業の撤退を防ぐためにサイバーセキュリティの強化や設備の更新などに税金を投入して、手厚い保護の対象にします。また、それでも撤退する工場や設備の一部は国有化するという、戦前の工廠(軍隊直属の軍需工場)の復活にもなりかねないような、歴史的転換を画する法律です。
 軍需産業保護という美名の下に、私たちの税金をつぎ込み、死の商人国家に進みかねない武器輸出を促進していくという意味で問題があります。

──軍需産業強化法への賛成理由として「利益率が低く撤退している企業が多い」というものがあります。
杉原…よく「20年で100の企業が軍需産業から撤退した」と言われています。大手でいえばコマツや島津製作所などです。これがなぜ起きているのか。理由として大きいのは、アメリカを中心とする海外の高額な武器を爆買いし、そのことで日本企業のシェアが狭まってきたことです。
 今回の法案では表向きは、アメリカの武器に予算を割くことを減らして国産武器を重視するという風になっていますが、実際は違います。3月28日に成立した防衛予算を見ると、アメリカの武器の購入費が昨年から比べると4倍に増えて、1兆4千億円になっています。かつて安倍政権がトランプのセールスを受け入れて武器を爆買いして世論から批判が噴出しましたが、その時ですら最高7000億円でした。
 また、利益率の低さを改善するのにこの法律は必要ありません。日本の防衛産業の利益率が低いのはその通りで、平均3%となっています。一方で、利益率を引き上げることは行政の裁量でできなくはないことで、立法する理由にはなりません。

──軍需産業強化法では軍需企業の従業員に守秘義務が課されることになりました。
杉原…今までの特定秘密保護法の守秘義務は、防衛省など省庁の官僚や自衛隊員が対象でした。それを今回、軍需企業の従業員にも罰則を適用することになりました。しかしこの法律には「立法事実」という、法律が必要となる根拠が存在していません。赤嶺政賢議員(共産党)が国会質疑で、これまでに軍需企業の従業員が情報漏洩をした事例を聞くと、30年近く前に1件あったのみでした。
 この間そうした立法事実のない法律が多くなっています。土地規制法でも、基地や原発周辺の土地が外国資本に狙われているから必要だと言っていましたが、そもそも土地規制法で売買を規制できるわけではありません。
 今年2~3月に行われた大軍拡予算の質疑でも、政府は大事な数字をほとんど出してきません。国会質疑で問われて、ようやくトマホーク(ミサイル)の一括購入の数は明らかにしました。
 ただでさえ私たちの知る権利は侵害されているのに、さらに情報が出てきづらくなり、本当にこの武器が必要なのかという議論をする前提がさらに崩れていくというとんでもないやり方です。私たちは「企業版秘密保護法」と批判していましたが、そういう問題点もほとんど人々に伝わらずに成立してしまいました。

「死の商人」批判に怯える軍需企業

──参考人質疑で「死の商人」という言葉を使われて話題になりました。
杉原…「死の商人」は歴史の古い言葉ですが、現状の日本でもまだまだ効き目があり、軍需企業や武器輸出を批判する言葉の中では最強であり続けています。
 私たちは2015年12月に「NAJAT」を結成して、様々な取り組みをしてきました。とりわけ軍需企業に対して武器輸出や武器開発をやめさせるために、企業の社長宛てのはがきを組み込んだアクションシートというものを作って送るという取り組みをしてきました。そこでも「死の商人」という言葉を使ってきました。実際に企業の側からも、「死の商人」という言葉を使ってほしくないという反応が返ってきています。
 日本の軍需企業は、諸外国の名だたる軍需企業と比べると軍事部門の比率が小さいです。世界最大の軍需企業であるアメリカのロッキード・マーチンや、イギリスの巨大企業のエルビット・システムズなど、武器輸出をやりまくっている巨大軍需企業であり戦争犯罪企業の活動は、8~9割が軍需です。軍需専門と言ってもいいです。一方、日本の軍需企業は三菱重工や川崎重工でも、せいぜい一割前後です。
 世の中ではほとんど軍需企業と見なされていない三菱電機や東芝、NECでは数パーセントしかありません。そういう企業は「死の商人」と批判されることによって民生部門の営業にも影響を及ぼされることを恐れています。これはレピュテーションリスク(評判リスク)と言い、批判されることによって企業取引に影響を受けるリスクを指します。
 こういうこともあって、参考人質疑では「平和国家から死の商人国家に堕落するな」という、二重に強い言葉を使って批判しました。本音では日本を「平和国家」と言うのもはばかられるのですが、この際戦略的に使おうと思い強調しました。
 すると国防族の松川るい議員(自民党)が反応して「企業を死の商人と後ろ指を指すことはあってはならない」と批判してきました。これに対して私は、「後ろ指を指されるようなことをやらせようとしているのは与党や軍需産業強化法案に賛成している会派ではないか」と反論しました。これまで軍需企業は自衛の範囲で武器を作っていましたが、これからは敵基地攻撃や武器輸出に使われることによって、自分たちの作った武器が他国の人を殺傷することになるかもしれません。こういった状況に追い込んでいるのは政治家たちです。

アベマの討論番組に松川るい議員と出演

──参考人質疑を終えての感想は
杉原…普段の国会質疑は事前に質問通告をして官僚が答えを書くという、ある意味出来レース的な側面が否めません。参考人質疑はぶっつけ本番で、緊張感のある質疑がなされ、非常に重要な機会だと再認識しました。市民運動をされている人たちを、これからもどんどん呼んでほしいです。

──ウクライナへの武器支援はどう思いますか
杉原…私は日本に限らず、あらゆる武器取引に反対しています。軍需企業が紛争の助長・加担で儲けることに強く反対の立場で活動してきました。
 しかし今回、ロシアがウクライナへ攻め込んで残虐な戦争犯罪を繰り返している中でウクライナの人々は、自分たちの生存や国の在り方や暮らしを守るために、武装も含めた抵抗を選択せざるを得ない状態にあります。
 多くの人々がその道を選び、その中でゼレンスキー政権がアメリカをはじめ西側の国々に対して武器支援を要求しています。この構図の中で、ウクライナの人々の武装抵抗を否定することはできないし、そこから要求されている一定の武器支援を丸ごと否定することもできません。
 もし西側諸国が武器支援をしていなければ、おそらくウクライナはロシア軍によって攻め込まれ、ブチャやイジュームなどで起きたような残虐な虐殺がもっと広い地域で行われ、ウクライナはロシアの手に堕ちて傀儡政権が樹立されていたでしょう。さらにはその侵略が隣国のモルドバやバルト三国にまで拡大することすら想定されます。
 武器取引に反対してきた人間が武器支援に反対できないというのは矛盾していると取られても仕方ないし、非常に苦しい態度表明でした。それでも、殺され拷問されレイプされ誘拐されているウクライナの人たちのように、最も厳しい状況に置かれた人々の側に立って物事を判断すべきだというのが私の基本的なスタンスです。

「9条守れ」より、個別具体的な戦争政治批判を

──ヘルメットをウクライナへ送ったことは当然だという意見があります。
杉原…ウクライナが侵略されている中で、ヘルメットや防弾チョッキを支援するのは当たり前のことだと思う人は多くいます。こういう状況の中で「送ってはいけない」と言い切るのは非常にハードルが高い。
 しかし、そこで口を閉ざしてしまうと、「人を殺傷しない防空システムもいい」などとずーっと線が動いていってしまい、政府の恣意的な線引きを認めてしまうことにつながります。日本は紛争を助長しないという原則に従って、「武器については一切出さない」と線を引かないといけません。

──ウクライナ戦争の停戦へはどのようなアプローチがありますか?
杉原…一日も早くロシア軍の撤退を最低限の条件にした停戦が必要であるし、そこに向けた外交的な解決の努力がもっとなされるべきだと思います。とりわけ中国がプーチンに対して「戦争やめろ」と言い、経済的支援をしないという強い態度表明をすべきです。そのためにアメリカやヨーロッパ、日本も含めて、中国に対しての働きかけを強めていくべきです。
 日本については、サハリンからの天然ガスという戦争の資金源になるような輸入を止めていない。経済的には苦しい選択になるかと思いますが、天然ガスを止めるということをやっていくべきです。

──「武器取引反対」というテーマは日本の社会運動では珍しいです。
杉原…日本の平和運動は、良くも悪くも「憲法9条守れ」という非常にラディカルな理念に基づくものが主流です。この運動は弱点として、現実に起きている具体的な軍拡や武器輸出入の問題に丁寧に対応することができてきませんでした。
 その現われが、軍需産業強化法に対して大手の組織がほとんど取り組みもしなかったという結果だと思います。私たちがやっている武器取引反対の運動は日本の中では少数派ですが、現実に起きている政府の大軍拡の中ではメインストリームだと思っています。
 たしかに明文改憲阻止も重要なんですけど、そうこうしているうちに実質的な解釈改憲が終わってしまいかねないというのが今の情勢です。これから5年10年かけて行われる大軍拡に対応できずに終わってしまう。だから運動としては2本立てで行い、それも「解釈改憲反対」を2/3くらいの力でやらないと、とても対応しきれません。
 まだ遅くありません。軍拡財源の目途はたっておらず、武器開発もこれから3~5年、もっとかかるものもあります。市民運動が態勢を整え、もっと力の強いネットワークを築き上げていくことが必要です。気候危機や入管問題など、他のテーマの運動とも繋がり、ここぞという時は一緒に運動に取り組むなど、横のつながりも強めて押し返すことが重要です。(了)

(人民新聞 2023年9月5日号掲載)

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