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【トルコ大統領選】エルドアン再選と政権交代できなかった野党連合

神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程後期課程 関 颯太

共和国建国100年の節目に行われた大統領選挙と議会選挙

 5月14日、トルコで大統領選挙と議会選挙が行われた。結果は強権的な長期政権を続けるエルドアン現大統領の勝利に終わり、野党候補の筆頭格クルチダルオール氏が敗北した。日本でも大きく報道された。
 筆者は、与野党の選挙活動を現地調査した。本記事では、イスタンブルで行われた野党連合の集会に参加した際の様子を報告し、選挙結果を踏まえて今後のトルコ政治の展望について考察する。       (文中敬称略)

エルドアン大統領

 2002年からトルコ政権を握るエルドアンの公正発展党は、当初、EU加盟を標榜し、政治経済の自由化改革を推進した。だがEU加盟プロセスの停滞と、国内での政権基盤の固定化にともない、メディアの統制、政治的反対派への弾圧、表現の自由や学問の自由といった基本的人権の制限、エルドアンへの権力集中といった点に、国内外から批判が寄せられるようになった。
 近年、トルコでの選挙は、主に情報の非対称性の面で与党に有利のため、自由ではあるが不平等だ、と指摘されている。
 たとえば、トルコの主要メディアのほとんどが、エルドアンの支持者である企業経営者に買収されている。4月には、国営テレビがエルドアン大統領に関する報道に32時間を費やす一方、対立候補のことは32分しか報道しなかった。
 そのような逆境にありながら、これまでも共和人民党をふくむ野党は与党に対抗してきた。それでも国政の行方を左右する主要な選挙では、有権者から十分な支持を得ることができずにいた。
 しかし、共和国建国100年の節目となる歴史的で重要な2つの選挙に臨むにあたり、主要野党は議論を重ねる。共和人民党は、イデオロギーや支持層が異なる5つの野党と、過去最大の規模となる選挙連合を組んだ。そして、より民主的な議院内閣制への移行といったトルコ政治の変革を訴えながら、国内主要都市やSNSで選挙活動を盛んに展開し、有権者に支持を求めた。
 こうした野党提携の実現に加え、経済の低迷や物価の高騰、2月に起こった南東部の震災への対応の遅れもあり、今回の選挙はエルドアンにとって最も苦戦を強いられるものと見られていた。

「権利・法律・公正!」

 5月6日、イスタンブルのマルテペにある野外の会場で、野党連合の集会が開かれた。
 6野党の党首に加え、共和人民党のイスタンブルとアンカラの市長が演説を行った。両市長は、2019年の地方選挙で与党候補者を破って当選しており、大統領候補としての出馬にも期待が寄せられていた。だが、最終的には共和人民党の党首であるクルチダルオールが統一候補として擁立されるに至った。

野党候補のクルチダルオール氏

 イスタンブルの政治集会では、演説に応える形で参加者が野党側のスローガンを一斉に叫ぶ光景が何度も繰り返された。たとえば、「権利、法律、公正」「すべてがもっと素晴らしくなる」などだ。
 特に後者のスローガンは、イスタンブル市長のイマムオールが2019年の市長選の際に掲げたものだ。選挙戦の中で、同氏の勝利を望む支持者やイマムオール自身からしきりに発せられていた。
 これは、この市長選も与野党の非対称性に彩られていた。2019年3月31日の投票で、イマムオールが最多得票者となる。しかし、高等選挙委員会が選挙無効の決定を下し、同年6月に再選挙となった。だが、イマムオールはその逆境をはねのけ、経験豊かな前首相である与党候補を、3月よりも高い得票率で再び破り、市長に選出された。
 イマムオールのマルテペでの演説の内容は、2019年にイスタンブルで与党を破ったときのことを聴衆に想起させ、「今度は同じことをトルコで起こそう」と力強く語りかけるものであった。

アンカラ・タンドアン広場での集会
市長や市民の勝利への意気込み

 投票2日前の5月12日、首都アンカラで、6野党連合による最後で最大の政治集会が行われた。
 演説は、アンカラ市長であるマンスル・ヤヴァシュから始まった。ヤヴァシュは、「敬愛するアンカラ市民の皆さん」と、2019年の市長選挙で自身を当選に導いた集会参加者に呼びかけた。参加者のアンカラ市民たちは、ヤヴァシュ市長の演説の熱意に応え、集会は開始から盛り上がりを見せていた。

アンカラ・タンドアン広場

 野党連合の集会は、6野党の党首に加え、イスタンブルとアンカラの市長も登壇するため、数時間に及ぶ。しかも、前日までトルコ各地で選挙活動を行っていた各党党首のアンカラへの到着が遅れたため、集会は開始時刻が過ぎてもなかなか始まらなかった。そのため、一部、体調不良や子連れのために途中で会場から抜ける参加者も見られたが、大半の聴衆はその場に何時間もとどまり、演説に耳を傾け、声を合わせてスローガンを唱え、旗を振って、演説者に応えた。
 最後に登壇した、野党候補の筆頭格のクルチダルオールの演説からは、「トルコを変える」「私達は勝つ」という強い意気込みと熱意を感じた。
 共和人民党とクルチダルオールを長らく支持するトルコ人に意見を尋ねたところ、「クルチダルオールが2000年代初頭に、イスタンブル選出の国会議員として公正発展党の市長らの汚職を糾弾したときのような、エネルギーと行動力を感じる」と語っていた。
 アンカラでの政治集会で、大統領官邸を「人々の」大統領官邸と呼び、「私たちみんなで官邸に向かって歩きましょう!」と集会参加者に呼びかけていたことは、トルコ人でもトルコの有権者でもない自分の心にも、とても強く響いた。
 今回の選挙でトルコを変える、私たちは勝つんだ、という勢いと熱量が会場を包んでいた。野党はようやくひとつになって、自由とお互いのことを尊重し合えるトルコを取り戻すんだ、という力強い気概に満ちた雰囲気で、集会は幕を閉じた。

敵対や差別煽るエルドアン
分極化で野党勝利が困難に

 「(6野党の)集会に行ったのか?」。アンカラでの集会の帰りに利用したタクシーで、運転手に尋ねられた。集会で配られた6野党連合のスローガンが書かれた旗を持っていたためだろう。「そうだ」と答えたら、皮肉交じりに「ああそうかい、それは素晴らしいことだ」とぶっきらぼうに返答された。
 その後、レストランでも入店した矢先にお店の人から、「(6野党の)集会に行ったのか!?」と詰め寄られた。入店拒否や嫌がらせなどはされなかったが、レストランの店員たちやタクシー運転手は、6野党が打倒を掲げる現職のエルドアンやその選挙連合を支持しているのかもしれない。
 トルコでは、現政権を支持する人とそうでない人の間で、政治的な分断が進んでいる。与野党それぞれの支持者たちは、仲間同士では連帯を強める一方、自陣営にとっての「敵」を見つけると、あからさまに不快な態度を見せることもあり、異なる意見や立場に対する尊重はあまり見られない。政治集会で感じた非常に強い一体感と連帯感は、分断が進んだ社会のコインの表側の姿であり、その裏では、国民同士の対立が深刻化しているのだ。
 エルドアンは、選挙後の勝利演説で、親LGBTの権利擁護政策を掲げる野党を槍玉に挙げた。自陣営の支持者を固めることを目的としたエルドアン大統領の言説は、国民同士の分断や対立を深めることにつながっているのだ。
 他方、野党統一候補のクルチダルオールは、決選投票に向けて右派の支持を得るために反移民的な態度を示しはしたものの、選挙公報動画では、「お互いを傷つけず、異なる人をありのままに愛し、尊重し、距離を置くのではなく、抱擁し合うトルコにすることを約束します」と宣言していたのだ。
 通常、政治学では、経済危機やインフレ、災害発生時の政府の対応の遅れなどの政府の業績悪化は、政権交代を促す要因の一つだと考えられている。だが、そうならなかった今回の選挙結果は、トルコにおける分極化の深刻さを物語っている。

与党からの利益と野党への嫌悪感

 選挙結果を踏まえ、与党の勝因や野党の敗因については、今後、詳細な分析が必要となる。しかし、現地での調査やこれまでの研究の指摘から、現時点での仮説を示すことはできるだろう。
 たとえば、過半数の国民がエルドアンに投票している理由を分析してみよう。エルドアン政権の業績悪化よりも、国民は与党が過去の政策からもたらした利益を評価した。また、野党とその政策、野党支持者に対する敵意や嫌悪感を抱いた。
 この仮定が正しければ、野党が魅力的な政策を有権者に提示し、野党共闘態勢を築いたとしても、国政選挙でエルドアンに勝利することは、今後も難しいものとなるだろう。

(2023年6月20日号掲載)

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