14年間の教員生活を振り返る その⑦
今日は最初の都立高校で実践した「国際理解」の授業実践についてお話したい。
私は歴史は好きだったけれど、でも一番教えたいと思っていたのは世界で今起こっている貧困や紛争や差別の問題だった。(だったら地理の方が近いんじゃないか、と言われたら確かにそうなんですけどね。まあそこはご縁かな。)国際理解教育が教えたいと思っていた。
国際理解教育の実践を深めようと、先生たちの研究会にも参加していました。1年目に初任者研修の一環として「国際理解教育研修」に参加して、そこで早稲田大学の山西優二先生に出会って、そこから武蔵野市国際交流協会の開いていた「国際理解教員ワークショップ」に参加して、色々なゲストを呼びながら、1年に1度100人ぐらい先生たちを招いて「国際理解教育教員ワークショップ」を開催していた。(面白くて素晴らしい人たちにたくさん出会った。そこで出会った人たちを招いて授業に来てもらった。)
教員になって1年目に赴任した都立高校で、一緒のタイミングで異動してきた割と年齢が上の女性の地理の先生は、なんと異動前は私の母校で教えていた。私の母校では「国際関係」の授業があり、私はそういう授業を教えたいと思っていた、その授業を前年まで教えていたということだった。
持ち時数の関係で、その地理の先生が総合的な学習の時間を持つことになっていた。それぞれの教科で総合的な学習の時間のための授業を設定していた。いわゆる受験のための「授業」ではないと言いながら、実質的には小論文を書かせたり、英文を読ませたり、という授業が多かった。そういう中で、地理の先生にお願いして「国際理解」の授業にして、一緒に私も持たせてくれないか、とお願いした。
世界史の授業はすでに十分に時間数があり、総合の時間も加えると持ちすぎぐらいになってしまう。でも「ぜひ、一緒にやらせてほしい」とお願いして、1年目は潜りの先生として、2年目からは「ちゃんと登録してくれた方が時間割に入れやすいから、持ち時間オーバーしても良いから登録して」と言われて持ち時間をオーバーして持たせてもらった。授業時数が増えても、自分がやりたいことだから全然気にならなかった。
世界の貧困・紛争・差別・環境などの問題に対して、どんなことを知っているか、どんな問題が実際にあるのか、なんでそれが起こっているのか、自分は何ができるのか、様々なアクティビティを入れながら話し合っていった。
沢山のゲストも招いた。バヌアツに行っていたJICA浦さんに来てもらって「日本人って面白いね。昨日と今日が変わるのが良いことだと思っているんだろ。俺たちは、『変わらない』ということが良いことだと思っているんだよ。昨日と同じような1日を今日も過ごしたいんだ。」と言われて「発展途上国」に「開発」を支援しに行った自分の目的を見失った話とか、写真家の高橋美香さんにパレスチナの話をうかがったり、Ubdobeの岡勇樹さんに言葉で喋れない人とのコミュニケーションの話を聞かせてもらったり、元キャバクラで働いていた美しい介護士さんに来てもらったこともあった。ホームレス支援をしている友人や、難民支援の国際協力している友人や、チュニジア人の学生など4年間の中でたくさんの人に来てもらった。
パレスチナとイスラエルの学生を招いて生徒と一緒に話を聞いたこともあった。イスラエル・パレスチナ学生会議という学生団体の皆さんにお願いして、東京にイスラエル人とパレスチナ人の学生が来ているタイミングで学校に来てもらって実際に現地の学生と話す時間を設けた。私はそれまでもパレスチナ問題については背景とか現状とか教えていたけれど、心情的にはどうしてもパレスチナ寄りで、実際にイスラエル人の学生とも話せたことで「イスラエル人の人にはイスラエル人の人で事情があるんだと分かった」と生徒は言っていた。(私は心の中で「事情があるって言ったってさ!」と思っていたけれど、そう思ってしまうのは私の問題なのでそこでは言わないでいた。)パレスチナに行った時の話と、パレスチナ人の友人に生徒へ向けての手紙を書いてもらった時の話はまた別の機会にすることにします。
私は色んな人を招くということが好きだった。生徒に色んな人に出会ってほしかった。学校の先生というのはある意味では、ある一定の枠の中にいる人たちであることも多い。学校が好きで、先生が好きで、それなりに色んなことをできて先生になったということもよくある。学校で先生として働く中で「きまりを守ることは大事」と(本人が心から望んでいなかったとしても)生徒に教えなくてはいけない立場ということもある。
先生からでは言えないこと、先生からは聞けないことというのが絶対ある、と私は思っていた。先生じゃない多様な人から話を聴くことで「こんな人もいるんだ」「こんな考え方もあるんだ」「こんな人生もありなんだ」と知ってもらえる。生き方も働き方も考え方も、様々だ。色んな生き方や考え方があって良いのだと生徒に感じてほしかった。自分が今思っている狭い枠組みを超えたところに新しい可能性があって、「こうじゃないといけない」という思い込みに囚われる必要なんてないってことを。
貿易ゲームをやって、世界の経済の仕組みについて考えたり、そこで起こる心理について感じたり、「あっては良い違い/あってはいけない違い」をみんなで並べてみてどう考えるかをディスカッションしたり、東京大空襲について戦災資料センターの山本さんと一緒に、被害にあった日本人と、捕虜として空襲を経験したアメリカ人と、重慶爆撃を受けた中国人の立場から考えるワークしたりもした。体験する事、自分たちで考えて話していくこと、色んな考え方に気づくことを大事にしていた。
1年間の最後の授業は「青い目/茶色い目」という有名な実験を実際に体験してみるクラスにしていた。(「青い目/茶色い目」はアメリカの小学校で目の色によって子どもたちの待遇を先生が変えて、それによって生徒にどんなことが起こるかを体験させるという実験的なクラスで差別について考えてもらうためのレッスンだった。)
生徒を名字によって2つのグループに分ける。山とか川とか自然の名前がついているグループとそうでないグループ。(もちろん、そんなの本当には分けられないのでこじつけな部分もあった。)
生徒には「最近研究者が新しい発表をして、名前に自然に関するものがついている人は、元々身分が低いということが分かりました。今日は見分けをつけるために名前に自然がついている人たちは赤い輪っかをつけてください。」とスズランテープを輪にしたものを渡す。
そして同じカテゴリーの人で集めてグループで「1年間の学びを絵にする」という課題を与える。この授業での学びを絵にする。
そして、それを生徒が発表する。その時に私ともう一人の先生で意図的に、自然と関している名前のグループの発表をけなす。「それって本当に1年間学んで言ってるの?」「なんかちょっとごちゃごちゃして見にくいよね。」とかって。そしてもう一方のグループをやたらと褒める。「やっぱり素晴らしいよね」「美しいね」「さすがだね」って。けなされた生徒たちはむっとしている。
そして「せっかくだから、自然に関する名前の人たちに何かやってもらおうよ。」と言う。「なんでも、頼んだらやってくれるはずだから、やってもらおうよ。何が良い?」と聞くと、生徒は戸惑いながら「…じゃあ、歌をうたってもらおうかな?」とか「じゃあ、掃除してもらおうか」と言う。それで1時間目が終わり。
2時間目は役割を入れ替える。「実はさっき休み時間に調べてみたら、新しい発表が見つかりました。自然に関する人は、エコロジーとつながる尊い存在だと今では言われるようになってます。自然と切り離された人たちよりも、自然とつながっている名字の人たちは偉いんです。」そう言って、赤いスズランテープを、自然とつながらない名前の人たちに渡させる。
「1年間の最後だから、みんなでお菓子を食べようよ」と言ってお菓子を配る。でも、もちろんそれも差別を体験する授業の一環。それぞれのグループに配るお菓子を変える。自然と関係する名前のグループにはチョコパイとか、ハッピーターンとかピザポテトとかジュースを配る。もう一つのグループには飴と水。美味しいお菓子をもらえることになったグループは歓喜の声をあげる。もう片方のグループは恨めしそうにみている。
「さっきは、あの人たちが望むことをやらされたから、今度は皆が彼らにやってもらう番だよ」と言う。じゃあ、今度はそちらの人に歌ってもらおうかな、という子もいる。でも、「別に何もやってもらわなくて良い」と言う子もいる。
しばらくしたところで、「名前によって身分が違う、尊い/尊くないというのは全く先生たちの作り事でした。」と明かす。「えー!本当だと信じてたのに!」と言う子もいる。同じ(生徒が喜びそうな)お菓子を生徒全員に配る。「ごめんね~みんなのまとめの発表本当はみんな素晴らしいって思っていたよ。」と伝える。
生徒に感想を聞く。自分が差別されるって本当に嫌な気持ちだったし、途中で先生はきっとわざとやっているんだろうな、って分かったけどそれでもむかついた、という話をしてくれた。役割が変わった時に「やったー、これで相手にこの辛さを思い知らせることができるぞ」と思った子もいれば「自分が嫌な思いをして辛かったから、相手に同じことはやりたくないと思ったから」と言う子もいる。「今まで差別はダメだって言ってはいたけれど、本当の意味では分かっていなかったんだな」と感想を伝えてくれた子もいた。
そして「どうしてみんなは先生の言うことに従ったんだろう?」と問いかける。なんで、もう一つのグループに何かをやらせたんだろう?なんで、美味しいお菓子を分けてあげなかったんだろう?
生徒はしばらく考えて「…だって、先生がそう言ったから…」と言う。「先生が意図的にやってるんだって分かったから、それに乗ったんです。」と言う子も。先生がやることだから、大丈夫、安全な範囲だろうと思ってやった…そうかもしれない。でも、先生が本当に「間違っている」と思うようなことをやった時に止めようと立ち上がることも大事だよ。もう一度問い直してほしい、先生や権力のある人が何か「間違っている」と思うようなことを始めた時に、声をあげられるかな?って。声をあげないと、弱いものがつぶされていってしまうことがある。
その授業は差別をされたらどんな嫌な思いをするのかを体感して、差別されている人達のことを自分のこととして考えてほしい、という願いが一つ。もう一つは、先生の言うことを「正しい」と思って聞いてしまうことを疑ってみてほしい、という願いを込めた授業でした。もちろん、それは生徒との人間関係があって「この子たちだったらそれをやっても大丈夫」と思えたからできたことであって、どこでも誰に対してもできるとは思っていませんが。私にとってはすごく意味のある実践だったし、大事にしていきたいと思っていることです。
また、そういう授業ができるかな?世界と考え方の多様性を知る教育。世界で起きていることを自分のこととして考えられるための教育。自分自身で体験して、自分自身を発見して、そして自分自身を開いていく教育。この時間がある隙に、できるんだったらどんなことをやってみたいか考えよー。
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