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【ジンジブ社員図鑑Vol.10】1つの決断と努力で人生が変わった

株式会社ジンジブ
福岡支店長 野村翔平 

ー 幼少期はどんな子どもでしたか?

幼少期の頃から、空手、野球、体操、水泳など色々なスポーツを経験しました。大会に出たら「絶対に1位を取りたい!」というタイプで、空手の師範や野球のコーチに褒められたい気持ちが強い、承認欲求の塊でした。(笑)

高校では坊主にするのが嫌で坊主にしなくていい部活動を探していました。私の親がハンドボールでインターハイに出場していた影響もあり、ハンドボール部に入って副キャプテンを務めました。大学に進学するとダンスを始め、4年間ほどスクールに通って踊っていました。なぜダンスかというと、高校の頃の文化祭の出し物で踊った時に浴びた歓声がこの上なく気持ち良くて「俺にはこれだ!」と思って大学進学をきっかけに始めました。

こう振り返ると、小さい頃からザ・体育会系というような環境の中で育ちました。大学を卒業すると、2017年に青山商事株式会社に新卒で入社しました。青山商事さんには、「洋服の青山」など色んなレーベルがあるのですが、私は「THE SUIT COMPANY」の日本橋店に配属となりました。そこでは、先輩社員代表のリクルーターとして就活生の面談やサポートをしながら店舗での販売スタッフを行っていました。

ー 転職活動を始めたきっかけは?

前職でオーダースーツの提案をする野村さん

入社3年目を迎えたときに、オーダースーツの担当になり、全国で1位の成績を取るなど実績を付けることができ、このままずっと1位の座を狙って行こうと思っていました。
スーツの銘柄も覚えきって詳しく説明できるようになり、そのうち毎日同じ作業の繰り返しがつまらないと感じるようになり、もっと新しいことに挑戦したいと感じるようになりました。

オーダースーツを購入するお客様は企業経営者やトップ営業マンなど、お金を持っている方が多かったんです。お客様とコミュニケーションを取る上で、仕事のお話もヒアリングする機会が多かったのですが話を聞いていると、「色んな人と触れ合えているな」と感じた一方で、それに比べて僕は、店舗にスーツを購入しに来られた方としか触れ合えないことにもどかしさを感じて、「もっと他の世界を見たら自分はどこまで出来るんだろう、挑戦してみたい」と感じるようになったのがきっかけでした。

ー ジンジブとの出会いは?

もともと接客業をしていたので、人とかかわる仕事がしたいという軸があって、営業職をメインに探し始めました。転職サイトを使って、とにかくお給料が良いところを5社ほど受けました。全て最終面接まで行くのですが、5社とも同じ理由で不採用になりました。「人としては良いけど、営業の経験がないから君がすぐに活躍できるか分からない」と言われて落とされてしまいました。その内の1社の人事担当の方が、「うちの会社は無理だったけど、君に合う会社がある」と言われたのが、株式会社ジンジブでした。よくよく聞いてみたら、その方もジンジブで面接を受けたことがある方だったそうで、「君ならこの会社の色や雰囲気が合うと思うから、ぜひ紹介したい」と言われたのが最初にジンジブを知ったきっかけでした。

転職活動当時は、もうすでに会社に退職の意思を伝えていたこともあり、「早く決めなきゃ」という焦りが強くありましたし、最終面接で立て続けに落ちて自分を否定された気持ちになっていて、精神的にもしんどい状態でした。

もともと自分が入りたかった企業の方が言うのであれば間違いないかなと感じ、選考を受けることを決めました。

1次面接は人事の飯島さんにしていただき、空手の話で盛り上がって、すごくエネルギーがすごいなと感じたことを覚えています。面接での第一印象で身なりはとても大事なので、全ての面接を受ける前日に、必ず靴をピッカピカに磨いて臨んでいたのですが、初めて靴を褒めてくださったのが飯島さんでした。5,6社の面接を受けて、初めて「靴きれいにしてますね!」と言っていただいたことで、この方すごく人を見てるなと感じましたし、そこからジンジブという会社がすごく気になり始めました。

2次面接は、常務取締役の森さんにしていただき、圧が強すぎて「どうしよう…」と思った反面、「カッコイイな」と感じたのを覚えています。身なりや外見ももちろんなのですが、男として本当にカッコイイなととても惹かれました。それからホームページを調べていくと、事業内容も聞いたことのない事業で、より特別視をするようになりました。

しかし、面接の際に森さんに言われたのは、「君を採用しようか迷っている。営業の経験がないから活躍できるか分からない」という今まで不採用になった面接と同じ内容の言葉でした。

「中途で入社するからには、2ヶ月目から成果を出してもらわないと困る」とも言われましたが、森さんとお話している内に面接の中でどんどんどんどん「この会社に入社したい」という感情が強くなっていて、「どうしてもこの会社に入りたいです」と、「必ず成果を出すのでお願いします。」とお伝えしました。

その面接の場では結果は出ませんでしたが、後日特別に入社したら直属の上司になる方との面談の機会を設けていただき、そこで判断していただくことになり、その場で合格をいただきました。

その面談で東京のオフィスを訪ねた際に、エントランスで待機している時に、「君は何でそんなテカテカのスーツを来てるの?」とか「何でそんなに髪の毛刈り上げてるの?」と質問攻めを受けていた時に、すれ違った社員の方がいて挨拶をしたら、「うちの高卒一期生だよ」と言われ、当時社会人歴三年目という私と同じ社会人歴に当たる年代の方で、すごく衝撃を受けたことを覚えています。

「日本を壊す」という新聞が飾ってあって、「社長こんなこと言うのか…!面白いな」となかなか並べない言葉を宣言していてすごい」と思ったのを覚えています。

面接を通じて、社員の方とお話をさせていただいたり事業や想いを知っていく中で、どんどん入社したいと思うようになっていました。

ー 入社してみてギャップに感じたことはありますか?

会社に対してのギャップは、皆が良い関係でメンバーとも経営層の方とも距離が近いことに驚きがありました。前職では社長のことを本当に遠くからでしか見たことがなくて、会社の社長とこんなに身近にお話出来るのか、と衝撃を受けました。営業職に関しては、最初に取り組んだのがテレアポでなかなかアポイントが取れず、想像していた以上に大変だなと感じたことを覚えています。

ー 苦労したことはありましたか?

営業が大変なことに対して苦しいとは思わなかったのですが、なかなか成果を出せない自分への怒りがすごくて、当時色々と教えてくださっていた方への申し訳なさを感じていて、早く成果を出さなきゃと焦っていました。

10月17日に入社して、入社1日目の1時間後から上司の商談に同行させていただきました。その日は3件訪問させていただき、次の商談までの時間がぎりぎりで、先輩と駅までの道を走った時に、「あ、俺営業やってる」と嚙み締めていました。

11月から自分の目標を持つようになったのですが、なかなか成果が出ず達成することができませんでした。本当に雇ってもらった会社に対しても入社を認めていただいた森さんに対しても申し訳ない気持ちになってました。当時面接をして頂いた森さんに謝りに行ったら「面接の時に言ったよな、絶対に諦めるな!」と声をかけていただき、「諦めるつもりはありません」と宣言をしました。

それから12月に入って、チームメンバーの力も借りながら11月分と12月分の目標を達成することができました。

いつも上手くいっていたわけではなく、当時、全社の営業マンが受注すると一斉に音楽が流れてくるシステムがあったのですが、「一緒に喜んでいちゃだめだ」と自分を鼓舞し、1人で会議室にこもって必死にテレアポをしていた時はすごく悔しかったです。その結果、何とか目標を達成をすることができ、それから自身の目標を上回る実績を出せるようになっていきました。

ー 現在の仕事内容は?

支店長として福岡支店に異動になってからは、若手人材の採用に悩む企業の採用支援のためのジョブドラフト事業のご提案と、各銀行との業務提携のご提案を行っています。

ー 福岡支店に異動になったきっかけは?

前任の支店長の退職が決まった際に後任の支店長として名前を出していただき、異動でお声がけいただ際に「行きます!」と即答しました。当時はまだ主任だったのですが、新しい挑戦が出来る機会があるのであれば、自分の成長に繋げるために絶対にチャレンジしたいと思っていたこともあり、迷いはなかったです。
これは裏話なのですが、福岡支店への異動のお話をいただく1週間前に当時交際していた方とお別れをしていたこともあり、「これは運の巡り合わせなのか」と思い、心機一転新しい環境で頑張れよというお告げかと思って後押しになりました。

ー 支店長になって変わったことはありますか?

何もかもが違って、思考が一気に変わりました。東京にいた当時、お世話になった上司に言われていた言葉に「そういうことだったのか」と福岡に来てから分かるようになりました。自分のことだけでなく組織全体を見るようになり、会社の利益や経費などへの意識が変わりました。

あとは、会社に対する想いも大きくなったと思います。「ジンジブとはこんな会社だ」ということをはっきりと伝えられるようになりました。

ー 仕事をする上で転機になった出来事

入社してから転機はたくさんあったのですが、やはり1番は支店長として福岡支店に来たことです。社外からの見られ方も変わりますし、福岡に来てからは支店のトップとして引っ張っていけるよう、考え方や立ち位置も変わりました。

当時、数字の管理がとても苦手だったんです。でも、支店長として福岡への異動が決まってから、当時の上司の方が福岡に行ってすぐに支店長としての仕事が出来るようにとご指導いただいていました。

その時にいただいたメッセージカードに書いてあった、「『KGIはアクセル、管理はブレーキ』ということを忘れずに行け」という言葉が印象的でよく覚えています。「目標に対してはとことんアクセルを踏んで我武者羅にやる、管理ではしっかりブレーキを踏んでしっかりと今を見つめてやれ」という意味だと思うのですが、この言葉を軸に支店長としての業務を行っています。今でもロッカーに貼って毎日見るようにしています。

ー 毎日のルーティンはありますか?

全拠点の営業成績を見ることですね。他の拠点に負けたくないので「やってやるぞ!」という気持ちになってモチベーションアップに繋がっています。

ー 福岡に来てよかったと思うことは?

一番は、会社が好きで、サービスが好きなメンバーと働けていることです。こんな素敵な環境で全員が同じベクトルに向いて働けることに嬉しく思います。

ー 仕事でのやりがいや嬉しかったこと

福岡支店のメンバー1人1人が成果を出して結果が出た時が1番嬉しいです。あとは、福岡のお客様からメンバーや会社のことを褒めていただいたときは誇らしい気持ちになります。

ー 今後の目標や夢

九州全域の方に「ジョブドラフト」や「ジンジブ」のことを知っていただいて、サービスをより多くの高校生や企業の方にご活用いただくことが目標です。あとは、福岡メンバーがもっと上を目指せるようなチャンスをつくりたいと思っています。これから新卒で入社してくれるメンバーには誰ひとり欠けてほしくないので、責任を持ってずっと働きたいと思える環境づくりや育成をしていきたいと思っています。

ー 企業様へメッセージ

若手の採用に困られている企業様は多いと思います。まずは視野を広げて高校新卒という宝に目を向けていただけたらと思います。今後、会社の5年後、10年後を考えた時に会社のためを思って活躍できる方は、真っ白な人財になってくると思います。社長の想いや会社の理念を吸収してこれからの会社を支えていく人財の確保をしていただけたらなと思います。


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