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根源を問う~哲学のススメ

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哲学書のレビュー集です。自身、専門家ではないので、比較的読みやすい本の紹介や、読みにくいものであっても非専門家の言葉で噛み砕いていきます
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#コラム

もしも『手の倫理』をタコが読んだら

ずいぶんと話題を読んだ本である。 じっさい、おもしろい。気軽に読めるし、読後はやわらかな希望の光に包まれるようなやさしい気持ちになれる。それなのに、それでいて、陰々とした思考の渦が幾重にも巻いてしまうようななにかが残る。 『手の倫理』~危うさのあわいを遊ぶ西洋で支配的だった視覚中心のものの見方に待ったをかける、「ふれる」ことから考える倫理の本である。 美学研究者の著者は、まず「ふれる」と「さわる」の日常的な使われ方の違いに注目する。先行研究も引き合いに出しながら、われわ

ビジョンは「都市」の形をしている~『太陽の都』カンパネッラ

中世イタリアに、トマソ・カンパネッラという思想家がいた。 若くして政治運動で逮捕されたのち実に30年を獄中で過ごし、度重なる拷問に耐え、正気を失ったふりをして処刑を免れさえしながら、なお塀の中で内省と思索を重ね、多くの重要な著作を執筆した。 世渡りの危うさだけではない。中世末期の自然主義的な感覚論・認識論(テレジオ哲学など)を発展させる一方で、宗教的関心に誘われて魔術思想にどっぷり浸り、それらをないまぜにしたまま危ういバランスを取り続けた思想家でもあった。 ときはルネサ

生きることの哲学~飲茶『「最強!」のニーチェ入門 幸福になる哲学』

「さようなら、さようなら」と私は繰り返しました。 ジナイーダは急に身をふりほどいて行ってしまいました。私も外に出ました。そのときの気持ちを言葉で言い表すことは、とてもできそうにありません。願わくは、そんな感情は二度と経験したくありませんが、でも、もし一生に一度も経験できないとしたら、それはそれで自分のことを不幸だと思うにちがいありません。 ―トゥルゲーネフ『初恋』(光文社古典新訳文庫) 本noteで何度も取り上げてきた飲茶氏。まったくの初学者に向けた面白い哲学入門書を書かせ

人情の碗、悟りの微笑~『茶の本』に日本人の内なる調和を覗く

「岡倉天心」という名前を、誰しも一度ぐらいは聞いたことがあるだろう。 本名を岡倉覚三(1863-1913)という美術思想家で、横山大観など我が国を代表する大画家を数多く育てて世に送り出した、近代日本芸術の発展に大きな功績を残した人物である。あの東京藝大の前身となる東京美術学校の開祖でもある。そしてもう一面、東洋の美術と文化、精神をいち早く世界に向けて積極的に発信してきたことでも知られている。 なかでも本書『茶の本』は、天心が日本の茶道を諸外国に向けて紹介するために英語で書

マルクス・アウレリウス『自省録』で魂の平穏を学ぶ

マルクス・アウレリウス・アントニヌス(121-180)は、後期ストア派を代表する哲学者でありながら、2世紀前半に古代ローマ帝国を皇帝として統治していた人物である。ローマ最盛期を支えた五賢帝の最後の一人として、プラトンのいう哲人政治・哲人王―とくに『国家』で示された、哲学者が国を統べるべきという思想―をまさに地で行く、歴史上たいへんに稀有な事例でもあった。 ストア派自体が道徳主義・禁欲主義で知られる学派であるように、このマルクス・アウレリウスもまた、自身の外の世界で沸き起こる

愛はきっと、見つからない~フロム『愛するということ』

愛が渇望されている時代である。 「愛はお金で買えるか?」という問いは意外と息が長い問いで、未だに各所で議論がなされている。「買えた」という人がいて、「買うべきでない」という人がいる。「買えるべきだ」という人はあまりいないが、「買えなかった」という人もあまりいない。「なぜ買えないか」という問いに対して、納得がいく答えも実はあまりなされていない。 ときに、巷にはマッチングアプリが溢れ、出会いの機会を最大化させるべく、皆があらゆる場所に目を光らせているように見える。 恋愛の技

【素人解説#2】アリストテレス~西洋最大の哲人、その果てなき探求の跡を追う

新マガジンの第2弾です! ※マガジンの趣旨はこちらでまとめています。 第2記事目は、古代ギリシアの哲学者アリストテレス(B.C.384-B.C.322)です。「万学の祖」といわれる西洋最大の知性であり、本noteでも過去にいろんな記事でさまざま言及してきました。 人物アリストテレスは、紀元前3世紀に、当時ギリシャ人の植民地であったマケドニアのスタゲイラで、当時のマケドニア王の侍医の父と、同じく医療従事者であった母の間に生まれます。 17歳のときにプラトンがアテナイで主

【書評】『宮下草薙の不毛なやりとり』・ベルクソン・道<タオ>

不毛なやりとりが引き起こす"笑い"には、いのちあるものの優美さが、そして、そのささやかな抵抗が、照らし返されているのかもしれない。 本書は、人気お笑いコンビ「宮下草薙」の二人が雑誌『TV LIFE』上で定期連載しているコーナー『宮下草薙の不毛なやりとり』を、同名で書籍化したものである。本人たちのインタビューや先輩芸人との対談を併せて収録しているが、全25話にわたって繰り広げられる不毛なやりとりが、とても面白い。 そのすべてが例外なく、宮下と草薙の何気ない日常会話の1シーン

人間の創立、実存の塔~岡本太郎『今日の芸術』

『自分の中に毒を持て』という名著がある。1970年の大阪万博に際して制作された「太陽の塔」で有名な芸術家の岡本太郎が、常識や規範に絡め取られる世間の人々に向け、それら安寧の場所を捨て、自分と周囲を切り刻みながら新たな自己に脱皮していくべしとする人生論を、大いに語った本である。 自らの両足で世界に立つことを、熱いハートで叫びかけてくる著者の言葉は、漫然として日々を暮らしている我々の心を鋭く抉り、多くの気づきをもたらしてくれる。 今日における芸術だが、時を遡ることさらに40年

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