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根源を問う~哲学のススメ

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哲学書のレビュー集です。自身、専門家ではないので、比較的読みやすい本の紹介や、読みにくいものであっても非専門家の言葉で噛み砕いていきます
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#毎日note

生きることの哲学~飲茶『「最強!」のニーチェ入門 幸福になる哲学』

「さようなら、さようなら」と私は繰り返しました。 ジナイーダは急に身をふりほどいて行ってしまいました。私も外に出ました。そのときの気持ちを言葉で言い表すことは、とてもできそうにありません。願わくは、そんな感情は二度と経験したくありませんが、でも、もし一生に一度も経験できないとしたら、それはそれで自分のことを不幸だと思うにちがいありません。 ―トゥルゲーネフ『初恋』(光文社古典新訳文庫) 本noteで何度も取り上げてきた飲茶氏。まったくの初学者に向けた面白い哲学入門書を書かせ

科学と神の出会う場所~ライプニッツ『モナドロジー』

この短い一篇のうちに、美しく壮大なスケールの宇宙観が稠密に織り込まれ、無限小から無限大へと余すところ無く展開されている。 哲学者であり、それ以上に偉大な科学者・数学者であったライプニッツの主著である『モナドロジー』は、世界の実在性とその認識原理を説く、近代哲学の重要書である。本書は学術論文として出版されたものではなく、文通相手に自身の思想を明確に噛み砕き、体系的に表現するために編まれたものであり、岩波版でも100p強と小ぶりである。本書には、ゆえに『モナドロジー』以外に数編

読書メモ:『その悩み、哲学者がすでに答えを出しています』

うーん、まぁこういう本もありかな、と思ってしまうのは、「哲学はなんの役に立つか?」という使い古された問いに対して、世間一般の人々への満額回答が今もって与えられていないからだろう。 本書は、人生において直面するさまざまな問題や悩みについて、過去の偉大な哲学者たちが考えてきた思索のエッセンスを抽出しながら、解決のサポートをすることを目論んだ本である。「人前で緊張してしまう」人にはブッダの瞑想を、「毎日が楽しくない」人へは道元の身心脱落を、ポンポンと手渡していく。本書で登場する哲

ポストモダン以降の思想史兼ブックガイド~『いま世界の哲学者が考えていること』

「哲学者が」と題されてはいるけれど、広く現代が直面する多くの問題に人文諸学がどう立ち向かっているかを紹介する本。 カバー範囲が広い代わりに、それぞれの論点概説は最小限、難しい言葉もほとんど使われていないため、「現代思想キーワード集」といった感じで使えるし、その観点ではよくまとまっている。全体が読みやすいわりに各章末のブックガイドは未邦訳本も多く重たい印象だが、文中に散りばめられる大量の学説や書籍自体が秀逸なブックガイド、ブックリストとして機能している。読者おのおのが興味を深

人情の碗、悟りの微笑~『茶の本』に日本人の内なる調和を覗く

「岡倉天心」という名前を、誰しも一度ぐらいは聞いたことがあるだろう。 本名を岡倉覚三(1863-1913)という美術思想家で、横山大観など我が国を代表する大画家を数多く育てて世に送り出した、近代日本芸術の発展に大きな功績を残した人物である。あの東京藝大の前身となる東京美術学校の開祖でもある。そしてもう一面、東洋の美術と文化、精神をいち早く世界に向けて積極的に発信してきたことでも知られている。 なかでも本書『茶の本』は、天心が日本の茶道を諸外国に向けて紹介するために英語で書

マルクス・アウレリウス『自省録』で魂の平穏を学ぶ

マルクス・アウレリウス・アントニヌス(121-180)は、後期ストア派を代表する哲学者でありながら、2世紀前半に古代ローマ帝国を皇帝として統治していた人物である。ローマ最盛期を支えた五賢帝の最後の一人として、プラトンのいう哲人政治・哲人王―とくに『国家』で示された、哲学者が国を統べるべきという思想―をまさに地で行く、歴史上たいへんに稀有な事例でもあった。 ストア派自体が道徳主義・禁欲主義で知られる学派であるように、このマルクス・アウレリウスもまた、自身の外の世界で沸き起こる

愛はきっと、見つからない~フロム『愛するということ』

愛が渇望されている時代である。 「愛はお金で買えるか?」という問いは意外と息が長い問いで、未だに各所で議論がなされている。「買えた」という人がいて、「買うべきでない」という人がいる。「買えるべきだ」という人はあまりいないが、「買えなかった」という人もあまりいない。「なぜ買えないか」という問いに対して、納得がいく答えも実はあまりなされていない。 ときに、巷にはマッチングアプリが溢れ、出会いの機会を最大化させるべく、皆があらゆる場所に目を光らせているように見える。 恋愛の技

自然に還った哲学者~ルソー『孤独な散歩者の夢想』

苦しい。こんなに苦しいエッセーを読んだのは初めてだ。 個人の自由を、そして啓蒙と革命の時代を啓いた偉大な哲学者ルソーは、しかし晩年に精神錯乱におちいり、重度の被害妄想とともに没することになる。その最晩年に自らの手で綴った回想録、随想録が本書『孤独な散歩者の夢想』である。 読んでいて思い出すのは、ドストエフスキー『地下室の手記』で自意識にまみれた精神の牢獄の中から吐き出す小役人の言葉の数々だ。 自分を取り巻くあらゆる状況が陰謀によって動いており、すべての善意は罠で、友人と

意識の煌めき-ベルクソン『精神のエネルギー』

(原章二訳,平凡社ライブラリー) 流暢な美文とほとばしる叡智に感服する。とくにベルクソンの思想の前半部分についてのまとめの書だが、平易な表現の一つ一つの部分のうちに、かの壮大な思想の全体が反映している。 一応それぞれが独立した論文や講演録ではあるが、前期の主著『意識に直接与えられているものについての試論』『物質と記憶』など本書刊行以前の主著同士を説明し直し、相互に関連づけ、重要な付言を多く残している。平易なことばで書かれているためサクサク読めるが、提示されるものの大きさに

【素人解説#2】アリストテレス~西洋最大の哲人、その果てなき探求の跡を追う

新マガジンの第2弾です! ※マガジンの趣旨はこちらでまとめています。 第2記事目は、古代ギリシアの哲学者アリストテレス(B.C.384-B.C.322)です。「万学の祖」といわれる西洋最大の知性であり、本noteでも過去にいろんな記事でさまざま言及してきました。 人物アリストテレスは、紀元前3世紀に、当時ギリシャ人の植民地であったマケドニアのスタゲイラで、当時のマケドニア王の侍医の父と、同じく医療従事者であった母の間に生まれます。 17歳のときにプラトンがアテナイで主

やっぱり正義はこの一冊から~『これからの「正義」の話をしよう』

ハーバードのサンデル教授の人気講義が書籍化されたもので、日本でも随分と昔に大きく話題になっていたのだけれど、読むタイミングが無かったので、今さら読んでみた。 サンデルの講義といえば、学生との掛け合いの中で正義にまつわる重要な問いや本質を引き出していく問答法のようなイメージを持っていたが、本書はそういった類の対話篇的な構成ではなく、普通にしっかりした講義資料のようなもの。 正義にまつわる主要学説と議論を丁寧に拾ってゆき、身近な例での思考実験や、現代社会における重要テーマと結

【書評】『宮下草薙の不毛なやりとり』・ベルクソン・道<タオ>

不毛なやりとりが引き起こす"笑い"には、いのちあるものの優美さが、そして、そのささやかな抵抗が、照らし返されているのかもしれない。 本書は、人気お笑いコンビ「宮下草薙」の二人が雑誌『TV LIFE』上で定期連載しているコーナー『宮下草薙の不毛なやりとり』を、同名で書籍化したものである。本人たちのインタビューや先輩芸人との対談を併せて収録しているが、全25話にわたって繰り広げられる不毛なやりとりが、とても面白い。 そのすべてが例外なく、宮下と草薙の何気ない日常会話の1シーン

文庫クセジュで読む決定的入門書~『ベルクソン』J・L・ヴィエイヤール=バロン

ベルクソン入門書はさまざま調べたが、本書が最良との声が多く、手にとった。この孤高の哲学者の思考の足跡を丹念に追い、主著で展開される淀みなく明晰な思想を順を追って紐解く。 たしかに、これはとても良くまとまっている。 この文庫クセジュ、フランスの著名な叢書シリーズで、一般大衆向けの歯ごたえのある入門書を沢山出しているかなり歴史があるシリーズである。近現代のフランス思想に強く、白水社による日本語版も累計1000点を超える。新書ながら専門書としての読みにもちゃんと耐えうる本格的な

哲学史の不滅の金字塔~アリストテレス『形而上学<上>』

哲学史に燦然と輝く大著で、「存在」「実体」「本質」を扱う形而上学の学問としての始まりの書。バラバラな論文や講義ノートを一冊にまとめた、全14巻から成るもので、岩波版上巻には、1-8巻までが収録されている。 精読/写経しつつ1日平均2pずつ読んで、上巻が終わるのに8ヶ月ほどかかった。概説書や入門書の類は特に読まずに、いきなり原著に当たったのだけど、これまで読んだ本の中で一番じっくり読んだ本になった。ズブの素人で本書を一字一句漏らさず精読した人、自分以外に過去ほとんどいないん