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周囲の音にヒトの気配をかんじない夜がおとずれる中山間地から移り住む


はじめに

 とにもかくにもしずか。昨晩も小雨がやむと、ちりちりとちいさく虫の鳴く以外にまったく音がしない。雨でよぶんなものをあらいながされた空にくっきりとまるい月。こうこうとかがやく。

これだけのしずけさのなかで長年くらしてきて、よるでもヒトのざわつく街なかにひっこしてはたしてやっていけるか。自然のほうが圧倒的なところから環境がさまがわりしそう。やっていけるだろうか。

きょうはそんな話。

タイトル写真が

 ひっこし間近。まもなくこのしずかなよるをすごせる場所からはなれる。そんなさなか、西日本でひろくふりつづける大雨の影響で今夜は避難が必要かもしれない。状況がよくないと判断すればデイケアからもどる両親をつれて街のビジネスホテルへ避難するかまえでいる。

これはひっこしの理由のなかでもおおきなほう。その経緯にかんしては数日前に記事にした。

それにくわえて、とおくはなれた方々とすこし大きなことをやろうと計画している。この移動はそのための第一歩でもある。

ここは陽がかたむきしばらくすると、すこしだけ低い温度の山の空気が小川づたいにくだる。それをかんじられるほどほかに人工的なとがめるものはない。よるの山のほうは漆黒のやみ。昨晩のように月がでていないと手もとすら見えないし、どこをあるいているかもわからない。あかりをもたないと沢のほうにいつ足をむけてしまうかあやうい。

それだけ被写体にはめぐまれた場所。カメラをむけさえすればさまになる。そんな場所からうつり住む場所は街のさほどひろくないマンション3階の1室。周囲はみわたすかぎりの住宅街。

大通りからひとつはいったところなので、さほど車のとおりはない。やはり急激な変化にはついていけないかもしれないとここをえらんだ。はたしてカメラをむけられるところはあるだろうか。

音に敏感に

 家族は街に住んでいてわけあってわが家に同居した。こんどふたたびはなれることになるが、わたしとくらべるとはるかに音には敏感。まどごしであってもカサッというもの音ひとつで庭に闖入する動物たちをみつけだす。そのおかげでさまざまな動物たちがおとずれるとわかった。

それらの動物たちのようすもタイトルやなにかに利用した。これらを被写体にするのは街なかでは無理そう。猫や犬ばかりになるのでは。

中山間地でも夜間にこのところ気になるのは夜間の飛行機の音。スクランブルだろうか。ふだんの定期的なものとはあきらかに音やなにかがちがう。わたしたちが気づいていないだけで、あたりの海上では隣国のうごきが気になる。ふだん聞かない音には寝ていてもこうしてふと注意がいく。

おわりに

 くらしのなかでさまざま音を耳にしてきた。10数年来数日おきにおとなりのテレビのアンテナにとまってクワクワ鳴くカラス。その独特の鳴き声も聞けなくなる。朝ここへくるとクワ~クワ~クワ~とひと鳴きしていなくなる。けっこうながく生きているなあと思いつつせっしてきた。きっとこれからもこの近所で生きていくのだろう。

こうしたなじんであたりまえと思ってきたわが家のまわりの音ともはなれることになるわけか。

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