見出し画像

磁石博物館に行った時の話

新潟県に、日本一大きい磁石を展示しているという磁石博物館なるものがあるらしい。僕は磁石というものに別段興味があったわけでもないのに、何故かその博物館に惹きつけられ、日本一大きいというその磁石の磁力に引き寄せられるかのようにして新潟県へと向かう電車に乗っていた。


新潟県に足を踏み入れるのは初めてで、せっかく行くのならと行きの電車の中で新潟県について色々と調べてみた。スマートフォンの画面に映し出されたインターネットの情報によると、新潟県は日本一虫歯の少ない県らしい。たしかに新潟駅に着いて地元民らしき人たちの歯を触った際、ツルツルとよく磨かれていて白く丈夫な歯のように思えたし、銀歯や金歯といった詰め物の類は1つも見当たらなかった。「良い歯ですね。」と声をかけると彼らは一様に「大人の歯ですからね。」と返答になっているのかいないのかわからないような言葉を残して去っていった。


そうこうしているうちに「これぞ磁石博物館」と書かれた看板がついている明らかに磁石博物館であろう建物の前まで来た。入り口の、磁石のS極とN極の感じを表現しているのであろう右側が赤、左側が青く塗られている自動ドアを通って中に入ると、奥から両手が大きなU字の磁石になっていて両耳には円状の磁石を模したピアスを着け全身にうっすら砂鉄がまぶしてある明らかに「磁石博士」といった風貌の初老の男性が微笑を浮かべてこちらへ近づいてきた。


「ようこそ。私はこの磁石博物館の館長である柴山と申します。いつも水色のスカーフを巻いているので『スカーフ博士』と呼んでください。」などと的外れな自己紹介をしてくるのに構わず僕は「さっそく日本一大きいという磁石を見せてください」とお願いした。すると館長は「あぁ、それでしたらこの博物館の外にございますのでこちらへどうぞ」と言いさっき僕が入ってきた入り口から出て博物館の裏手へと案内してくれた。日本一大きい磁石ということで、中学校くらいの大きさはあろうかという磁石博物館の中にも入りきらないほどの大きさなのだそうだ。その日本一大きい磁石が置いてある場所まではセキュリティーどころか門や塀といった外部からの侵入を妨げるものが何も無く、こんな野晒しにしているのなら外から簡単にたどり着けて盗まれてしまうのではないかと思ったが、博物館にも入らないような大きな磁石だ。運び出せるような重量ではないし、そもそもそんなに大きな物を運んでいたら人目について仕方がない。そんなことを考えていると館長から「着きました。こちらが日本一大きい磁石です。」と言われてハッとして前を見ると、僕は我が目を疑った。


「これのどこが磁石なんだ?」思わずそうつぶやいていた。「いや、そもそも"これ"のことを指して言っているのか?」そう思うほど目の前の光景は異様だった。まず日本一というほど大きい磁石が視界を遮る物の無い屋外に置いてあるのなら、館長に言われずとも数メートル手前から磁石の存在に気づいていたはずだ。それが出来なかったのはやはり目の前にある物が磁石と認識することは到底できないような代物であったからだろう。僕の目の前に現れたそれは一言で言えば、肉の塊であった。蠢く、巨大な肉塊。肌色の、それぞれに質感の違う膨大な数の肉と肉とが何層にも重なり合って、巨大な肉の花を形成していた。それを見て固まっている僕に「これは紛れもなく磁石ですよ。もっと近くで見てご覧なさい」と館長が笑いながら言う。言われるままに恐る恐るその肉塊に近づいて細部を視界に捉えた瞬間、戦慄した。人だ。何層にも重なり合って肉の花を形成していたその一つ一つの肌色の肉の花弁、それは紛れもなく人間だった。それも、生きた人間。皆、苦しそうに呻いている。僕の頭は一層混乱した。「これのどこが磁石なんですか?」改めて館長に対して向けた僕の疑問に館長はこう答える。「私の作った日本一大きい磁石は、いささか磁力が強すぎましてねぇ。」まだわからない。磁力が強すぎる?それがこの夥しい数の人間達をどう説明しているんだ?そう思いながらも、ふとあることが気になった。その蠢く人間達は皆一様に大きく口を開け、その口が接合部分となってくっついているように見えたのだ。僕はある恐ろしい予感と共にその肉の波をかき分けて一人一人の口の中を見てみる。予感は的中していた。銀歯だ。その人間達は皆、口の中に銀歯があった。その銀歯が、きっと何層もの人間の奥底にあるのであろう磁石の強すぎる磁力によって引き寄せられくっつき、離れなくなってしまっているのだ。そしてその事実は、同時にあるもう1つの恐ろしい事実をも裏付けるものだった。「新潟県は日本一虫歯の少ない県」。これは新潟県の人間が歯磨きを念入りにするからでも、甘いものを食べないからでもない。虫歯になって銀歯の詰め物をした者が皆この日本一大きい磁石の磁力に引き寄せられて行方不明になっていたからなのだ。外からこの日本一大きい磁石までは遮る物が無いから、他所で暮らしていた人々が何にも妨げられることなくこの磁石まで引っ張られてきたのだ。まてよ。そもそも本当に"大きすぎて博物館の中に入りきらないから"外に置いているのか?目の前の肉の塊はせいぜい中学校の教室1個分といった大きさ、博物館の中には十分入る大きさではないのか?その疑問は、振り返った時にいつの間にか館長の横に立っていた人物を見た瞬間確信に変わった。


新潟県知事。県知事がこちらを見て笑っていた。日本一大きい磁石は、意図的に屋外に設置されたのだ。県内の銀歯や金歯といった金属製の詰め物をした虫歯の人間を1人残らずここに縛りつけ、「日本一虫歯の少ない県」というアピールをするために県知事と磁石博物館館長が共謀して。全てを悟った僕はその場から逃げようとしたが、もう遅かった。館長が首に巻いていた水色のスカーフを僕の口元にあて、僕はそのスカーフからクロロホルムの匂いを感じ取った時にはすでに意識を失っていた。


目覚めると自分の部屋のベッドの上で、何も覚えていない。僕はなんだかモヤモヤしたものを胸の内に抱えながらそれからの数日を過ごしたが、日常を取り戻すうちその違和感も無くなっていった。ある日歯が痛むので歯医者に行くとかなり酷い虫歯だったようで、「詰め物は銀歯にされますか?」と医者に聞かれた。僕はその瞬間強い吐き気を感じ、反射的に「セラミックでお願いします。」と答えていた。若手のお笑い芸人でまだアルバイトで食いつないでいる僕には銀歯の10倍以上の費用がかかるセラミックの詰め物は大きな出費だったが、なぜ僕はあの時あんなにも必死にセラミックを希望したのだろう。まるで銀歯にすることで自分の身に迫る何かを恐れていたかのように。それにしても虫歯ひとつで今月4万円の出費か。これからは丁寧に歯を磨こう。

助かります!