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引込み戸により開口部を最大限生かした近代数寄屋建築。吉田五十八設計の「旧猪俣邸」

建築家・吉田五十八(よしだ・いそや)は、伝統的数寄屋建築に近代的な合理性と機能性を加味して近代数寄屋建築を確立しました。その特徴のひとつが無駄な線を極力排し、引込み戸により全面開口をつくりだしたこと。今回は、東京都世田谷区にある旧猪俣邸を紹介します。
(「和モダンvol.12」(2019年12月発行))

現代生活になじむ数寄屋建築

世田谷区成城の高級住宅地に佇むこの建物は、猪俣猛夫妻の邸宅で、1967年に竣工した、吉田五十八(1894~1974年)の晩年の作品。長男・猪俣靖氏より、建物と敷地が世田谷区へ寄贈され、現在は、(一財)世田谷トラストまちづくりの管理運営のもと、『成城五丁目猪俣庭園』として1999年10月から一般公開されています。

敷地の半分以上は、梅や桜など季節の風景を楽しめる回遊式日本庭園。この庭園は、猪俣氏苦心の作であるとされています。プロポーションよく、小さな屋根を多く配置して高さを抑えた建物は、中庭を2つ設けて室内に風と光を取り入れ、2つの茶室をもつ数寄屋建築でありながら、現代生活になじむように工夫がなされています。

「旧猪俣邸」を設計した吉田五十八は、近代数寄屋建築の生みの親とされ、伝統的な数寄屋建築に近代的な合理性と機能性を加味した様式を確立。その建築にはさまざまな特徴がありますが、開口部に大きな特徴を見ることができます。

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苔が美しい庭から居間と夫人室を見たところ。
大きな開口を透して、室内の隅々まで見渡せます。

柱間装置をすべて引込み戸に

開口部では、雨戸・網戸・ガラス戸・障子戸などの柱間装置をすべて引込み戸にすることで、全面的な開口をつくり、開放的な空間をつくり上げています。それは大壁づくりにより、無駄な線を極力排した室内と相まって、よりすっきりとした空間に。吉田五十八の考える近代数寄屋のポイントのひとつは、「線」を減らすことでした。例えば、建具の枠の見付を最小にするため、斜めに削り、見える側には現れないような工夫がなされています。旧猪俣邸の主屋内部の意匠は、まさに近代数寄屋の真骨頂ともいえるモダンデザインであり、和モダン建築の原点ともいえます。

また、吉田五十八は川合玉堂画室(1936年)を設計しているときに、「画室の窓を大きくして明るくしたい」という要望にどう対応するか考えた末、建具をすべて壁に引き込んで、光をフルに画室に入れることにしたそう。それが建具の引込みの第一号だったといわれています。

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居間の建具をすべて引き込むと
まるで外と一体化した空間のよう。

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居間から北側に隣接する食堂と中庭を見たところ。
荒組の障子を建て込んでいます。

木製レールで建具を突き合わせ

玄関を入ると、地窓風の低い窓を通して中庭の緑、さらに食堂まで視線が通じています。この猪股邸ではそれぞれの空間が緩やかにつながっているのではなく、それぞれが完結した見ごたえのある意匠となっています。玄関ホールから居間に入れば、一気に舞台転換され、広大な開口から見える庭の緑に圧倒されます。建具はすべて引込みで、庭の景色と室内が連続。反対側に目を向ければ、居間と食堂に面した中庭との境には、荒組の障子が建て込まれています。こちらは引込みではないものの、柱にあたる建具は障子の3本のみで、あとの建具(ガラス戸・網戸各3本)を外側の木製レールで突き合わせています。

隣接する夫人室も庭に向けてほぼ全面の開口を取っています。小壁に接する枠は見事なほどに繊細で、和室南側は荒組の障子と欄間の桟が連続するように統一され、シンプルな構成になっています。

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夫人室も開口部は引込むことができ、前面開口となります。

その西側に続く書斎は、後に増築されたもの(吉田五十八の弟子・野村加根夫による設計)。庭に向けて南東側に張り出したL字の開口からは、広く庭を見ることができます。ここから東側を見ると和室・夫人室・居間の開口部が一直線に続いています。L字の両側の引戸とも完全に引込みになり、すっきりと収められた枠の中に庭の姿が浮かんできます。

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後に増築された書斎。南東側は庭に突き出し、
L字型に窓を設置し、建具は引込み式。

こうした建築も高いレベルの名工がいたから可能だったと吉田五十八は語っています。当初はこの独創的な設計になじめない職人と、激論になることも多かったそうですが、次第に名工たちの技術を引き出しながら、優れた建築を生み出していったといわれています。

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左側がL字の建具を引込んだ書斎。
右側には和室・夫人室が続きます。

成城五丁目猪俣庭園
東京都世田谷区成城5-12-10
休園日/月曜日、年末年始
開園時間/9:30~16:30
入園料/無料
問合せ/(一財)世田谷トラストまちづくり

(写真/志和達彦)

吉田五十八設計の「旧猪俣邸」の事例が掲載された「和モダン12」(2019年12月発行)の特集は「窓と、住まう」。建築家や地域の設計事務所、工務店による和モダンの住宅事例をたくさん掲載しています。ぜひご覧ください!