僕の彼女(妻)は「君」?「お前」?「ハニー」? 韓国語の呼称とその字幕 2
こんにちは!韓日映像翻訳者のコアラです。
先日、「キム課長とソ理事」(全20話)を見た時のことです。
最終話で、ソン・サンテという男性がオ・グァンスクという女性に呼びかける時、日本語字幕は「ハニー」と付いていました。
一緒に見ていた家族は「えー!ハニーはないでしょ、ハニーは」とブーイングの嵐。確かに、日本で恋人どうしが「ハニー」と呼び合う姿を想像すると、ちょっと気持ち悪い。
いえいえ、でもね、字幕ではアリです、これ。
なぜって?それにはふか~い理由があるんです!
では今日はその理由を紐解いてみましょう。
まずは夫(彼氏)が妻(彼女)を直接呼ぶ時(二人称)の呼び方を見てみましょう。
자기(チャギ), 당신(タンシン), 여보(ヨボ), 〇〇엄마(何々オンマ), 〇〇(名前)または 〇〇씨(何々シ)、愛称(이쁜이, 아가야など)
자기(チャギ:自分), 당신(タンシン:あなた), 여보(ヨボ:あなた), 〇〇엄마(何々オンマ:何々のママ)、〇〇씨(何々シ)については、以前に、「私の彼氏(夫)は「あなた」?「あんた」?「〇〇さん」? 韓国語の呼称とその字幕 1」という記事に書きましたが、ざっとまとめると以下のとおり(読むのが面倒なら飛ばしてください)。
「자기(チャギ)」:「자기야(チャギヤ)」と「야」を付けることが多い気がする。
直訳すると「自分」だが、相手を呼ぶ時にも使う。比較的若い夫婦が使うかも。
「당신(タンシン)」:直訳すると「あなた」。この言葉は両極端。
ケンカ相手か夫婦(恋人)にしか使わない。会話においてはニュートラルな「you」ではない。
(詩や広告文などではニュートラルな「あなた」という意味で使ったりもする)。
「여보(ヨボ)」:これは恋人の間では使わず夫婦間のみ使用。
一説には「여보세요(ヨボセヨ:すみません)」という呼びかけの言葉が語源とされているとか。
昔はお見合い結婚が普通で、恥ずかしくて名前で呼べずに「여보세요」と声を掛け合っているうちに
「여보」となったという説あり。
「〇〇엄마(オンマ)」:「〇〇のママ」。子供が生まれるとこのような呼び方になる。
日本でも夫婦で「パパ」「ママ」と呼びあったりする。
「〇〇씨(シ)」:「〇〇さん」。「さん」なしで「〇〇」や「〇〇さん」と呼ぶ人もいる。
では字幕ではどう訳出するの?
男性が女性の恋人または妻を呼ぶ時の日本語字幕はだいたい「名前」「君」「お前」の三択です。
例えば、肉食系のタフガイとお金持ちのお坊ちゃんが登場するとします。二人とも自分の彼女に「자기야」と呼びかけるとしましょう。
さて、その時の字幕は?
肉食系:お前
お坊ちゃん:君
もうお分かりかと思いますが、同じ呼称でも登場人物のキャラクターによって訳語を使い分けなくてはならないんです。
つまり日本語字幕では、原語(韓国語)の持つ背景や情報(新婚なのか、子供はいるのかなど)はあまり表現できずとも、話し手のキャラクターを反映することはできます。
では話は戻って、「ハニー」です。
なぜ日本では絶対に口にしないような「ハニー」という訳語を付けたんでしょうか。
「キム課長とソ理事」というドラマにおいて、サンテ(男)とグァンスク(女)は脇役です。劇中でふたりは確かにいい雰囲気になりますが、彼らの恋愛模様はあまり重要ではないため、確実に恋人に発展したと分かるシーンは割愛されています。
ところが事件は最終話で起こります。
今までは互いに「サンテさん」「グァンスクさん」と呼び合っていたのに突然、サンテがグァンソクに「자기야」と言うシーンがあるんです。
すると韓国人視聴者はこの言葉1つで「サンテとグァンソクは恋人になったんだな」とキャッチします。
つまり日本語でもその情報を「자기야」の字幕に含めなくてはならないということになるわけです。
すると「君」も「お前」も「グァンスクさん」も情報が入らないのでボツ。「グァンスク」と呼び捨てにする手もありますが、別に恋人にならずとも仲のよい関係なら呼び捨てにすることもあるのでこれもボツ。
端的に一発で「恋人になったんだ」と視聴者に分からせなければならない。となるともうハチミツ作戦しかないわけですよ。つまり「ハニー」。
日本じゃ「ハニー」とか言わんだろ!とお叱りもごもっとも。
でもね、でもね、聞いてください。日本語として自然にすべきか、それとも大事な情報を入れるべきか、という選択は、その時の状況で優先順位が変わるものなんです。いや、変えなくてはならない、とわたしは思います。
そして翻訳者も「ウゲー!キモイ」なんて思いながら、「ハニー」という字幕を付けているんですよ!
それでは、また!