見出し画像

コールドブリューコーヒートールサイズ470円に寄せて

 つい先日、仕事で少しばかり遠出をした。
 持病を患う上司の運転代行はもはや慣れたもので、長時間に渡る運転にもふたりきりの車内にも、臆することは無くなった。
 ときに上司秘蔵の百恵ちゃんアルバムを聴きながら、家族構成は?趣味は?すきな本は、きらいな季節は。なんてごくごくプライベートなやり取りを重ねる。
 運転おつかれ、コーヒーでも奢るよ、とサービスエリアの看板を指差す上司も、厚意をありがたく受け取りウィンカーを操作するのも、何度もあった流れだ。
 だから私は上司が足を運んだ先に、怯んで身を固くする必要なんて、ほんとうなら無かったはずだった。
 コンビニのでいいですよ。
 あんまり喉乾いてないです。
 最近カフェイン断ちしてて……
 どれも言い訳としては稚拙で口にするのは憚られた。
 結局黙って後をついてゆくだけで、いつものカウンターに辿り着く。
「アイスコーヒーと……なにがいい?」

 私もアイスコーヒー、お願いします。

 もちろんコーヒーは美味しかったしその後の業務もつつがなく終わった。
 帰社後、机上のカレンダーをめくる。10月、11月、12月……なるほど、実に8ヶ月ぶりのスタバのコーヒーだった。
 2023年10月7日からひとり、ひそかに継続してきたスターバックスコーヒーの不買運動を私はこうもあっけなく破ってしまったのだった。
 
 イスラエル支援企業であるからといって、私はスターバックスを、マクドナルドを、ZARAを、SABONを、親の仇にも似た気持ちで憎んでいる、というわけではない。
 たった一杯のコーヒーでガザ地区が焦土と化すなんて思ってもいない、けど、ほんのすこし。ほんとうにすこしだけ、危惧している。
 私のたった一杯のコーヒーが家を焼き、人を焼き、ひとつの民族を、文化を、歴史を、なきものとするのではないかと。
 私にとって不買のアクションは祈りだった。
 虐殺を止める力は持ち得ぬけれど一刻も早く収束しますように。
 それと同時に、支えだった。
 不買のポリシーを掲げているうちは、ただの傍観者ではなくいられた。
 
 結局、これらすべてが自己満足なのだと思う。
 私の存在がパレスチナ人たちにとって救いになるなんてことはない。
 それでもなにかしたかった。動きたかった。虐殺を許してはいけない、なんて当たり前なこと、改めて口にしなきゃいけない状況こそ嘆かわしいけどもうしょうがないから訴えたかった。

 すればよかった、帰りの東名高速で。

 自己満足、じゃもうだめだろ。
 私じゃなにも変えらんないんだから、訴えるしか、広めるしか、当たり前のことを当たり前に思えるひとたちを増やすしか、ないだろうがよ。

「あの、私今ほんとにわけわかんないことがあって。ひとつの民族が根絶やしにされてるみたいなんですよ。イスラエル軍による大虐殺がまさに今、起こってるんです。なんの罪もない人たちです。ただパレスチナ人で、イスラエル建国の前にそこに住んでいた人たちです。ただそこに住んでいたっていうだけで住処を追い出されて、国を奪われて、フェンスの中に閉じ込められています。21世紀の強制収容所です。それでですね、そのことをね、誰も気にしてこなかったんですよ。私も10月に知りました。ずっと無視してきた側です。恥じました。『人間であることの恥としてのガザ』って言葉に出会って、心底そうだな、って思いました。そんなガザの人たちが今根絶やしにされようとしています。そんなのおかしいって止める人がいないからです。人類史における恥が去年の10月から、爆速で上塗りされてます。信じられない、信じたくないけど確かに起こっていることなんです。これ、どうやったら止まるんでしょうか。いっしょに考えてくれませんか」

追記:私がろくに推敲もせず、半ば急き立てられるようにしてこうした駄文をnoteにアップしたのは「今なら届くかもしれない」と感じたからだ。
昨夜、極めて慎ましいフォロワー数を誇る、閉じられたInstagramのストーリー一覧では突如として怒涛の反イスラエルムーブが巻き起こっていた。
“ALL EYES ON RAFAR”(ラファに全視線集中)
あの子もこの子もシェアしてる。さも流行りの自撮りフィルターのような軽やかさで広まってゆくこのムーブメントにいささか当惑したのが正直なところだった。
パレスチナを巡る事態は坂を転げ落ちるかのように悪化しているけれど、直近で起きた事が特別センセーショナルというわけでもないからだ。
(勿論、手足が、頭部が無い赤子の写真を見てもこの際動じないなんて言っているわけでは無い。ただ、それは“特別”残虐なことではない。イスラエルがガザを侵攻してからずっと、止まることなくそのような行為は行われていて、そこだけ切り取ることはできないと言いたい。人間が考えつかない非道さでガザはこの世の地獄となった。)
ラファに全視線集中。正直言って浅はかな印象を受けるワードだ。
AIで作られたという画像も野外フェスかのような佇まいで、きっと地面には血も肉片も無い。くしゃくしゃになったスナック菓子の袋やプラカップが砂埃に塗れる、それだけ。

けどそれに私は希望を持った。

世界中の、ありとあらゆる人が流行りにも似た軽やかさで画像をシェアする。人が目にする。スワイプする、人の方が多いのかもしれない。1週間後にはこんな画像、忘れているのかもしれない。
けどその何割かは馴染みないラファに、パレスチナ人収容区のガザに、イスラエル軍の悪行に、目を向けるかもしれない。

ただの傍観者だった私が、同居人の目に滲む涙を見て「私も」と思ったように。

ラファに全視線集中!!!!!!!!!!


「私も」と思っても何から始めていいのか、私はかなり途方にくれました。
こちらの情報サイトが分かりやすかったです。ご参考までにどうぞ。

https://docs.google.com/document/u/0/d/1IUVPD02DGo5GPPM6ZU2WB0FYES4eGAaXZio07hq07hc/mobilebasic?pli=1

あと岡真理さんの『ガザとはなにか』という本がめ〜〜〜ちゃくちゃ良かった……ネットで見たあれやこれやの背景、全部説明してくれはる〜!!!!
講義録で前半、後半とふたつの講義が載っています。
前半で得た知識を後半で復習できる構成も読みやすかった。こちらも共有させていただきます。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?