新渡戸文化学園が臨んだダイバーシティあふれる未来の学校づくり#WORKDESIGNAWARD2022
「WORK DESIGN AWARD」は、働き方をアップデートするために奮闘する組織や人を応援したいという思いから創設されたSmartHR主催のアワード。2回目の開催となる2022年は、全7部門(公募は6部門)を設け、合計で100近くの企業や団体から応募が集まりました。
そのなかでグランプリに選ばれたのが、新渡戸文化学園が取り組む「ダイバーシティあふれる未来の学校づくり~二刀流教員×学外人材×旅する学校~」です。
教育現場のブラック化が深刻化し、教員志望者が減少しているなか、「教員を憧れの職業に!」のスローガンのもとに改革に臨んだ同学園。それによって起きた変化について、理事長の平岩国泰さんに聞きます。
教育現場にダイバーシティを。副業解禁で起きた変化
学校現場では今、労働環境のブラック化が問題になっています。部活動の指導、書類の作成、授業の準備……なかには「過労死ライン」といわれる月80時間を上回る長時間勤務が常態化しているケースも。
教員志望者は減少の一途をたどり、「2021年度公立学校教員採用選考試験の実施状況」によれば、全体の倍率は前年度の4.0倍から0.2ポイント落ちて3.8倍に。このままの状況が続くと、子供たちに十分な教育を提供することが困難になると危惧されています。
そうした状況を打破するために立ち上がったのが、2019年度から理事長に就任した平岩国泰さんです。
「新渡戸文化学園は、もともと素晴らしい教育理念を掲げている学校なんですね。ただ、世の中と歩幅が合っているかといわれると少しずれているように思えた。そこで私は、組織変容のために4つのことに取り組みました。まず、何を目指すのかを設定し、それを達成する組織をつくる。次に権限委譲して、最後にエンパワーメントする。その成果が次第に出てきて、私たちの学園は少しずつ変わってきています」
平岩さんが最初に取り組んだのは、教育活動の目標を新たに定めること。「この世に生まれた大きな目標は、人のために尽くすことにある。周囲の人が少しでも良くなれば、それで生まれた甲斐あり」という同学園の初代校長・新渡戸稲造の教えをもとに「Happiness Creator」(ハピネス・クリエイター)を掲げ、そのあるべき姿を実現するための行動指針を定めて理事長就任時の挨拶で共有したのです。また全員で150名程度いる教職員全員と1on1で対話し、それぞれの「なりたい先生像」を全力で応援することを伝えました。
次に取り組んだのが人員の確保。公立学校教員における民間企業勤務経験者は、小学校3%、中学校4%、高校6%と教員しか経験していない人で占められており、しかも社会から切り離されているので、イノベーションが起きにくい構造になっています。
そこで平岩さんは、副業を推奨し、教職員以外の職種を経験している人材を積極的に受け入れることにしました。結果として、20名以上の新規採用に成功。現在では、52%の教職員が学外の肩書きを持って活動しています。
しかも、その肩書きは一般的な企業人だけにとどまりません。塾講師、絵本作家、YouTuberなどユニークな顔ぶれが集います。また、日本で180名程度しか存在しないADE(※Apple Distinguished Educatorの略。Appleより秀でた教育活動を行っていると認定された教員のこと)を持つ教員も4名在籍。紋切り型ではない幅広い学びを生徒たちに提供できるようになりました。
チーム担任制で、先生も休みやすい環境に
この副業の推奨と同時に導入したのが「チーム担任制」。ひとつのクラスを複数の教員で受け持つことで、教員一人ひとりの負担を軽減することに成功しました。
「従来の一人担任制は、学習指導から進路相談に至るまで個の責任と負担が大きく、それが教職員を心理的にも肉体的にも疲弊させる要因になっていました。そこで新渡戸文化学園では、全教職員が全クラスを受け持つことを目標に掲げ、チームで生徒を見るようにしています。そうすれば、先生も個の特性を活かして働けるんですね。学習指導が得意な先生は学習指導に専念すればいいし、進路相談が得意な先生は進路相談に専念すればいい。生徒からしても、相性が合わない先生とずっと一緒にいるのはつらいはず。場合によっては、いじめやトラブルの発見が遅れる可能性も。でも、複数の担任がいれば、そうした問題にも複数人で対処できます」
それだけでなく、チームになることで先生の休暇も確保しやすくなったと平岩さんは話します。
「ある教職員は、これまで幾度となく授業参観を実施してきたにもかかわらず、自分の子供の授業参観に参加したことがないと話していました。それだけ教育の現場は休みにくい環境にあるわけです。ただ、企業勤めを経験した身からすると、個に依存した働き方には疑問がありました。そうした問題もチーム制を導入すれば、誰かが休んでもカバーしやすい。結果として、教職員一人ひとりの負担を軽減できるわけです」
また最近は、先生たちの負荷を減らすために授業の時間を短くしたり、4月の年度はじめの始業式を通常より1週間遅らせたりなど、学園全体で休みと先生同士のチームづくりの時間を増やす施策に取り組んでいるとか。
「現代の先生は、アウトプットばかりでインプットの時間が圧倒的に足りていないんですね。それでは生徒に質の高い授業を提供することはできません。1年のなかでうまくタイムマネジメントしながら、教職員自身が充実した生活を過ごせるようにサポートしてきたいと考えています」
生徒の自律を目指した、余白のある学習改革
こうした教職員の労働環境の改革と同時に取り組んでいるのが、生徒たちの学びの改革です。
たとえば同学園では、全生徒がiPadを活用。さらに校舎内にWi-Fiを完備し、さまざまなアプリを駆使して効率的に授業を行えるようにしています。
また「目標に向かってやり抜く力」「コミュニケーション力」「感情をコントロールする力」など数値化しにくい非認知能力を養うために、中学・高校では毎週水曜日を個人で自由に設計できる「クロスカリキュラム」を展開。生徒が自ら学びを深めていく「自律型学習」を実践しています。
「このクロスカリキュラムでは、学内だけでなく学外に出ることもでき、生徒たちは自ら考えながら自主的に学びを深めていくことができます。また、先生以外の大人と接する機会がたくさんあるので、『こんな大人になりたい』というロールモデルを見つけることにもつながっています」
さらに2021年度からは、生徒全員で同じ観光地を巡る従来の修学旅行を生徒自身が行き先を定め、少人数で探究を行うスタディツアーに変更。「旅する学校」と称し、生徒自ら関心のある社会課題に合わせて行き先を選び、現地コーディネーターと打ち合わせをして旅をデザインしていきます。
「こうして生徒が実際の社会課題に出会うと動き出す子が出てきます。たとえば、東京都檜原村を舞台にした『2世代教育(100年)による6次産業化を目指した次世代里山利用デザイン・プロジェクト』では、地元の小中学校に通う生徒とその保護者と交流しながら、地元の特産品であるジャガイモや、生徒からの発案ではじまったオーガニックコットンの栽培などを通じて、里山利用のモデル提案と発信を行っています」
同プロジェクトは、環境省が主催するグッドライフアワードで環境大臣賞を受賞。子供だけでなく、大人にも気づきをもたらす活動として大きな評価を得ました。
このスタディツアーで生徒が取り組むテーマは、過疎化、地方創生、1次産業の衰退など多種多様。その数もエリアも次々と増えているそうです。そして今後は、学びのフィールドをコロナで凍結していた海外にも広げていきたいと平岩さんは展望します。
教職員を夢のある職業に。新渡戸文化学園が考える日本の未来
2019年度からの改革を通じて、大きな変化を遂げた新渡戸文化学園。それによって2021年度における保護者満足度は94%(子ども園〜高校)と高い状況に。また第一志望で入学する比率は、2020年度の68%から2021年度は86%(学園全体)と大きく飛躍しました。それだけでなく、日本全国から視察の要望が届き、この3年間で100を超える学校から多くの教職員の方々が視察に訪れたそうです。
とはいえ、同学園の進化はまだ道半ば。今後もよりよい環境づくりのために邁進したいと平岩さんは話します。
「新しいことに取り組むことは楽しさもありますが、同時に改革疲れも生まれます。アクセル・ブレーキを適切にコントロールするのも私の大事な役割のひとつなので、各学校長への権限委譲を進めると同時に、私自身も何かしらのかたちでサポートできる体制をつくっていきたいと考えています」
また、理事長に就任している間にある程度の結果を出したい気持ちも強いとか。
「理事長在任中にどれだけのことができるのか。私は2022年で48歳なので、干支がもうひと回りすると60歳になります。今までの12年もあっという間だったので、これからの12年もあっという間に過ぎていくと思うんですよね。だから、人生の時間が足りるのか心配で。次の世代にバトンタッチすればいいだけの話なのですが、今、目の前の子供たちや先生たちに幸せになってもらいたい気持ちが強いので、自分も全力で頑張りたいと考えています」
そして将来的には、新渡戸文化学園で取り組んだことを日本全国に波及させたいと平岩さんは語ります。
「昨今は教育現場の問題ばかりが指摘されていますが、企業に務めていた身からすると、人を育てる仕事には、売上のような数値目標ばかり追いかける仕事とはまた違う素晴らしさがあると思うんです。今は私たちの学園のことだけで精一杯ですが、この数年間で良いことも悪いことも数多く経験しましたので、そうしたなかで培ってきたノウハウをどんどん公開して日本中の学校の進化に貢献したいと思っています。あとは、教職員を憧れの職業にしたいですね。それによっていろんな人が教職員になれるようになったとき、本当の意味で日本のアップデートが起きると考えています」
取材・文:村上広大