「トランスフォーメーションはいつの間にか起きている」伊藤羊一×須藤憲司対談#WORKandFES2021
トランスフォーメーションはいつの間にか起きている
ここ数年、「DX」と名が付くサービスが急激に増えました。それだけ社会のニーズがあるということですが、なかには意味がわからないまま導入を決めて運用に失敗するケースも少なくないでしょう。そうしたミスを犯さないために必要なことは?Zアカデミア学長としてZホールディングス全体の次世代リーダー開発を行う伊藤羊一さんと、企業の顧客体験DXを支援しているKaizen Platformの須藤憲司さんに尋ねます。
DXって自然淘汰だと思うんですよ
──今回の対談は、そもそも「DX」とは何だ?という点にフォーカスして二人に伺えればと考えています。
須藤 結論から言うとDXって自然淘汰だと思うんですよ。昔の価値観にしがみついたまま消えていく人もいれば、変わっていく人もいる。それがすべてなんじゃないかなと。たとえばYOASOBIって2020年の紅白歌合戦に出場が決定したときには、フィジカルのCDを1枚もリリースしたことがなかったんです。すべてデジタルで配信して、SNSで話題を集めて紅白出場まで昇りつめてしまった。こういう売れ方って僕が若い頃は想像もしなかったわけですよ。しかもプロデューサーのAyaseさんは、ソフトウェアで楽曲を制作していると聞きます。
伊藤 40年前にYMOが「これからは楽器ができるできないに関わらず音楽をつくれるようになる」とインタビューで言っていて。その頃は半信半疑だったのですが、長い年月を経て、それが現実になっているということですよね。
須藤 あと、東京オリンピックのスケートボードにも驚きました。僕らの世代とは価値観が明らかに違っていて。国や地域に関係なく失敗した子のところにみんなで駆け寄って抱きかかえたりとか、解説のお兄さんがノリノリですごいとか、自分が考えていたスポーツの概念を見事にぶっ壊されたんですね。それと同時に、僕は古い側の人間なんだなと理解して。
伊藤 でもさ、「この空気、なんだか心地いい」って感じなかった?
須藤 めちゃくちゃ感じました。そして、戻しちゃいけないなって。
伊藤 昔はメダルを獲得するのが使命みたいな雰囲気があったと思うんです。事実、金メダルを期待されていた選手が自殺するなんて出来事も過去にはありましたから。でも、現在は獲得したメダルの数を国ごとに競うのはどうなんだろうっていう空気があるわけじゃないですか。その象徴がスケートボードだったわけで。選手たちの姿を見て「いいね」と称賛するか、「なんだ、こいつら?」と嫌悪感を抱くかで行き先は変わっていくんでしょう。
須藤 僕らが DXに取り組む意義って、ああいう若い子たちと一緒に仕事をするためのような気がするんですよね。LGBTQやルッキズム、地球温暖化といった問題に対しても若い世代ほど危機感を持っているし、そういう価値観をリスペクトして受け止められるかが鍵で。僕が仕事で取り組んでいる企業のDXって本質的にはトランスフォーメーションではなく、単なる企業変革なんですよね。本当の意味でのトランスフォーメーションは、自分が知らないところで起きていて、いつの間にか当たり前になっていることを指すんじゃないか。そんなふうに考えることがあります。
伊藤 それは僕も思います。先日、スーパーJKのひかりんちょさん、TikTokerの修一郎さん、教育系YouTuberの葉一さんとパネルディスカッションをしたんですけど、彼らって空気を吸うように動画を編集して投稿しているんですよね。何か意図があったわけではなく、自然とやっていたら何万というフォロワーを獲得するまでになった。上の世代からすると意味がわからない現象だと思うんですけど、そうやって若者たちが古い価値観を打ち砕いていくんだと感じました。
──実力ある個人が次々と現れることで、会社や組織に頼らない働き方も増えていますよね。クリエイターエコノミーのような新たな経済圏も生まれてきています。
須藤 そういう意味では、個人と会社の関係性が変わってきているんでしょうね。今って個々が働き方に関して考える機会がすごく増えているじゃないですか。それもここ10年くらいで起きたことなのかなと思っていて。羊一さんは昔から働き方について考えていましたか?
伊藤 若い頃はまったく。働き方について明確に意識するようになったのは、2010年頃だったかな。そのときに何が起きたかというとiPadが発売されたんですよ。これで外でも働けるじゃんと思ったのを覚えています。
須藤 やっぱり10年くらい前からそういう変化が起きましたよね。僕自身、それ以前はそんなこと考えもしなかったのに。
伊藤 それまでは「24時間戦えますか」の時代だったからさ。とにかく働け、みたいな。
須藤 確かに。「リモートワークなんて軟弱なこと言ってんじゃねえ!」みたいな空気がありましたよね。
伊藤 話していて記憶が蘇ったのですが、2010年頃、僕は文具メーカーで働いていたんです。そこでは全国の支社長が集まる参勤交代のような会議を月1回のペースで開催していて。でも、2013年にWeb会議のツールを導入してその会議がなくなったんです。そういう変化が少しずつ起きはじめた時期だったんだなとあらためて思いました。
須藤 参勤交代ってめっちゃいいワードですね(笑)。
伊藤 ほんと参勤交代みたいだったんですよ。月に1回、偉い人に「ご機嫌麗しゅう」って挨拶してから会議がはじまるので。
須藤 僕よく言うんですけど、DXってもはや江戸から令和への進化じゃないかと。ぶっちゃけた話、昭和や平成も江戸の延長だと思っているんですよ。
伊藤 幸か不幸か新型コロナウイルスの影響によって働き方は大きく変化しましたよね。もしパンデミックが起きていなかったら、僕たちはまだ古い価値観のなかで働いていたかもしれない。そう考えると複雑な気分になります。
なんでもコスパで考えることで、抜け落ちてしまう大切なことがある
──個人と会社の関係性が変化していくなかで、会社の在り方も変化していくような気がします。
須藤 ロナルド・コースというアメリカの経済学者が「会社の存在意義は取引コストを最適化するためだ」と過去に言っているんですよ。この取引コストとは、「探索コスト」「交渉コスト」「監視コスト」の3つを指すのですが、個人同士でこのやり取りをするとすごく面倒だから会社があるということなんです。でも、現代ではブロックチェーンやインターネットがあったらそういったコストを最小化できてしまうじゃないですか。そうすると、これからの会社はこの3つ以外の価値をつくり出さないといけないんじゃないかと思うわけです。
伊藤 その取引コストの話って、ひと言で表すと「信用」ですよね。その価値が低くなっているからこそ、ミッション・ヴィジョン・バリューに加えてパーパスのような共通の目標が重要視されているのでしょう。たとえば、2021年のF1世界選手権の最終戦。今季限りのF1撤退を表明したホンダが劇的な逆転優勝を果たしましたよね。チェッカーフラッグを受けた瞬間にチームのみんなで喜び合う光景は何度観ても胸を打たれるものがあるのですが、その数分間の出来事に会社で仕事をする意義が詰まっていると思ったんです。つまり、大きな目標を成し遂げたときに感動を分かち合えるのが会社なんだなと。
須藤 確かに感動やドラマがない職場はつらいでしょうね。それが共有できないのであれば、チームである必要はないですから。一人ひとりバラバラに働けばいいんじゃんとなってしまう。一方で、個人主義化が進んでFIREみたいなものが流行ることにも僕は危機感があって。これは最近よく考えていることなんですが、理不尽な経験が人間の成長や成熟にすごく寄与しているんじゃないかと思うんです。でも、今って避けようと思えば徹底的に避けることができるじゃないですか。「そんなのコスパが悪い」で片付けることができてしまう。でも、本当に避けちゃっていいのかなって。なんでもコスパで考えることで、抜け落ちてしまう大切なことがある気がするんですよ。
伊藤 居心地が悪いというだけで組織を抜けてしまう人も多いですよね。でも、やりたいことを実現するためにはやりたくないことをやらないといけない場面もある。それは個人でも、組織でも変わらなくて。だから、これからの経営者にはヴィジョンやパーパスをきちんと示して、「FIREよりこっちのほうが面白そうだな」と思う人を増やしていくことが求められるのでしょうね。
須藤 さきほどDXは知らないところで起きているのではないかという話をしましたが、その一方でこういう方向に進んでいくべきという意思を持って若い世代を牽引していく存在も大事だと思うんです。それがないと彼らは自由に泳ぐことができないので。
伊藤 そうですね。だからこそ、上の世代はこういう世界をつくるんだという意思を持っていかないといけない。
──企業のDXの話になるとツールの話に寄りがちですが、本質はそうではないと。
須藤 よく「戦略は組織に従う」と言いますが、僕は「DXは組織に従う」だと思っているんです。どれだけ美しい戦略を書いても、それが実行できるかは所属している人によって左右されてしまうから。DXも同じで。情報共有のためにSlackやMicrosoft Teamsみたいなツールを導入してもいいんですけど、きちんと活用するためにはそもそもの組織の在り方を見直さないといけなくて。誰かを出し抜いて勝つみたいなことがまかり通っている職場だと、いくらツールを導入しても情報共有はいつまで経ってもされないじゃないですか。
伊藤 サイモン・シネックの提唱する「ゴールデンサークル理論」に照らし合わせると、Whatだけ考えてもうまくいかないということですよね。その前提にあるWhyやHowの在り方が重要だという。日本は和を重んじる文化があるだけに、なんとなくの空気感で進めてしまおうとする傾向が強いですが、それが足枷になっているのが現在ですよね。
須藤 おっしゃるとおりで。僕自身、DX支援でいちばん苦戦するのはWhy・How・Whatが不一致を起こしてる会社なんです。「他の会社もやってるから」とか「部長がDXやるというのでよろしくお願いします」とかいう場合は本当に難易度が高くて。先ほども言ったとおり、DXは手段でしかないので、なぜ取り組むのかが弱いとうまくいかないわけです。しかも、WhyやHowは自分たちで話し合って考えないとダメで。そこまで外注しようとする企業が日本にはすごく多い。
「こうしたいんだ」という一人ひとりの意思があってはじめて組織は変化する
──それはつまり、人のトランスフォーメーションが実現することで、会社のトランスフォーメーションも可能になるということでしょうか。
須藤 まさに。「今のままではいけない」とか「こうしたいんだ」という一人ひとりの意思があってはじめて組織は変化するので。
伊藤 僕はよく「会社というものは実際には存在しないから」って言うんですね。書類上にしかないって。これまで会社だと思っていたところは単なるオフィスだということも新型コロナウイルスの蔓延によってわかってしまった。そうやって会社の存在がどんどん薄まっているなかで、何より人の意思が大事なんですよ。それは経営者が担うものなのかというと、そうでもなくて。もちろん経営者の影響は色濃く出ますが、それ以上に組織に所属するメンバー一人ひとりの意思が集合して会社を形成しているという意識が大切です。だから「DXの前に意思を持とうぜ!」ということなんですよ。それを蔑ろにして「対面か、リモートか」みたいな手段についてばかりディスカッションしていたら、変化が起きるまでにあと20年はかかってしまうと思います。
須藤 そして20年後になったら、また違う価値観を持った若者が現れるんでしょうね。それで言われるわけですよ、「何その働き方?」って。そうならないためにどうすればいいか。それを必死に考えるしかないんですよね、年月とともに時代遅れにならないためには。
文:村上広大 イラスト:星野ちいこ
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