「体」⇒「體」へのシニフィエの変化

日本語というのは実に面白いと思うのが、漢字の存在だ。

ソシュールの「シニフィアン」と「シニフィエ」は私にとって非常に役立つツールであるが、この概念をツールとして使う上で日本語ネイティブであることはその恩恵を更に享受できていると感じている。

そう思える最たる事例としては「からだ」の概念を変化できたことである。
「からだ」というのは「身体」という概念を表す「記号表現」であり、それをシニフィアンという。

一方で「からだ」というシニフィアンが指し示す「身体という概念」が「記号内容」であり、それをシニフィエという。

例えば、身体という記号内容(シニフィエ)を表す記号表現(シニフィアン)は日本語では「からだ」というが、英語では「BODY」となる。

つまり身体のシニフィエは一つであってもそれを指し示す記号表現は言語や方言などの数だけ存在するということになる。
(尤も言語や文化背景によってシニフィエも違ってくるとは思うが)

ともかく、日本人がアメリカ人と「からだ」について話をしようとする時、シニフィエとしての身体を思い浮かべながら「からだ→BODY」という翻訳を行いシニフィアンをアメリカ人用に変換しているのである。

このようなシニフィアンとシニフィエの単純な対応はコミュニケーションを行う上で非常に便利だし不可欠なものである。

しかし、これはあくまで認識の共有化手段として便利であるに過ぎない。
この世に同じ人間がいない以上、同じシニフィアンを使っていてもシニフィエは違っているはずであり、その違いについて私は興味がある。

特に自分にとって最も付き合いが長く、この世を体験するための媒体となる「身体」については、シニフィエを突き詰める必要があると思えてならない。

そんな中、「からだ」を表す漢字には「體」というものがあることを知る。

それまで私にとって「からだ」に対応する漢字は「体」だけであったが、旧字体として「體」という漢字が存在していることはとても新鮮な発見であった。

武田鉄也氏ではないが、漢字はバラして考えると面白い。

何故、「からだ」が「骨と豊」という部首から構成されているのか?
それに比べると「体」という漢字が何と表層的なものであるかと感じてしまう。

私は「體」という漢字が妙に気に入って、その日から私にとっての「からだ」に対応する漢字は「体」から「體」にシフトしていった。

つまり「からだ」というシニフィアンは同一のものでも、
シニフィエが大きく変わったのである。

そうすると面白いもので、からだの感覚、つまり身体意識というものが変化していくように感じている。

「体」の時には「手、足、胴体、首、頭部」というブロック単位で自分の身体を捉え、皮膚の表面積が自分の身体意識の縄張りであったのが、
「體」に変えたら、まず「骨と間接」に意識がシフトし、そこから筋肉、神経という風に、身体意識が多層的になっていったのである。

その変化で面白いのが、「歩く」という行為が味わい深いものになったことである。

以前は、主に脚部を前後させていた「単純作業」であったものが、

「體」を意識するにつれて、地面を捉える足の指の骨、踵の骨、脛、大腿骨、股関節という風に意識が細分化され、それに伴い脳の情報処理量も増え、「感覚を味わう機会」へと変わったのである。

もちろん「體」の意味するシニフィエはまだまだ未熟であり、
気を抜くと「体」に逆戻りすることがよくある。

しかし、疲れて歩くのが億劫になった時に、「體」のシニフィエを意識すると、身体意識が微妙に変化し、負荷がうまい具合に分散され歩くのが楽になっているのである。

今はまだ、骨しか意識できていないが、内臓、特に腸を意識して歩けるようになったらまた違った景色が見えるのではないかと期待している。

同じ「歩行」という行為が、「体」と「體」でこうも変化するものなのかと毎回新鮮な発見があるのだが、これも日本語に漢字があるお陰である。

そういえば、二足歩行の歴史は四足歩行の歴史に比べると、まだまだ浅い。
つまりは二足歩行というのは四足歩行の動物からすると発展途上もいいところだろう。

それは一緒に暮らしている「ねこ」を見ているとつくづくそう思うのだが、だとすれば発展途上の歩行を進化させるカギはもしかすると「歩行」のシニフィエを進化させることかもしれない。

そんな風にシニフィアンとシニフィエというツールは日常を面白くしてくれることを実感している。「からだ」という概念について世界の言語や文化はどのような捉え方をしているのか興味が湧いてくる。

今までの自分の理解を超えたシニフィエを持った人と対話できるようになるためにも、自分なりにシニフィエを探求したいと思っている。

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